第7話 心の乖離

 メイフィは速足のヴェルムについていくのがやっとだった。

 こいつは自分が一人ではないことを理解しているのだろうか? と思わなくもないが、連れて行ってもらっている以上文句を言える筋合いでもないだろう。

「ど、どこに行くの?」

兵装課リュークスだ。場所が特定出来たから兵力と移動の依頼をする」

「え!? さっきので特定になるの?」

 先ほどリーナがぶつぶつ言って決めた場所。

 メイフィからすれば、適当にカンで決めたとしか思えないのだが、恐らく自分より遙かに疑り深そうなヴェルムが全く疑わずに信じていることに違和感があった。

「当然だ」

 どうしてあんな直感を信用するのだろうか?

「リーナが分析し、トレースした結果を、私が納得した。これ以上の特定はあるまい」

「……そう、なんだ……」

 分からない。

 メイフィには全くついて行けない世界だ。

 だが、これを仕事にしている彼らが言うのだから、自分が口を挟むこともあるまい。

「さて、ここからが難関だな」

「難関……? 何が?」

 ヴェルムが場所を特定出来たと言うのなら、最大の難関は突破している。

 後は攻めるだけだ。

 メイフィもリクシーナに兵装課リュークスという組織があることは知っている。

 彼が先ほど言ったように、そこに頼みに行けばいいだけだ。

「メイフィ、お前が兵装課リュークスに頼みに行け」

「え? ええっ!? 私が?」

兵装課リュークスの奥に、日に焼けた気の強そうなシャムレナという女がいる。そいつに銀の神狼シルバーフェンリルを叩きに行くから協力してくれ、と言ってこい」

「え……なんで、私が?」

 メイフィは当惑する。

 それはそうだろう、部外者の自分が、どうしてリクシーナの業務指示を兵装課リュークス課長に伝えに行くのだろう?

「あいつは面倒くさがりでな。出ろと言っても、予算がどうの怪我人がどうのと言って中々兵を出さない」

 メイフィはシャムレナという人物を知らない。

 ヴェルムの話しからすると、ものぐさなのではなく、臆病者の女の子に思える。

 名前から女だし、窓口課カスタマー諜報課ラクシルの課長が若かったから、若い女の子なのだろう。

 そして、先ほどのリーナの印象がどうしても頭に残っている。

 ここの課長というのはあんなのなのだろうな、と。

「今は時間が惜しい、行く行かないの問答をしている暇はない。だからお前が行くんだ」

「……?」

「よく知っている私が行っても同じやり取りになるだけだ。見知らぬ者が行けば多少は緊張感がある」

 やはり臆病者なのだろう。

 更に知らないものが行けば緊張感がある、という言葉から、人見知りでもあるようだ。

 先ほどのリーナもそうであったように、この会社は仕事が出来れば、そういう者も受け入れるのだろう。

「これは、一時でも私のパートナーとなるお前を試す意味でもある。この程度のことが出来ないのなら、今後私の足を引っ張るだけになると予想が出来る」

「わ、分かったわよ……」

 そう言われたのなら仕方がない。

 尻を叩いて連れてこい、と言うならそうするまでだ。

 確かにそういう連れ出し方は女同士の方がやりやすい。

 それにヴェルム以上に、自分も早く家族の安否を知りたいのだ。

 メイフィは兵装課リュークスの入り口で立ち止まり、一度深呼吸をする。

 ここは勢いで行こう。

 臆病な女の子なら、勢いに弱いだろう。

 強引に行って、訳の分からないうちに承諾だけ貰おう。

「課長のシャムレナっている!? 頼みがあるんだけど!」

 勢いよくドアを開け、室内にそう怒鳴ってから、まずは後悔した。

 中には屈強な男たちが数人、こちらをぎろり、と睨んだ。

 その誰か一人でも、盗賊団で一番強かった人といい勝負が出来そうな体格をしている。

 当然、メイフィなど、片手で捻られて終わりそうだ。

「シャムレナは私だが、誰だてめえ?」

 明らかに不機嫌さを隠さずに立ち上がったのは長身の女性。

 褐色に近い、焼けた肌にグレーの長髪。

 その凹凸の激しいボディラインも含めて、美しいと表現すること以外難しい。

「見ねえ顔だな? どこの奴だ?」

 敵愾心剥き出しの女性。

 まあ、それは仕方がない、こちらが勢いよく乗り込んだのだから。

 どうしよう、思っていたのと全然違う。

 殴られても文句は言えない状況だ。

 まるで、刃物を首に宛がわれ、返答次第ではその刃が首を切る、と状況にいるような錯覚に襲われる。

「さっさと名前と用事を言えよ」

 話さなければ殴られる、話しても殴られそうだが、少なくとも言われたことはこなそう。

「あ、あの、銀の神狼シルバーフェンリルまで、兵を出してくれませんか……?」

 とにかく用件を伝えなければ。

 そう思ったメイフィは、息が荒くなるほどに緊張しながら、何とかそれだけを告げた。

「あのな、まずはてめえは何者かって話だろ? それが分からねえうちは私らも動く動かねえの前に動けねえだろうが」

「え? あ、あの……」

「だから! お前は何もんなんだよ? 名乗れねえのか?」

 シャムレナが苛立ちを見せ、メイフィも一気に怯える。

「わ、私は、その……」

 何と言えばいいだろう?

 間違えれば殴られ、追い返されるかも知れない。

 彼女が冷静を与えられたなら、そんなことはあり得ないと気付くのだろうが、彼女の頭の中には今「話が違う」という言葉しかない。

 そもそも、自分の立場は何なのだろうか?

 ヴェルムのパートナー?

 銀の神狼シルバーフェンリルの元団員?

 リクシーナを騙して親分の娘として人質になっていた?

 どれも、彼女が動くとは思いにくい。

 唯一言えば、彼女の仲間であるヴェルムのパートナーという説明だろうか。

 だが、それなら何故彼は自分に行かせたのだろうか?

 使い走りが行くよりも本人が来た方が効果的であるはずなのに。

「そいつは、メイフィ。銀の神狼シルバーフェンリルの親分の娘と私を騙して融資を踏み倒す捨て駒になった奴だ」

 どう言おうか迷っていたら、後ろからヴェルムが入ってきて、そう説明した。

「やっぱりてめえの差し金かよ? 私をてめえが動かせねえからって、こんな子に代わりをさせんじゃねえよ」

「いや、それは逆だな」

 逆、とヴェルムは言った。

 逆、だっただろうか?

「私はこいつを売り払いたいのだ。現在のこいつの商品価値では、銀の神狼シルバーフェンリルに融資した金額及び利子、遅延金には不足するが、多少細工すれば何とかなると踏んだ」

「!?」

 違う。

 さっきと言っていることが全然違う。

 そもそも、細工って何だ?

 何をされるのだ?

「だが、こいつが助かりたいと懇願するので、ならば融資を回収する方法を考えてみろ、と言っただけだ」

 そうじゃない、私は私を売れと言ったのだ。

 それをお前にはそこまでの商品価値はないと、私の目の前で言ったのだ。

 自分に商品価値がない、つまり魅力がないと言われ、少なからず傷ついた。

 それなのに、何を言っているのだ、こいつは?

 メイフィはシャムレナへの恐怖も忘れて怒鳴る寸前となっていた。

「おいてめえ!」

 だが、彼女よりも更に激怒したシャムレナが、ヴェルムの襟を掴みかかる。

「なに、人間を物みてえに言ってんだよ?」

「我々にとって、こいつは人間である前に質物しちもつだ。こいつがどれだけの売却価値があるかどうか以外に意味はない。商品価値を考えれば──」

 どんっ、と大きな音が響き、ヴェルムも言葉を止めた。

 一瞬、シャムレナが、ヴェルムを殴ったのかと、メイフィは思った。

 だが、彼女はヴェルムの背後の壁を殴ったに過ぎない。

 おそらく衝動的に殴ろうとして、ぎりぎりで堪えたのだろう。

「……てめえは、どこまで外道な奴なんだよ」

 静かな声。

 だが、明らかに殺意があり、ヴェルムの態度次第では、次は殺すぞ、と脅しが混じっているように見え、近くにいるだけのメイフィが震え上がったほどだ。

 同時に、この人は自分のためにここまで怒ってくれているのだ、と思うと居たたまれないような恥ずかしいような気分にもなる。

 おそらくこのヴェルムとは正反対の、情に厚く感情的になるタイプなのだろう。

「確かにこの子は可愛いし、価値とか言い出すと、高価になるだろうな。けどな──」

「お前は何か勘違いしていないか?」

 静かに怒っているシャムレナの言葉を、ヴェルムが止める。

「こいつの性的な商品価値をそこまで高額ではない。だから、そういう方面で売ろうとは考えていない」

「……じゃあ、どうするつもりなんだよ?」

 メイフィは怒ればいいのか嘆けばいいのか、もしくは性的に売られないことを喜べばいいのか分からない。

 いや、その前に、私は売られないのではなかったか?

 話が見えない、ヴェルムの言っている意味が分からない。

 落ち着いて頭を整理したい。

 だが、その時間は与えられず、話は進んでいく。

「イルキラ魔兵商会、と言えば分かるか?」

「? なんだ、それ?」

 聞いたことのない名前。

 それはシャムレナも同じようで、聞き返していた。

「兵器を製造している会社だ。融資の打診が来ている。お前が武器の会社を知らんとはな」

「私は、魔法は使わねえ。いかにも魔法の兵器を開発していそうな会社など知るか」

 プライドを傷つけられたのか、むっとして言い返すシャムレナ。

「そこの新開発商品が、人間の肉体を操作する術式だ。素体の人間に、開発した呪いを植え付けると、そいつは外部から操作できるようになるらしい」

「は? 操作できるようになった、そいつはどうなるんだよ?」

 いきなり何の話が始まったのか、早く兵を出す依頼をしないのか、という疑問がメイフィにはあったが、シャムレナが乗っている以上、口を挟めなかった。

「それは知らん。だが、操作している本人は、素体が死んでも元の身体に戻るだけだ。何のダメージもない。つまり、死を恐れない使い捨ての肉体兵器なのだ」

 何を言っているのか。

 そもそも、何の話をしているのか?

 メイフィは考えないように、極力理解しないように努めた。

 これは、聞いてはいけない。

「それが、どうしたんだよ?」

「その会社はそれを工作員として売り出したいらしい。つまり、死を恐れない兵士は撃たれて終わるが、工作員なら、住居に侵入したり、高官の後を追ったり、失敗したら迷わず自爆したりする、そんな優秀な工作員なら、各国が欲しがるだろう、と」

 やめろ、それ以上具体的に言うな。

「そこでこいつだ。こいつは薄着で歩かせれば男なら油断するだろう。ある程度の潜伏能力もある。問題は筋力が乏しいことだが、買い叩かれないよう、こちらで鍛えてから──」

 ばんっ、と、先程よりも激しく、大きな音が響き、聞くことを拒否していたメイフィもびくん、と身を震わせた。

「……掠ったぞ?」

 本人は、眉一つ動かさず、淡々と抗議した。

「当てなかっただけでもありがたいと思え! てめえには人の心ってもんがねえのかよ!?」

「心くらいあるさ。だから、利益を出して社を儲けさせて、給料をもらっていい飯を口にしたいと思う。それだけだ」

「もういいっ! てめえは黙ってろ!」

 シャムレナはそう怒鳴ると、メイフィに向き直る。

「おう、お前、安心しろ、私が絶対金を取り立ててお前を開放してやる! おい! 全軍準備しろ!」

「全軍の必要はないだ──」

「うるせえ黙れこの外道! 私が出すって言ってんだ! てめえは黙ってついてこい!」

 もう、お前の話は聞かない。

 そう言ってシャムレナは動き出す。

 もはや誰にも止められないだろう。

「さて、我々も行くぞ」

「う、うん……」

 当たり前のように話しかけ、先ほどと同じように連れて行こうとするヴェルムから、一歩離れる。

「何だ?」

 それを不審に思ったヴェルムが訊く。

「……あんた、さっき私を兵器として売るとか言ってたわよね?」

 身体の自由を奪われ兵器にされる。

 考えただけでぞっとする。

 自分でない自分が人を油断させ、殺し、最後には自爆するのだ。

 それなら、まだ身体が自分の物である性的な店に売られた方がはるかにマシだ。

 それを、この男は平然と言ってのけたのだ。

「ああ、何だ、それでか」

 納得したように頷くヴェルム。

「あんなものは嘘に決まっているだろう」

「は?」

「あいつを心から本気にさせるなら、ああいう挑発でもしなければならなかっただけだ。私はお前を育てて売るなどという効率の悪いことはしない」

 外道なことはしない、ではなく、効率が悪いからしない、と言った。

 それはつまり、効率さえよければ、育てる手間さえなければ、平気で売り渡していた、という事だろう。

 なんて男だ。

 なんて男だ、こいつは!

 怒りが込み上げ、衝動的に殴ってしまおうかと拳を握った。

 が、本人は既にシャムレナを追い、部屋を出て行こうとしていた。

 メイフィは深呼吸してから後を追う。

 走りながら、冷静に考えようとする。

 ヴェルムの言っていることは、元々自分が望んだことなのだ。

 自分を売って、それで盗賊の借金の立替えとして欲しい、と先ほど望んだばかりではないか。

 などと思い直してはみたものの、それでも怒りは治まらなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る