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「知花」


 ジャンケンに負けてお昼ご飯の買い出しに行ってた光史が、大量の袋をもって帰ってきた。


「何?」


「神さん、来てるぜ」


「…え…」


「Dスタで見た」


「……」


 思いがけない言葉に、つい…黙り込んでしまった。


 千里が…帰って来た…

 スタジオで見た…って事は…

 歌ってる…って事?



「……陸たち、まだ終わんねえのかな。聖子は?」


「あ……陸ちゃんとセンとまこちゃんは…スタジオ入ってる。聖子…」


「……」


「うん…聖子は、録りに入る時間だから…」


 光史が千里を見た。って言っただけなのに。

 あたし…何動揺してるの?


 光史はテキパキとジュースやビールを冷蔵庫に詰め終えると。


「あー、眠い」


 あくびをしながら、ソファーの上に寝転んだ。


「喉の調子どうだ?」


「うん…まあ、いいかな…」


 光史、気遣って違う話題を出してくれてるのに…上手く答えられないあたし…


「ノン君とサクちゃんは元気?」


「…うん。相変わらず…」


「みんなも会いたいって言ってたし、近い内に集まるか?」


「そうだよね…」


「………そんなに気になるなら、会って来いよ」


「…えっ…?」


 あたしがうつむいたままでいると、ふいに光史が起き上がって言った。


「神さん。気になるんだろ?」


「……」


 あたしは無言でパイプ椅子に座って譜面を開く。


 …気になるけど…今はまだ会いたくない。

 心の準備ができてないってこともあるけど…それだけじゃない。


 あたしは…自分を許してない。

 千里を信じられなかった自分を…



「…光史」


「あ?」


「好きな人、できたの?」


 あたしは、譜面を読みながら問いかける。


「…何、急に」


「ううん…なんとなく」


「……」


 光史は、首を傾げながら。


「知花」


「ん?」


 あたしに言った。


「一緒に暮らさないか?」


「……え?」


「一緒に暮らそう。ノンくんたちも一緒に」


「…どうしたの?何かあったの?」


「別に…ただ、知花となら…うまくやってけそうな気がしてさ」


「……」


 違う。

 光史は、あたしを見てない。

 他に…好きな人がいるんだ…



「…考えとく」


 とりあえず、そう答える。

 光史がこんなこと言うなんて、よっぽどの想いがあるんだろうな。

 傷付けたくない…


「…サンキュ」


 光史は少しだけ寂しそうな顔をして。


「さて…そろそろ俺も出番かな」


 って、スティックを持って部屋を出て行った。


「……」


 光史の出て行ったドアを見てると、外で声が聞こえて。


「あ、知花、ここにいたんだ」


 聖子が笑顔で戻って来た。


「今日はスムーズだったー。絶好調!!って感じ」


 大きく伸びをして、いつもより少し高い声の聖子。

 あたしは小さく笑いながら聖子を見上げて。


「…ね、聖子」


 問いかけた。


「ん?」


「光史…最近元気がないと思わない?」


「光史が?」


 聖子は一瞬キョトンとしたものの。


「元気がないとは思わないんだけど、ちょっと不可解な事がある」


 って、眉間にしわを寄せた。


「不可解な事?」


 聖子は、プライベートルームに二人きりだと言うのに、あたしの耳元で。


「あいつ、一人暮し始めるらしいよ」


 ささやくように言った。


「…一人暮し?」


「そ。るーおばちゃんなんかは人生勉強よって大賛成してたけど、なんか変よね。あの光史が、だもん」


 光史は、すごく家族が大好きで。

 特に、兄弟仲はすごい。

 妹さんとは8つ、弟さんとは10歳…と、少し歳が離れてるせいか。


「俺は絶対家を出ない」


 なんて…言ってたけど。


「なるほど…そう考えると…色恋の悩みかもしれないわ」


「え?」


「光史が家を出るなんて、よっぽどだもん。好きな男と暮らす段取りが進みそうなんだけど、親にどう切り出そうか…なんて」


 聖子は、腕組して推理をして頷く。

 あたしはその様子を見て…光史から一緒に暮らそうって誘われた事は言わないでおこうと思った。


 何より…

 光史の気持ちがあたしにはない事は分かってる。

 光史はあたしを見てない。

 一緒に暮らそうって言ってくれたのだって…あたしを好きで言ってくれたような気がしない。

 目が、あたしと誰かを重ねて見てるような気がする…



「…好きな人って、男の人なのかな」


 小さくつぶやく。


「あいつが女好きになるかな」


 聖子は首をすくめる。


「あー、でも向こうで知花と暮らしてから、ちょっと様子変わったかな」


「変わった?」


「うん。いい加減大人になったのかなー。女、とっかえひっかえ遊んでたけど、最近マジメだもん。全然遊んでないみたい」


「へえ…」


「案外、知花のこと好きになってたりして」


「…え?」


 聖子は意味深な目つきで、あたしの髪の毛を指に巻きながら言った。


「あんた、いい女だもん。いくら男しか好きにならない光史でも、一緒に暮らしたら女に目覚めたのかもよ?」


 光史は聖子のことを『あいつは、俺の理解者なんだ』って言ってたし、お互い相談し合ってるって聞いてたから、聖子なら何か聞いてるかもしれないって思ったけど…この様子だと何も知らないみたい…



「あ~…疲れた~…」


 突然、録りを終えたまこちゃんが入って来て。


「高原さんに、すっごいプレッシャーかけられた」


 って、ソファーに深く座り込んだ。


「プレッシャー?」


 聖子と二人して問いかけると。


「知花の声が一番きれいに聴こえる音を出さなきゃ録り直しだ!って」


 まこちゃんは髪の毛をかきあげながら首をすくめた。

 あたしがポカンとしてると。


「…伯父貴も、とんだ親バカのようね」


 って、聖子があたしの額を指ではじいたのよ…。

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