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「知花、絶好調だな」


 スタジオの廊下、陸ちゃんにココアを差し出された。


「あ、ありがと。うん。最近、のどの調子も戻って来たみたいだし」


「戻って来たってより、前よかいいぜ」


「ほんと?」


「子供産むと変わるっていうけど、まさにって感じかな。表現力ついたよな」


「そう言われると嬉しいな…」


 アメリカに来て、ちょうど一年。

 あたしは…二児の母になっている。



「あのときゃ驚いたなあ」


 陸ちゃんが笑いながら言う。


「あたしも驚いた」


 妊娠発覚だけでも充分驚いたのに。


「双子ですよ」


 二度目の健診でそう言われて、これまたみんなを驚かせてしまったけど。

 みんなの協力があって、あたしはここまでこれた。


 一番の理解者は、やっぱり聖子で。

 あたしに内緒で桐生院に連絡をとってくれてて。

 出産の前日。

 突然、おばあちゃまがやって来た。


 あたしは、おばあちゃまの『しっかりなさい』の一言に励まされて。

 四月の暖かい日。

 無事、男の子と女の子の双子を出産した。


 そのあと、すぐに父さんとちかしうららも駆け付けてくれて。


「一人にして、すまなかった。」


 父さんに泣かれてしまった。

 謝らなきゃいけないのは、あたしの方なのに…



 神家には決して告げない。って暗黙の了解みたいなものができて。

 なんだか、あたしたちの絆は深まったようだ。


 特に、あれだけあたしを毛嫌いしてた麗が。


「姉さんて、根性入ってるね」


 なんて苦笑いしながら、初めてあたしを「姉」と呼んでくれた。


 誓は。


「すごいよね、双子なんて…なんだか嬉しいな」


 って、自分たちの再来とでも思えたみたいで、すごく喜んでた。



 あたしは子供の名前を家族に任せた。

 アメリカのホテルで徹夜で考えられた名前は。


「男の子が、華音かのん。女の子が、咲華さくか。」


 華の家の子って、みんながつけてくれた。



 結局おばあちゃまは一ヶ月滞在してくれて…

 あたしは心からみんなに感謝した。


 でも慣れない土地での初出産。

 当然というか、あたしは体調を崩したりもした。


 それでもみんなに支えられて…ここまでこれた。


 それ以降、あたしの声はあきらかに変わった。

 今となれば…千里と別れた事、正解だったんだ。って思える自分がいる。



「知花、小さく産んで大きく育てる、が実行されてるな」


 センが華音を抱えてやってきた。


「四ヶ月って、もっと小さいらしいじゃん」


「誰に聞いたの?」


 あたしが意味ありげに問いかけると、センは少しだけ赤くなりながら。


「美術の先生」


 って言った。



 センには、日本にすごい彼女がいる。

 予定では、来年柔道でオリンピックに来るはず。

 桜花学園の美術教師で。

 麗いわく。


「なんで美術教師かわかんない。絵、へったくそなのに。」


 って厳しいお言葉。


 でも、すごい。

 オリンピック選手。



「あー、ノン君そこにいたんだー」


 続いて聖子が咲華を抱えてやってきた。


「知花、もう録り終わった?」


 聖子に問いかけられて、ニッコリ。


「こいつ、一発OKだぜ?あの厳しいニッキーが手ぇたたいてたし」


 今日一緒に録りだった陸ちゃんが、あたしの頭をグリグリしながら言った。


「へー、やるう」


 ニッキーとは、朝霧さんと共同であたし達のプロデュースをしている人物で。

 あたしの事情も全てわかってくれてる。

 ちなみに、日本の事務所であたしの出産を知っているのは朝霧さんのみ。


 お互いの事務所が忙しかったせいか、日本から時々やってくるのは朝霧さんだけで。

 高原さんはロンドン進出計画が忙しくて、一度も来米されてない。



「あ、いたいた」


 あたしたちが集ってると、まこちゃんがだいぶ伸びた髪の毛を結びながら嬉しそうな顔でやってきた。


「何だよ、まこ。嬉しそうな顔して」


 センが問いかけると。


「あのさ、さっき光史君が上の人に呼ばれて何か言われてたんだけどさ」


「うんうん」


「どうも、CDの出る日が決まったらしいよ」


「嘘」


「本当。そのうえ、ライヴだって」


「きゃー!!嬉しいっ!!」


 聖子の大声に、眠っていた咲華が目を覚ます。


「あっ、しーしー…」


 パッチリと目を開けた咲華をみんなで覗き込むと…


「ふふ…」


「泣かないいい子だ」


「目、パッチリ」


 泣くどころか…ほんのり笑顔な咲華に、みんなも口元を緩ませた。



「で、CDの件、いつなんだよ」


 陸ちゃんがまこちゃんの腕を引いて隣に座らせる。

 すると…


「CDは10月の始め。その後でインストアライヴがあって、ハコでのライヴはクリスマス」


 資料らしき物を手にした光史が、そう言いながら現れた。


「おおおお、クリスマスかよ」


「人入るかなあ…あたしたち知名度ないし」


「それがさ、知らない間に結構なことになってた」


 あたしたちが不安がってると、光史が照れくさそうに頭をかいた。


「え?」


「実は、ラジオで流してたらしい。それについての問い合わせが多く来たみたいで、今回の運びになったってわけさ」


「……」


 あたしたちは、顔を見合わせる。

 いつの間に。


「親父め。今回ばかりは感謝しかない」



 朝霧さんは、あたしたちがこっちに来た時。


「ええか、絶対成功させたるからな。心配すんな」


 って、何度も言われた。


 最近では、ちょっとその言葉も魔力を失ってるかのようだったけど…

 ちゃんと、動いてくださってたんだ…



「これからが本番だよな」


 陸ちゃんが真面目な声で言った。


「そ。みんなを驚かせてやろうぜ」


 光史が笑いながら言って、なんだか心強くなる。


「その前に、まこと聖子は期末試験頑張れよな」


「あー…やな言葉…」


 二人とも休みがちだから、卒業単位をとるにはもう少しかかりそう。


「知花も入ればよかったのに。いいよぉ、勉強は」


 聖子が唇を尖らせて言って。


「結構です」


 あたしは、笑ってみせる。


「明日の晩から勉強教えてやるから、一式持ってこい。この間みたいな点とったら許さねえぞ」


 陸ちゃんの言葉に、まこちゃんと聖子はうなだれた。

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