23

「あーあ、心配して損しちゃったな」


 聖子が、唇を尖らせる。


「なんだか、とーっても幸せそうで」


「…ありがと…色々…」


「んもおっ。ほんっと心配したんだからね?」


「あたた…うっうん…ごめん…」


 聖子に頬をつねられて、あたしは身体を引く。



 千里から…指輪をもらった。

 左手の薬指にな。って…お揃いの指輪を見せられた。

 …もう…左手を見るたびに、胸がギュッと締め付けられる。


 瞳さんとの事…完全にスッキリしたわけじゃないけど…

 陸ちゃんの言ったように、『親友』としての抱擁もあり得るのかな…って。

 自分で言い聞かせてる所もある。


 千里は相変わらず『好き』とは言ってくれないけど…

 あたしの薬指にキスしたり…

 耳元で何度も名前を呼んでくれたりするだけで…

 満たされるあたしがいる。


 …丸め込まれてるのかなあ…



「いいなー、あたしも学校辞めよっかなー」


 つい口元を緩めてしまうあたしを見て、聖子が嫌味っぽい口調で言った。


「…高校は出た方がいいと思うよ?」


「あんたに言われたかないわね」


「えへへ…」


「…もうっ。腹立つぐらい可愛いわね、あんた」


 聖子に首元をくすぐられて。


「やめてよ~。えいっ」


 あたしも、反撃に出る。


「あっ。いい度胸ね。押し倒しちゃうわよ?」


「何言ってるのよ」


「どうせやるなら、神さんの前でやりたいわね。反応見たいわ」


「…鼻で笑われるだけと思うけど…」


「想像出来る……あっ」


「何?」


 じゃれ合ってた聖子が、突然指差したものは…一階ロビーの掲示板。

 そこには、あたしと聖子がバイトしてる広報からのお知らせとか。

 所属アーティストの新譜情報やツアー日程。

 スタジオの使用状況が分かるボードまで。

 毎日更新される情報もあるから、素通りする事は出来ない掲示板。


 聖子が指さした場所には、アメリカ事務所の規模を大きくする事が書いてあった。

 それに伴って、アメリカからデビューするアーティストを選出する…と。



「やっぱりロックはアメリカよねー。でもって、すっごい広い野外でライヴよ」


「…そうだね」


 掲示板には、選出されたアーティストはアメリカを拠点に、二年間の活動をって書いてある。


「行きたいなー」


「……」


 聖子の言葉に、答えられなかった。


 アメリカに二年…

 行きたい…?


 あたし…



「あーあ、早く八月になんないかなあ」


 聖子が、あたしに腕を組んで言った。

 あたし達は、八月デビューが決まっている。

 だから…アメリカは…ないよね?

 …でも、もしかしたら…TOYSにそんな話が出てたりするのかな…



「あ、聖子」


「何?」


「そういえば東さんから電話あった?」


 あたしが思い出したように言うと。


「…あった」


 聖子は少しイヤな顔。


 うちに泊まった夜、聖子の電話番号を聞こうと必死だった東さん。

 それをハッキリと断る聖子。

 そんな聖子を見た千里は…


「すげー鋼鉄ぶりだな」


 ワイン片手に聖子を茶化した。


「…何それ。どういう意味ですか」


「そのままの意味だけど?自分の信念を持ってんだなーって」


「…鋼鉄」


「カタそうだよな」


「……」


 飲みたいと言いながらも、あたしの視線に無言の圧力を感じたのか、グラスを手にしながらもワインを飲む事はなかった聖子。

 だけど、いつもより饒舌な千里と、いつも通り?調子のいい東さんに乗せられたのか…


「別にいいわよ。電話番号ぐらい」


 すっと立ち上がると、サイドボードのメモ帳に電話番号を書いて東さんに渡した。


「うわー!!嬉しい!!ありがとう七生ちゃん!!」


「…七生はやめてください」


「ありがとう聖子ちゃん!!」


「七生って呼んでください」


「ありがとう七生ちゃん!!」


「……」



 そんなやりとりがあって…の、この話題なんだけど…



「東さん、いい人じゃない」


「同業者はイヤなのよ」


「千里と同じようなこと言ってる」


「あたしは、何度も言うけど、自分から好きになった人じゃないとイヤ」


 聖子は盛大に唇を尖らせた。


 東さん…本当につかみどころのない、ちょっと変わった人…って思うけど、千里とずっと一緒にいる人だから…辛抱強い人なんだろうって思う。

 それに、結構気遣いの出来る優しい人って印象なんだけどな…



「聖子の好みのタイプって、どういう感じ?」


 思えば…あたし達、今までこんな会話した事なかった…かな。

 だいたいいつも音楽の話だったし。

 お互い、あまり恋とか…男の子に興味がなかった。



 あたしの問いかけに、聖子は「んー」って首を傾げて。


「背が高くて優しくて頭が良くて音楽関係の仕事をしてない人」


「え?」


「背が高くて優しくて頭が良くて音楽関係の仕事をしてない人」


「……」


 一度の息継ぎもなく、同じトーンで繰り返した聖子に苦笑いしてしまう。

 まるで、長年そう言い続けて来たみたい。


 あたしは少しだけ考えて。


「ね、聖子ってそういうことってあった?」


 聖子の顔をのぞきこむ。


「何。そういうことって」


「男の子とつきあったりとか…あたしは聞いたことないけど」


「悪かったわね、ないわよ」


「もったいないなあ、聖子モテるのに」


「いいの。あたしのことは」


 聖子は長い髪の毛をかきあげながら、伏し目がちに言った。


「ま、デビューしたら忙しくて、それどころじゃなくなるかもね」


「…忙しくなればいいけど…」


「不吉なこと言わないでよ」



 あたしたちは…知らなかった。

 そのアメリカ事務所移籍が…


 あたしたちSHE'S-HE'Sと、千里たちのTOYS。

 どちらか、って…秤にかけられていることを…。

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