08

光史こうしが、いっつも世話んなって」


 ビートランド。

 Deep Redのギタリストで、光史のお父さん。

 朝霧真音あさぎりまのんさんが、すごく素敵な笑顔で言われた。



「い、いえ、こちらこそ。桐生院知花きりゅういんちはなです。よ…よろしくお願いします」


 あたしは、深々と頭を下げる。


 ああ…き…緊張のあまり、言葉が上手く出て来ない。

 そんなあたしの隣で、聖子はケラケラと笑ってる。



「学校ええんか?厳しいらしいやん」


 朝霧あさぎりさんが、聖子に問いかける。


「あー、大丈夫大丈夫。バレないようにやるから」



 話によると、聖子のお母さまと光史のお母さまは幼なじみで。

 それぞれ御主人の仕事の都合で海外生活をされてたのだけど、帰国後は日本に家を持たれたそうだ。

 それも、お向かいに。


 話を聞いてると、とっても素敵な幼馴染。

 あたしも聖子と、そうなっていきたいな…。



「…会うの、初めてやったっけ?」


 突然、朝霧さんにマジマジと見られてしまった。


「え?あ…はい…」


「他人のそら似かなあ…初めて、いう気がせんのやけど」


「あはは…」


 なんて答えていいかわからなくて、とりあえず笑ってみせる。


 バイトするって決まってから。

 あたしは、千里にDeep RedのCD借りて聴きまくったけど…

 ギターも、あんな音で弾いてもらえたら本望だろうなっていうほど、素敵な音。


 それより何より…

『邦楽には疎いけど、洋楽には詳しいのよ?』って豪語してた自分を呪った。

 …Deep Red、まずアメリカデビューをして、活動の拠点もほぼアメリカ。

 思い切り洋楽!!それも『世界のDeep Red』って呼ばれるほど、売れてる!!


 千里、何も言わなかったけど…CD貸してくれる時に鼻で笑ったような気がする。

 世界の…って呼ばれてるようなスーパーバンド、名前は知ってても聴いてなかったなんて…恥ずかしい…



「…ずっと関西弁なんですか?」


 緊張しながらも、遠慮がちに問いかけると。


「アメリカでもずっとこれ」


 朝霧さんは、すごくさわやかな笑顔でおっしゃった。

 今は若手のプロデュースに力を入れてらっしゃるようだけど、いつか生で演奏を観たいな…って、ちょっと見惚れてしまう。


 光史のお父さん。と思えば緊張もほぐれるけど、目の前の朝霧さんは…どう見ても『ギターヒーロー』の『マノン』さんだ。



「光史も、たまーにうつってるよね」


「あ、言ってるね。ほな、いこかーなんて」


 笑いながら話してると。


「ナッキー帰ってきたんや。会長室行ってみよか」


 朝霧さんはエレベーターのボタンを押しながら言われた。


「え、いつ帰ってきたの?」


「昨日の昼過ぎ」


「おみやげ、買ってきてくれたかなあ」


 聖子と朝霧さんの会話を黙って聞く。


 ナッキー…

 ああ、聖子の伯父さん。

 高原夏希たかはらなつきさんね。



「最上階?」


「ああ。ナッキーは高いとこ好きやから」



 エレベーターに乗って、聖子の話をぼんやり思い出す。

 高原さんと聖子のお父さまは、腹違いの兄弟。

 聖子のお父さまは三男で、七生財閥に婿入りされた。

 高原さんは、早くに家を出られてDeep Redで成功されてー…この事務所を建てられた。


 早く家を出られた理由は…



「よ、来たな」


 最上階について、開いた扉の向こう。

 オレンジ色の髪の毛が…


「おかえり、伯父貴」


 聖子が抱きつく。


「ただいま…彼女は?」


 ふいに目があって、見とれてしまってたのがばれたかと思って、恥ずかしくなる。


「桐生院知花。うちのバンドでボーカルしてるの」


「なるほど」


「は…はじめまして…」


 思わず、声がうわずっちゃう。

 Deep RedのCDジャケットって、メンバーの顔とか出てなかったから…

 初めて、お目にかかる高原夏希さん。


 イギリス人のお母さまは本妻ではなくて…

 そのお母さまが亡くなって、高原家の次男として迎えられたって。 



「高原夏希です。よろしく」


 高原さん、あたしの前まで来られて、笑顔で手を差し出された。


「こちらこそ…よろしくお願いします…」


 手を握り返す。

 …なんだか不思議な感覚。


「…なんか、似てるね」


 ふいに聖子が言って。

 あたしと高原さんは、手を握ったまま聖子を見る。


「誰が」


 高原さんが聖子に言うと。


「ああ、ナッキーに似てたんや。雰囲気とか、目元とか」


 朝霧さんまでが、手をポンと叩かれて言われた。


「なるほど。目の色、少しブルー入ってる?」


「あ、いえ…これは…」


 今日はウィッグも眼鏡も着用。

 眼鏡ごしにバレたのは初めて…



「まあまあ、いつまで手ぇ握ってんのよ」


 高原さんと握手したままでいると、聖子がそう言って。

 あたしは気恥ずかしくてうつむいて…高原さんは笑いながら前髪をかきあげた。



「で、バンドはどうなんだ?」 


 高原さん、ソファーに座って言われた。

 会長っていったって…40いくつ。

 もしかして、あたしの本当の父親も、こんな感じかも…



「うちの光史こうしに、音楽屋でバイトしてるりく。それに尚斗なおとんちのまこにー…しんの息子も参加してるんやて」


 朝霧さんが高原さんの隣に腰を下ろして言われると。


「へえ…晋の息子って、家元になったんじゃなかったっけ」


 って、意外そうな顔をされた。

 そして。


「座れよ」


 ってあたしたちに言われた。

 あたしたちが、お二人の向かい側に座ると。


「伯父貴、センのこと知ってんの?」


 早速、気になってたことを聖子が言った。


「セン?」


早乙女千寿さおとめせんじゅ


「ああ、親父は俺らの後輩になるからな」


「あ、そっか…有名なギタリストって聞いた」


「浅井 晋って、アメリカのTRUEってバンドで現役でやってるよ」


「TRUE?」


「何、知花知ってんの?」


「うん…中学の時、友達がよく聴いてた」


 そっか…あのギタリストが、センのお父さん…

 TRUE…

 スクールで少しだけお付き合いした男の子が、よく聴いてたバンド。

 彼が大好きだったTRUEを、あたしも必死で聴いた。

 でも、彼は14の夏…事故で亡くなってしまった。



「そうすると、幼なじみあり親戚ありで身内バンドみたいだな」


「言われると思った」


 高原さんが笑いながら言われて、聖子が首をすくめた。

 でも…そう言われるの、あたしは嬉しいな。


「ところで、えーと…知花?」


 早速、高原さんに呼び捨てされて、少しだけドキドキしちゃう。


「はい」


「見た目からしてお嬢さんだけど、家は大丈夫なのか?」


「あ…はい」


 実家では、あたしがバンドやってるなんて誰も知らない。

 でも、このアルバイトの件だけは、父さんに話して了解をもらった。



「知花のお父さんはね、華道の家元さんなうえに映像会社の社長さんなのよ」


「すごい親父さんだな。どこの会社?」


「スプリングコーポレーションです」


「今度CM作ってもらおうぜ」


 高原さんが、朝霧さんに笑いかける。

 …素敵な人だな。



「そういえば、ひとみさん帰ってるんだってね」


 ふいに聖子が高原さんに問いかけた。


「ああ、帰ってるぜ」


 …瞳さん…


「瞳さんて…?」


 あたしがうわずる声で聖子に問いかけると。


「あ、あたしの従姉妹。伯父貴のかわいい一人娘よね?」


「ばーか」


 ……

 そういえば。

 作詞家の藤堂周子とうどうしゅうこさんとの間に、娘さんがいるっていうのは…

 そっか…聖子とは従姉妹になるんだっけ。



「瞳さん、アメリカでデビューするって本当?」


「まーだまだ。あんな歌じゃムリムリ」


「厳しいなあ」


「…シンガー…?」


 聖子に小声で問いかけると。


「ここの事務所に所属してるシンガーよ」


「……」


 …瞳さんて…千里の彼女…だよね。



「ところで、スタジオどこ使ってんだ?」


「えーとね、音楽屋とか、ナッツ」


「ここの八階にもあるから、使っていいぜ。メンバー分のフリーパスやるから」


「本当!?ラッキー♡」


 聖子が両手を上げて喜ぶ。

 あたしも嬉しいけど…『瞳さん』が気になったり、こんなすごい事務所のスタジオを使わせてもらうなんて…って…

 …さっきから、変なドキドキが止まらない。



「けど、条件つきでな」


「条件?」


 高原さんの意味深な笑顔。


「初めてのスタジオ入りの時、見学に行かせてくれ」


「えー…なんで、あたしらみたいなヒヨっ子バンドをー?」


 聖子、超やな顔。

 あたしは、想像しただけで固まってしまった。


「で、俺らの目にかなったあかつきには…」


 高原さんと朝霧さん、顔見合わせて。


「な。」


 なんて言い合ってる。


「何、何が「な。」なのよ」


 聖子が問いかけると。


「マノンのプロデュースでデビューさせてやるよ」


 …デビュー…


「デビュー!?」


 思わず、聖子と二人して大声張り上げてしまうと。


「目にかなったらっつったろ?しっかり練習しろよ」


 って、高原さんは笑われたのよ。

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