噂話-2 不死のひと

「死なないひとがいるという」

「私のような?」

「神話の頃からこちらの世まで、日が昇っては落ちるように、種が芽吹いては木となりまた倒れるように、雨が循環するように、常に世に在るのだと」

「それならば森のひとではないな」

「神話の頃というと、龍と同期?」

「龍の頃よりはずっと新しく、しかし人がまだ魔法を操っていた頃だ。神話の頃の終わりとも、今の世の頭とも言えるだろう」

「二つの時代はそれぞれ違うけれど、どちらも今から見ると遥かな昔」

「気の遠くなる時間だね」

「そのひとは禁忌に触れて、生命の理から外れたのだと」

「よほどの秘密なのね」

「あまりに驚いて死を落っことしてしまったのかな」

「そうなのかもしれないね」

「そのひとも魔法を操るの」

「太陽のごとき魔法だよ」

「特別なものなのだろうね」

「太陽が落とした火が、今も燃え続けているのね」

「海を渡り大陸を越え旅をしていて、各地で伝説の種が芽吹いた」

「たとえば」

「幾つかはきみたちもよく知る昔話や詩かもしれない。『火を盗んだ者』『詠う黒鳥』『燃え尽きぬ凶星』とにかくたくさん。燃え尽きては蘇る不死鳥として語られもする」

「あ、知っている。風と火の国の伝承」

「それだね」

「伝承に語られるひとが今もどこかにいるのね」

「伝説は今なにをしているの」

「どうしているだろうね。また旅に出たのかな」

「鳥のように」

「聞いてみたいな、渡ってきた時代のことを」

「いつか出会うこともあるだろう」

「死を失う者はそれほど昔からいたんだね」

「そのようだ」

「そのひとも還る場所を探しているだろうか」

「必ずあるさ」

「そう思う。見つけられていないだけで」

「この世界は取り零しが多いねえ」

「困ったものだね」

「まったくだ。けれどね、最近思うんだ。きっと私たちは、置き忘れられただけの寂しい存在ではないんだよ。途方に暮れちゃうけれどもさ」

「寂しいだけではいられないか」

「寂しいだけの生命ではないのね」

「人がひとの環から離れて世界の循環から外れたのも、人という種の意思だったのかもしれない。魔法は失ったのではない。きみたちの側に確かに在るよ」

「先の人々が何を想っていたのか聞いてみたいね」

「舟は発てども進路は見えず」

「岸を離れて舟の上にいることが重要なのさ。どこに行くかは、そう、結果でしかない」

「霧の中にいるわけではないのね」

「不死のそのひとも、きっと舟の上にいて、流れ流れて、岸を見つめているんだ」

「生きるとは、なんと孤独なことだろう」

「孤独だけれど、悲しくはないのさ」

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