24話 ソレイユに声援を

「よし……これでやれることは、全部やった。あとは、明日のオーディションで審査を通過するだけだな」

「ふう……ありがとうございました!」

 あれから、日は過ぎ、オーディション前日の夜、沼田家には、前日まで俺と台本合わせをしていた月夜野は、練習で書いた汗をぬぐうと俺にお礼を言ってくる。わずらわしいという理由で今日は、メガネをかけていないので、彼女がどれだけ本気だったのかが伺える。

「いや、ありがとうは、こっちだよ。母さんたちが居ない時は、ご飯まで作ってくれて、紫の面倒まで見てくれたんだ。助かったよ」

月夜野は、仕事がない日や、終わった後、時間が空いては、俺の家に来て、オーディションの練習を終えるとうちに来て練習だけでなく、晩御飯まで作ってくれた。みどりもたまに様子を見に来てくれたりしたが、そんな日々も今日で一旦終わり。こう考えるとなんだか寂しい気持ちにもなる。紫もだいぶ月夜野になついていたからな。

「いえ、授業料って考えたら、安いものです。それに紫ちゃんとの触れ合いは、私にとっては、癒しでしたから!」

「紫を嫁には、やらんからな」

「もう!だからあれは冗談だと!」

紫を見るたびに月夜野の目は、どこだか犯罪者のような目をしているので、念押しをするが、自分の行為を思い出して、否定する月夜野。怪しい……。

「まあ、それは、今度しっかり話すとして、どうだ?明日のオーディション?受かりそうか?」

「あ……あはは、そこは、しっかり話すのですね……。とまあ、紫ちゃんの事は置いといてオーディションですよね?やれることは、すべてやってもらいました。もう怖いものはないですよ!百人力なんですから!」

「言い過ぎだ……」

胸を張って宣言する月夜野であったが、俺なんかで百人力の自信が付いたらしいが、これは、全部月夜野の努力と才能によるものだ。俺は何もしていない。

しかし、俺の表情を見てか、月夜野は、少し不機嫌そうな表情をする。

「もう沼田先輩、最近は、表情が明るいなと思ったらまたそんな自信なさそうな表情をして!私は、沼田先輩にいっぱい大切なものをもらいました。だから、そんな暗い表情なんてしないでください!……あ、すみませんでした。また私、無防備に先輩の手を握ってしまって……」

月夜野は、そう言うと、俺の手を握ろうとしたのをやめる。彼女と一週間近く一緒に演技の練習をしていたが、普段から、何かと感情が高ぶるとボディタッチしまくりだった月夜野が、一切この一週間ボディタッチをしてこない。まあ、いいことではあるが、月夜野らしくないと言われれば月夜野らしくない。

今回もそうだった。手を握ろうとして、何かに気が付いたのか手を放す月夜野、一体何があったのだろうか?

「どうした?らしくないじゃないか。いつもなら感極まって手を握るどころか抱き着いてくるだろうに、俺の至福は、どこへ消えた」

「うわ……そう思ていたのですね沼田先輩最低です」

ジト目で睨む月夜野。いや、これは、俺なりの冗談なのだが……まあ、それは、そうと不思議だった。なんというか、遠慮が感じられる。

「いや、なんというか、前より距離が感じられるんだ。俺、またなにかした?」

「あのそう言うわけでは、無くて……何というか申し訳ないですし……私が、いつもみたいな軽率な行動をすると、伊勢崎先……いや、何でもないです!」

「いや、なんで、みどりが出てくるんだよ?もう、前のことは、ほとんど解決した様なものだろう?まあ、まだお互い謝ってないし……許してくれるか定かではないが、月夜野のオーディションの一次が終わったら、謝るし心配はいらないぞ」

うん、確かにお互いに謝ろうとした時に、月夜野のオーディションの話が出て、謝る機会を一回逃したが、あれ以降、俺とみどりの関係は、なんだかんだ改善に向かっている。

謝る前にお互い、月夜野のオーディションが気になり、謝るまでに至っていないけれど。しかし、これは、月夜野が気にすることでもないのだが……。

「そうではなくてですね……いえ、これを私が言うのは、ダメですね。とにもかくにも今回は、そう言うわけにも行きません」

「いや本当に大丈夫か?お前は、気にしなくていいんだぞ?それとも俺といて月夜野は、楽しくないのか?」

それは、そうか、俺と月夜野は、所詮先輩と後輩。何かしらの遠慮に俺は気が付けていなかったのだ。なにをしているのだか、本当に……

「気にしますよ……私だって、沼田先輩といて楽しいです。人生で一番。しかし……私が楽しむのは、いけないことです。沼田先輩に気を遣わせ、時間をいただいてしまい。怒られてしまいます」

どうしてこんなことを言うんだ?俺は、気を使ったと感じたことはないし、俺がしたいからしたことなのに……

「違うんです!これは、私が悪くて!沼田先輩が気にすることではないんです!だから……だから、そんな悲しそうな顔をしないでください!」

「俺はそんな顔、してない」

そのつもりは一切なかった。申し訳ないとは、思っていたが、月夜野には、俺がそう言った表情をしているよに見えたのか、謝ってくる。なにが、月夜野を駆り立てるのか、分からない。けど、前みたいに思考の渦には、囚われていない。なんなのだろうか。

「しています!とっても悲しい顔です!先輩は、私のために頑張てくれて辛いのかもしれません!けど……これは、きっと先輩の独善的な考えではないです!私が犯した独善的な考えで!先輩のやさしさに甘えちゃって……だから……だから……恩返しなんてできないのに私は、こうやって、自分の都合に沼田先輩を巻き込んで!って……何を言っているのでしょうか。私、先輩を……先輩に……あはは、なにをしたかったのでしょうか?」

俺を慰めてくれようとした月夜野は、自分でも収集が付かなくなったのか、混乱のあまり涙を流していた。

そんな姿が、とても寂しそうに見えてしまった。だから、俺は、俺だけでも強がっていないといけない。俺は、月夜野の先輩なんだから……いやそれだけなのだろうか、それ以外の感情もあったのかもしれないが、分からない。なら、俺は、月夜野を安心させてやればいい。

今は、それだけでいい。

「ありがとうな……本当に」

「ぬ……沼田先輩!ダメです!ダメですよ!離してください!」

だから、俺は、今にも離れてどこかへ行ってしまいそうな月夜野を抱きしめた。恋愛も下心も一切ない、感情の暴走が起こした事故の様なものだった。

月夜野は、話してくれというが、そんなもの、却下だ。今話したらもう戻ってこない気がしたから。絶対に離さない。

「セクハラかもしれない。けど、今は、絶対に離さない。だって、俺が弱気な顔を見せたから、月夜野は、こんなに悩んで一生懸命俺を慰めようとしてくれた。だから今は、絶対に離さない」

「ですが……ですが……」

「俺の時間を使わせているなんて、絶対に言わせない。これは、俺がやりたくてやっているんだ。だから、離さない。せめてその泣きそうな顔を収めるまでは、こうしてやる。だから、安心しろ。俺は、月夜野日和の味方でいる。なにがあっても」

まだ、月夜野の体は、震えている。こんな小さな体でお母さんのぬくもりを求めて、ここまで頑張ってこれくらい、こんなのでいいなら俺は、喜んで、月夜野をねぎらう。

「うぅ……まあ、今は、良いのでしょうか……ごめんなさい、今だけは、こうさせてください」

「ああ、けど嫌になったら言え、すぐやめる」

月夜野の謝罪かは、なんとなくみどりに当てたものであるだろうが、きっと彼女も俺とみどりの喧嘩を見て罪悪感にさいなまれていたのだろう。だから、伝える。お前は、悪くないと。

「はは……沼田先輩は、私を慰めようとしているのに、自分は、良くない方に考えるなんて……全く、ダメな先輩です」

「悪かった」

「いやです。私だって、こうしてもらって嬉しいのですよ?幼いころから、一人でいることが多くて、こうやって、人のぬくもりなんて知らなかったのに……お母さんに抱きしめられるってこういう感じなのでしょうか……」

「俺は男だ」

「はは、しっています」

表情は見えないが月夜野は、きっと今、少し笑っている。人への甘え方を知らない月夜野は、温もりを知ってきっと嬉しいのだろう。それぞれぐらいで、良ければ俺は、いつだってこうしてやる。

「沼田先輩……なんで、先輩は、私にこんな優しくしてくれるのですか?私、先輩に頼ってばっかりなのに……」

抱き着いたまま月夜野は不安そうに俺に聞いてくる。表情までは見えないが先ほどの様な古江は、自然となくなっていた。

「簡単だろう月夜野は、俺を救ってくれた。あのもやもやから解放された。自分の悪い所にも気が付かせてくれたんだ。返しきれない恩を受けた。この恩を返さないほど俺も馬鹿じゃない」

「私は、したいことをしただけですよ」

「それが救いだ」

「私の方が救われたんです。沼田先輩がいてくれたから、オーディションに挑戦できるんです。それだけでも、十分嬉しいのに……」

「そうか?月夜野は、謙虚だよな、そういう所。もっと胸を張れ、お前は、凄い」

「本当ですか……」

不安そうに聞きなおしてくる。何が不安なのだろうか、俺は、月夜野を安心させるため、強く抱きしめた。

「本当だ。凄い、お前は、凄い。魅力的だ。月夜野なら絶対に成功する」

「私は、こういった感情は、初めてです。凄く不安です。沼田先輩に嫌われるようなことしてしまうかもしれないですよ。良いんですか?」

「俺は、月夜野を絶対に嫌いにならない」

「守ってくれますか?つなぎとめてくれますか?私の醜い感情を知っても嫌いになりませんか?」

「ならない」

俺がそう言うと月夜野は、俺に強く抱き着いてくる。離さないように。俺も答えるように強く抱きしめる。

「沼田先輩……」

「なんだ?」

「苦しいです。離してください……落ち着きましたから」

「す……すまん!」

俺は、慌てて月夜野を離すと、月夜野は、その場で恥ずかしそうにソッポを向いてしまった。

「沼田先輩……今日のことは、秘密ですよ」

「分かっているよ……俺だってこんなことあんに話せるもんか」

「ありがとうございます……そうだ、そろそろ、時間ですね!帰ります!」

月夜野は、俺の顔を見ようとしないまま身支度を始める。その手際は、あまりにも良く、普段からポンコツな所ばかり見ている俺にとっては、ある意味新鮮なものであった。

「お……おい、そんなに慌ててもいいことは!」

「ちょ……ちょっと、黙ってください!明日は、朝が早いので!もう帰らないと!それにもう私は、自信いっぱいです。受かってきますから!」

そして、荷物をまとめ終わった月夜野は、そそくさと帰ろうとしていた。まあ、明日のこともあるから仕方ないだろうが……しかし、最後に俺は、月夜野に言っておかないといけないことがあったから、帰ろうとする月夜野の背中に向かって、言いたいことだけ伝えた。

「がんばれよ!月夜野!」

「もちろんです!」

俺の声援を受け、振り向かず、手をあげ、返事をする月夜野。その姿は、今までで一番安心できる月夜野の姿だと思っていたが……

「きゃあ!」

思いっきり足元に落ちていた紫の玩具につまずき転びそうになっていた……本当に大丈夫なんだろうか、明日のオーディション、また少し不安になってきたぞ。

とにかく、この日は、月夜野を見送り、後は、明日のオーディションの結果を待ち聞くだけであった。頑張れよ……月夜野!

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