22話 アイドルと抵抗しよう

翌日の部室、なにやら部員のみんなは、用があるらしく、今日は休みなのだが、俺と月夜野は、二人で部室に集まっていた。というか、この部活、部室にあまり全員集まらないな……うん、目的も分からないし、変人ばっかり集まる部だからしょうがないが、なぜか今日に限っては、みどりも用事があるらしく完全に二人っきりだった。

「ゴメン!また、俺、勝手に話進めてた!」

「ぬ……沼田先輩!?なにをしているのですか!頭を上げてください!」

俺は、メガネをかけた学校モードの月夜野に土下座をした。理由は、昨日の事務所で俺が、勝手に話を進めてしまったことについてだった。しかし、月夜野は、慌てて俺の頭を上げさせる。

「しかし……迷惑だったのは、月夜野だろう……。俺は、また独善的な正義を振りかざしてしまったんだ!」

「いえ!先輩のおかげで、オーディションを受けられたんですから!むしろ、私がお礼を言っていないのがいけないんですから!」

月夜野は、俺に頭を下げてくるが、申し訳なかった。だってこれで月夜野がオーディションに失敗したら、今後、月夜野は、オカマの指示を聞いて楽しくない仕事をしなくてはいけないのだ……そんなの過酷すぎる。

「しかし、月夜野が、このオーディションに受からなかったら、枕営業させられたり、エロい接待をしたり、果ては、センテンススプリングされてAVデビューしたら……俺は、死んでも死にきれない」

「しないですし、しません!なんで、私がそんなことしなきゃいけないのですか!」

「だって……水神先輩のエロ同人には、そう言うネタがあったぞ」

「絶対にこのオーディションだけには、合格します!絶対です!」

「……すまん、一つだけ聞いていいか?なんで、そんなにこのオーディションに拘る?今後の仕事が関わっているんだぞ?そこまでしてこのオーディションに……どうして、太陽の役をやりたがるんだ?」

不思議だった。この作品は、確かに人気作であったし、それの実写化なら、やりたいのもうなずけるが、月夜野には、それ以上の意思が感じられた。でなければ俺にこんなお礼を言うはずがなかった。

「それは、この作品のモチーフになったのが私の死んだお母さんだった……なんて、言っても信じてくれますか?」

「はい!?嘘だろう……。いや、嘘じゃないか、その目」

俺は、驚いた。下町ソレイユの恋物語にモチーフがあったのも驚いたがそれ以上に月夜野の両親だったこと、そして、モチーフになった月夜野のお母さん親が死んだことにも……正直、脳みそがついて行かない。分かったのは、月夜野の真剣な瞳が、事実をかったっていた。

「少しだけ、痛々しい馬鹿娘の独り言を聞いてくれますか?」

「馬鹿娘って……いや、分かった、聞くよ」

「ありがとうございます。では……私のお母さん……旧姓、老神月見は、話通り、東大卒のニートでした。理由は、就職先が、入社前に粉飾決済が発覚したからでした。そして、就職先がなかったお母さんは、地元に戻っていた時、出会ったのが、今の父……月夜野信太郎と出会いました。お母さんとお父さんの恋愛は、どうにも波乱万丈らしく、お母さんの家の隣に住んでいた下町ソレイユの恋物語の作者さんがそれを書いたら売れたらしくて……しかし、私生まれてすぐお母さんは、交通事故で他界しました。お母さんの三回忌に作者さんと会い、下町ソレイユの恋物語について聞いて、下町ソレイユの恋物語を手あかが付くほど読みました。口ベタな父が話すお母さんの話とは、また違ったお母さんさんと会える気がして……」

「母親の思い出か……」

俺の両親だっていつ過労死するか分からない社畜ではあるが、月夜野の様な特殊な家庭環境では、育っていないから両親の死など考えたことはなかった。だから、彼女のこの作品に対する思いれなんて分からなかったが、きっと大切なものであったということは分かる。

「だから、私は、お母さんのことをもっと知りたい!このオーディションがあるって聞いたとき、マネージャーに出ていいか聞いて、新曲がオリコン一位を取ったら、受けてもいいって言われて、私頑張ってきたんです!私は、別にお母さんになりたいわけでも無いですし、お母さんの過去も知りたいですが、それ以上にお母さんのぬくもりを私はしりたい!お母さんは、短命でしたが、幸せだったと確証を持ちたい!だから私は、このオーディションに絶対受かりたいです!」

叫ぶ。

月夜野は、叫んだ。ぬくもりを求めて、愛を求めて叫んだ。こんなポエムみたいなことを俺は、今の月夜野を見て考えてしまった。彼女の独り言は、終わった。息は切れ、額には、大きな汗、目から涙、心からの叫びが、届く。

だから答えないといけない、俺は、彼女の気持ちに。

「分かった……オーディションは、いつだ?」

「沼田先輩……?あの、えと、話が見えないのですが……一応、来週の日曜日です」

「時間が足りないないな……少し厳しいが……そうだな、今日からやれば何とか……」

月夜野は、きょとんとしていた。

しかし、関係ない。俺は、一週間で、月夜野をオーディションで合格してもらわないといけないのだ。確かに今のままでもいい線は行くが、なにぶん名作の主人公だ、人気は高い。個人からも、企業からも。きっと、それなりに演技が上手な程度の月夜野では、合格は難しい。しかし、合格させないといけない。今回は、爺さんの時とは違い、搦め手も邪道も効かない、王道で行かないといけないのだ。果たして、俺にそれができるか不安だが、やらないといけない。

「あの、沼田先輩……?物凄く考え込んでいるところ悪いのですが、一体何の話ですか?」

「え……これからオーディションまでの特訓メニューだが、安心しろ、今回は、しっかりみどりにも相談するから、前みたいに喧嘩は、しないぞ?」

恐らく月夜野は、前の様ないざこざを不安に思っているだろうが、今回は、しっかり相談するし、一人で抱え込むつもりもないので、不安を解こうとしたが、そう言う理由で、月夜野は、不安そうにしている訳ではないらしい。

「いえ、そう言うわけでなくて……」

「あ、そうか、オーディションの間もアイドルの仕事がるもんな……すまん、スケジュールに合わせるから教えてくれ」

「でなくて!え!沼田先輩、また演技指導していただけるのですか!嬉しいのですが、先輩の予定だって……」

なんだ、俺のスケジュールを気にしてくれていたのか、月夜野は、優しいな俺なんて、特に夢もないタダの男子高校生だ。時間は死ぬほどあるのに。

「いや、安心しろ!俺に出来ることは、なんだってやる。まあ俺は、演出家のプロでもないし、台本のあわせぐらいしか手伝えないが、そこは勘弁してくれ、俺の限界です」

「良いんですか?沼田先輩、私があなたの時間をもらってしまって」

「何を言う、俺の時間だ。自由に使わせろ」

俺は、言い切る。所詮タダの高校生、できることなんて台本合わせくらいかもしれないが、やれることはやる。そうでないといけない。

「沼田先輩……、いえ!私なんかでよろしければ!よろしくお願いします!」

月夜野は、嬉しそうに頭を下げる。いや、これは、今回も俺の不徳が巻き起こしたことなのだから、当たり前のことなのだが、悪いものではなかった。

「まあ、俺が手伝ったくらいじゃ、付け焼刃だがな!」

「いえ、沼田先輩のご指導は、今まで芸能界のいろんな人を見ましたがずば抜けて的確でした!私が言うのです絶対ですよ!」

月夜野は、俺を些か過大評価している。俺は、今まで大したことなんてしてない。やりたいことを勝手にやってきた偽善者である。そんなに高い評価を受けるのは、ハーレム物の主人公だけで十分だ。

「まあ、あまり期待はするな?俺がすることだ、せいぜいスパルタ気味にしたって、プロにはかなわないからな?月夜野の才能に俺は、頼りっきりになるからな」

「十分です!それだけでも百人力なんです!もう一人じゃないです!」

月夜野の目は、きらきら光っているが、そんなに期待しないでくれ、俺は、所詮俺だ。何もできない無力な男なんだ。期待は、毒である。そうとばかり思っていた。

「俺で、良いのか?」

「沼田先輩じゃないといけないです!ダメなんです!先輩、前に言いましたよね!先輩は、私を裏切らないって!」

「おまえ、あんなこと覚えていて……」

それは、俺が入部を決めた際に冗談で月夜野に言った言葉……そんなことを覚えているなんて……流石に笑えてくる。そして、演技かかった態度で月夜野は、続ける。

「まあ、沼田先輩は、皮肉ったり意地悪を私にするくせに、変な所で自虐的なんですから……もう、良いんです。沼田先輩の偽善も不徳も嘘も後悔もすべて私は、受け止めます。それが後輩の役割です。だから、もう後悔はしなくていいんですよ?アナタを私は、信頼しています。嘘かと思われるかもしれませんが、先輩のやさしさに、強さに、認める勇気を見て来た私が言うのです!トップアイドルhiyoriの言う事は、真実です!」

毒が抜け、渦は消え、全てが晴れた。おかしい話だとみんなは言うかもしれないが、こんな言葉で俺は、救われたのかもしれない。過去から今に続く独善を悔やむこの気持ちから。

「ポンコツなくせして……なら、月夜野がオーディションに受からなくても俺は、悪くないからな。覚悟しておけ?これで、月夜野がAV堕ちしても知らないぞ?お前のせいだからな?」

俺は、新たな気持ちを月夜野に言う。これは、決意だ。救われた恩返し、俺みたいなのでもできることは、全力でやり恩を返す。

そんな俺を見てか、クスクスと月夜野は、笑う。

「じゃあ、このオーディション落ちたら、責任を沼田先輩に擦り付けます。そして、アイドルを私はすっぱり引退し、先輩のお嫁さんにでもしてもらいましょうか?」

悪戯なその笑みは、俺の知らない何かが高鳴る。

こんな感情は、初めてだった。けど、悪くない。心地が良い。

「俺は、まだ嫁を取るつもりはないからな!覚悟しておけ!月夜野は、一生アイドルで、女優デビューして、アカデミー賞の主演女優賞を取って、スピーチで俺に泣いて、お礼を言わせてやる!そんでもって、俺は、月夜野の取ったアカデミー賞の金をもらって、不労所得を手に入れる!金雄準備はしておけ!」

照れ隠しか本心か分からないが出る言葉、けど正真正銘俺の気持ち、独善でも偽善でもない。それに対して、月夜野も満面の笑みで答えてくれた。

「覚悟もなにも、私は、このオーディションは合格して見せます!」

こうして、俺と月夜野のちっぽけな大人に対する無駄な足掻きをする一週間が始まる。

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