第39話

「なに、浮気現場に遭遇しちゃった? 」

「見えたの!? 」


 いくら泰葉でも、自分の母親の浮気を目の当たりにするのは辛いだろう。


「いや、彼女は見てないよ。パフェににかぶりついていたからね。全く、言うことやることなお姫様だ。僕は、禿おっさんが逃げたとこくらいから見たかな」


 なんか、ニコニコと喋っているけど、口調が真っ黒な気が……。

 優しく温和な譲君はどこに?


「ああ、ごめんね。わがままなお姫様と喋っていたから、ちょっと毒がたまっちゃった。で、お姫様の母親は何を怒っていたわけ? 」

「愛実がスマホ持っていたから、写真を撮られたって勘違いしたんだ」

「へえ、撮らなかったの? 」

「撮らないよ。家に電話してただけだもん」

「撮ればよかったのに……。で、二人は帰るふりして、ラブホにしけこもうって? 」


 やはり、ブラック譲が顔を出した。

 愛実は、顔を真っ赤にして怒る。


「そんなことするわけないでしょ! 俊君の忘れ物を店へ取りに戻ろうとしただけよ」

「なんだ……、ラブホに入る時間稼ぎの電話したのかと」

「違います! 」


 譲は、ニッコリと微笑む。


「なんだ、良かった。店へ戻るの? もう鍵閉まってるんじゃない? 」

「そっか、そうだよね」

「明日にしたほうがいいよ。駅まで一緒しよう」


 愛実は、どうする? と俊を見上げた。


「入れなきゃ仕方ないし、明日でいいよ」


 三人並んで駅に向かう。

 ブラック譲は封印されたようだが、なんか前より話しやすい気がした。

 なんでだろう? と考え、譲との距離の違いだと気がつく。

 譲はいつも距離が近くて、つい身構えてしまっていたが、今は俊がいるからなのか、リラックスできる距離が保たれている。

 俊が手をつなぐ距離にいても、ドキドキはするものの、不愉快には感じないし、最近では幸せ物質まで放出されてしまう始末だが、同じくらいの距離に他の男子がいると、嫌な気分というか、緊張してしまうことに気付いた。

 同じ異性なのに、俊とそうでない人では、こんなに感じ方が違うのかと、正直びっくりする。

 よくよく思い出してみると、恋人のふりをしていた時も、まだ顔が見えないくらいボサボサ髪だった時も、比較的俊との距離は近めだった気もするが、嫌悪感を感じたことはなかった。


 つまりは、気がついてなかっただけで、最初から俊には好意を持っていたのかな?


 自分のパーソナルスペースについて分析しつつ、愛実は一人赤くなる。

 愛実の右真横には俊がいて、半歩離れた左側に譲が歩いていた。


 たった半歩なんだけど……。


 駅につくと、ちょうどきた電車に乗る。譲は愛実達の最寄り駅よりも、二駅向こうらしい。


「でもさ、駅で五駅もあるのに、俊君も愛実ちゃんのお迎え、よく続くね。電車賃は自腹でしょ? 」


 水曜日のことを言っているのだろう。水曜日は愛実のみバイトで、ラストまで入っていた。


「まあね、電車も酔っぱらいとかいるしな。チカンとかにあったら嫌だろ? 」


 確かに、この時間の電車はサラリーマンの帰宅ラッシュなのか、けっこう混んでいる。


「ふーん、僕も水曜日入ってるし、愛実ちゃんの最寄り駅通るから、送ってあげられるのに」


 譲は、無害そうな爽やかな笑顔を浮かべて言う。

 俊は内心、おまえのことが一番心配なんだよ! と思いながら、対抗するように爽やかな笑顔を譲に向ける。

 お互い、営業スマイル全開だ。


 この笑顔が怖い……。


 愛実は、間に挟まれてハラハラしつつ、なぜこんなイケメン二人が愛実のことを……と思う。俊はまあ、初恋らしいし、見た目は問題にしないらしいからいいとして、譲はさっぱりわからない。


 ただたんに、俊に対抗意識燃やしているだけな気がするけど。


 そうなら、愛実にしたら迷惑な話しだ。


「ほら、混んでると自然にくっつけるからな。こんなご褒美があれば、迎えくらいくるだろ」


 俊は、愛実を後ろから抱きしめ、頭に顔を埋める。


 いやいや、これはチカン行為ですから。


 振りほどこうにも、混んでる電車でジタバタもできない。


「なるほど、確かに」


 なぜか譲も納得している。

 そうこうしている間に、愛実達の最寄り駅についた。本当は、一駅先のほうが俊の家には近いのだが、俊はいつも愛実を家まで送るから、こっちの駅で降りていた。


「じゃあ、また」

「気をつけてね。特に暗い道の俊君に」

「アハハ、またね」


 愛実と俊は電車から降りた。


「もう! 俊君くっつき過ぎだって」

「なんで? これでも、かなり我慢してるんだけど……」

「もっと、もーっと、我慢してください」


 俊は、愛実の手を引っ張り、腰に腕を回す。


「い・や・だ。愛実が可愛くて、我慢なんかできないよ」


 耳に口がつきそうなくらいの距離で、俊の声が響いた。愛実は、思わず膝の力が抜けそうになる。


「セクハラ! 普通に喋って」


 愛実は、頬を真っ赤にさせて俊を睨む。


「真っ赤になる愛実が可愛いからだよ」


 俊は楽しそうに笑う。

 愛実は、口では全く! と言いながらも、俊と手をつないだまま駅を出た。

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