第24話

「な……、どうしたの? 」


 俊はいつものフンワリ笑顔ではなく、やや厳しい表情のままで愛実を見下ろした。つないでいた手も離す。


「あのさ、俺はなんだけど」


 俊は、本気を強調して言う。


「なにが? 」

「愛実が好きなの。本当の彼氏になりたいってことだよ」

「またまたー。本当、俊君っていたずら好きなんだから。恥ずかしいから止めてってば」


 本気じゃないって自分に言い聞かせても、ドキドキがおさまらない。愛実は俊をバシバシ叩いた。


「本気だって。どうすれば信じてくれるんだ? っていうか、なんで信じないの? 」


 こんなイケメンが、自分のこと好きになるはずないじゃないの。


 そうは思いながらも、二人っきりで真っ正面から好きだなんて言われたのは初めてだったし、嘘だと思いながらも顔が熱くなる。

 こんなに真剣な表情で言われてしまうと、からかわれているんだと思いながらも、もしかして? って思ってしまいそうになり、愛実はそんな妄想に、より顔を赤くする。


「もう、やだなあ。俊君も俳優になれるよ。さすが血筋だね」


 歩き出そうとする愛実を、俊が引き寄せる。抱きしめられた形になり、愛実の頭が真っ白になる。


「前にさ、愛実に本当に好きな人ができたら、この関係を解消するし応援もするって言ったけど、あれなしな。応援なんて絶対できない。もうさ、フリなんかじゃなくて、本当の彼氏彼女でいいと思わない? 」


 愛実は、ふと考えた。


 この話しにのったフリをすれば、俊もジョークだったってなるんじゃないかな? 私がひっかからないから、自棄になっているだけだよね?


 そう思った愛実は、俊の思惑にのるふりをしようと、神妙な顔つきでうなずいた。

 この冗談を早く終わりにさせたかったから。


 全く、身がもたないったらないわ。


「いいよ、それでも」

「だから、フリじゃな……。今、いいって言った? 」


 愛実は再度うなずく。

 俊は愛実から離れると、愛実の顔をまじまじと見た。


 どうだ? これで冗談でしたとか言うんでしょ? もう、心臓がバクバクしてヤバイから、さっさとオチつけてよ!


「それでもいいよ。第一、あんまり変わらないでしょ? 今までと。最近は毎日会ってたし。彼氏と彼女って、こんな感じじゃないの? 」

「全然違う! フリと実際の彼女じゃ、天と地ほど違うって。もっとこうイチャイチャ……。いや、それだけじゃないけど、内面的にも充実するし」


 まだ言うわけね?

 そんなに恥ずかしい思いをさせたいのかな? こんなにイタズラに熱心になるなんて、俊君も案外子供なんだから。


 愛実は、少し投げやりに言う。


「どっちでもいいよ。フリでも、フリじゃなくても。俊君がいいほうで」


 どうだ!

 これで、冗談でしたってオチをつけてちょうだい!


 愛実は、俊の顔を見上げた。

 けれど、愛実の予想と違う俊の表情がそこにあった。

 初めて愛実は、冗談じゃないのでは? という気持ちがわいてくる。


 まさか……ね。


「どっちでもいいっていうのは少し引っかかるけど、今はそんなのいいや。今さらなしはなしだからな。ジョークもなしな。今から、愛実は俺のだから」


 俊は、微かに頬を紅潮させ、満面の笑みを浮かべて愛実を抱き寄せる。


「ちょっ……」


 冗談じゃないの?

 まさかの本気?


 パニックに陥りそうになりながらも、自分に落ち着け! 落ち着け! と言い聞かせる。


「ちょっと聞いていい? 」

「なに? 」


 俊は、愛実を抱きしめたまま、最高に低く甘い声で囁く。


「えーと、俊君は私に異性として好意を持っている? 」


 愛実は俊の胸を押しやって、俊の顔を見上げる。


「当たり前だろ。好きじゃなきゃ恋人のフリなんて頼まないし、頼んだとしても手をつないだりしないさ。別に、カップルがみんなくっついて歩いているわけでもあるまいし。俺の顔も声も、最大限武器になるもんは利用して、アピールしてたつもりなんだけど」

「なんで?! 」

「なんでって? 」

「なんで私なの? 」


 愛実は、頭の中がグルグルして、??? でいっぱいになる。

 俊みたいなイケメンが、どうしてそこまでして自分に執着するのかわからなかったから。


「愛実だからだろ」

「それじゃわからないよ。だって、俊君なら選び放題なわけでしょ? なんだってごく普通の私なのよ? 」


 俊は愛実のオデコにチュッとキスすると、愛実から離れた。


 もうダメかも……。


 全身が熱く真っ赤になっている気がする。


「愛実は魅力的な女の子だと思うよ。俺の顔だけ好きなミーハー女子とは全然違うし。誰にたいしても、態度が変わらないだろ? 自分がぶれないっていうか、そういうとこ、人間的に尊敬できる」

「なるほど……、ありがとう。でもさ、それは人として好きということで、恋愛感情じゃなくない? 」

「だーから、女の子としても魅力的なんだってば。プラス人間的にも尊敬できて。そしたら、絶対好きになるだろ? それに、愛実は俺の初恋なんだよな。今まで、愛実以上に好きな奴なんかできたことないし」


 からかわれている……わけではなさそうだけど。


「初恋……? 」


 愛実は恐る恐る聞く。


「そう。ギャーギャーうるさい他の女の子と違って、黙々と花壇をなおしていた愛実に一目惚れしたの。こんな女の子もいるんだって、目から鱗だったんだよな。あの後ろ姿にキュンとしたんだよ」


 後ろ姿……ね。

 自分がイケメンだから、逆に好きになる相手の容姿にはこだわらないってことかな?


 俊の表情は真剣で、これが愛実をからかうためだけの芝居なら、本当に俳優になれるだろう。というか、これが芝居なら、イケメン嫌いではなくて人間嫌いになりそうだった。


 ということは……?

 本物の恋人同士になっちゃったってこと?!


「どう? 信じてもらえた? 」


 俊は、明らかに狼狽している愛実に最高の笑顔を向ける。


「いや、あの、信じるけど……。エエッ?! 」

「じゃ、梨香迎えに行こうか」


 俊が愛実の手をとって歩き出す。

 その距離はフリのときよりわずかに近く、恋人繋ぎもしっかりと握られていて……。


 イケメンが彼氏になっちゃった?!


 愛実の頭はパニックを通り越して、宇宙遊泳しているような、意味がわからない状態になっていた。

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