第13話

 平日のカラオケボックス、男子一人に女子十人。しかも、カラオケをするわけでもなく、みんなで俊を取り囲んで、ひたすら質問責めだった。

 たまに響く歓声。

 店の店員からは不思議がられていることだろう。

 ここを選んだのは、俊ということになっていたが、実際は愛実だった。


 まあ、理由はあるんだけど……。


 俊は、にこやかに対応しながらも、愛実と手をつなぎ、彼女がいるアピールはかかさなかった。まあ、愛実の存在はことごとく無視されていたけれど……。

 俊への質問も一段落したとき、俊は九人の女子と一人一人視線を合わせた後、愛実の肩を抱き寄せた。


「君達が、俺のこと気に入ってくれているのはわかったよ。でも、俺は愛実のことが大好きなんだ。だから、君達とこうやって会うことは最後だと思って。後、俺達のこと、静かに見守ってくれると有難い」

「あらぁ、結婚しているわけでもないしぃ、若いんだからぁ、楽しまないとぉ」


 俊の逆隣りに陣取った泰葉が、わざと膝を俊につけるようにして言った。


「なんか、熱いぃ。和恵、ジンジャーエール頼んで」


 俊のほうを見て甘々な口調で、他のファンクラブの面子には命令口調で、なんとも使い分けが徹底している。

 泰葉はブレザーを脱ぎ、赤のリボンを緩める。ボタンを二つほど外し、俊ににじり寄った。

 泰葉は胸の谷間を強調するように、俊にしなだれかかる。


「あれ? 個人的には接触禁止……じゃなかったっけ? 」


 愛実は、最初に俊に渡されたファンクラブ要項を眺めながら言った。


「あたしはいいのよ! 会長なんだから! 」


 泰葉は、俊の腕をとって、胸を押し付けてくる。


「みなさんは、それでいいんですか? 」


 愛実がファンクラブの面子に視線を向けると、みな視線を反らした。嫌だけれど、泰葉には逆らえないということだろう。


「沢井さん、俊君はそういうの好きじゃないよ」

「あら、ツルンペタンな人のヒガミかしら? 」

「じゃなくて、下品だから。ほら、俊君鳥肌たってるじゃないの。離してあげなよ」

 俊は、自分から泰葉の腕を引き離すと、愛実にギュッと抱きついた。

「俺ね、愛実意外ダメなんだよ。ベタベタしてくる女は特に。愛実がいなかったら、女嫌いって言っても過言じゃない」


 泰葉は、自慢の身体を否定され、信じられないというように俊を見る。


「なんだって、安藤なんかがいいのよ! 」


 泰葉の甘々な口調が普通に戻ってしまっていた。


「こんなブス! 」


 愛実は、ニッコリ笑ってみせた。


「やっぱり、中身じゃないの? ほら、私は見た目も普通だし、沢井さんの言う通りツルンペタンだしね。あんた達が大好きな俊君は、人を見る目があるってことよ。見た目だけの男じゃなくて良かったじゃない? 」


 そこまで言ったとき、扉が開いて泰葉の注文したジンジャーエールが持った店員が入ってきた。


「あれ、斉藤じゃん? 」


 ジンジャーエールをテーブルに置いた店員は、親しげに話しかけてきた。


「おっ? 安藤さんも。あれ、そこのあんた、今日うちらの教室にきてたよね? そこのあんたも、あんたもだ。」


 店員は吉田だった。

 吉田がこのカラオケボックスでアルバイトしているから、愛実はここを選んだのだ。

 吉田に指差された女の子二人は、気まずそうにうつむく。


「あ、これ割引券やるよ。じゃあ楽しんで」


 吉田は、割引券をテーブルに置くと部屋を出ていった。

 部屋は、シーンと静まり返る。


「そうだ、今朝、私の靴箱に貼り紙があったんだよね。それと、机に油性ペンで落書きされてたんだ」


 愛実が言うと、さっき指差された二人はさらにうつむき、逆に泰葉は笑みさえ浮かべて顔をあげていた。


「そうみたいね。あたしは、止めなさいって言ったんだけどね。そこの二人がやってたかもしれないわ」

「泰葉さん! 」


 二人は、信じられないと顔を上げて泰葉を見る。


「あーあ、なんかファンクラブなんて、バカらしくなったわ。そんなたいした男でもなかったし。ここの会計はよろしくね。あたし帰るわ」


 泰葉はブレザーを羽織ると、鞄を取り巻きの一人に持たせて、取り巻き達を引き連れて部屋を出た。

 ファンクラブの中で、泰葉の取り巻きは四人だったらしく、残された四人は呆然として出ていった泰葉達を見ていた。

 その中の二人は、愛実の机に落書きをした女子だった。


「安藤さん、ごめんなさい! 」


 一人が謝ると、他の二人も頭を下げた。


「靴箱は私なの。泰葉さんに言われて……、ううん、やっちゃったのは私だから」

「俊君のこと大好きで、安藤さんさえいなかったらって……。本当にごめん」

「もういいよ。そんなに気にしてないし。沢井さんに釘さえ打てれば問題ないから」


 愛実が言うと、三人とも顔を上げた。


「あのね、俊君のこと好きなのは本当なの。こんなことないように徹底させるから、だからファンクラブは続行させてほしいの」


 悪巧みには加担していなかった一人が、真剣な表情で俊に詰め寄る。


「身近なアイドルっていうの? 付き合いたいとか、そんな大それたことは考えていないし、安藤さんとのこともちゃんと公認する」

「うん、約束する。俊君のことでキャーキャー騒ぐのが楽しいって言うか……。なんだろう、サークルみたいな感じなの。俊君つながりで友達ができたりさ」


 四人とも、ウンウンとうなづく。


「まあ、きちんと常識のある態度をとってくれるなら、別に構わないけど……。俺は特になにもしなくていいなら」


 俊は渋々うなづく。


「ありがとう。安藤さん、あなた凄いね」

「凄いだろ? 」


 俊が自慢気に言う。


 なぜ、俊君が自慢気?


「私、七組の遠藤千夏。安藤さんって、もっと普通の子だと思ってたよ」


 千夏は、クスッと笑った。


「愛実でいいよ」

「私も千夏で。こっちの三人は麻友と彩香と和美。みんな七組よ」


 そういえば、カラオケボックスにみんなで入ったけれど、自己紹介もしていなかったことに気がついた。

 泰葉が仕切り、俊に近寄り過ぎないように威嚇しまくっていたから。


「よろしくね。でもさ、私は普通だよ。嫌になっちゃうくらい」

「いやいや、泰葉にあれだけ言えるのは普通じゃないって。でもさ、少し注意したほうがいいよ。あの子の母親、PTAにも入ってて、かなり口出してくるから」

「確かに、中学でもそうだったね。沢井さんとは同中なんだ。中一のときだけ同じクラスだったかな」

「知っててあれなら、やっぱり凄いって。それじゃ、私達帰るね。お詫びにここはらっとくから、時間終わるまで遊んでって。あと四十分くらい時間あると思うから」

「変なことしちゃダメよ」

「俊君、愛実ちゃん、また明日ね」

「えっ? あ、ちょっと」


 千夏達は手を振りながら部屋を出ていってしまう。

 確かに入るとき、十人部屋でちょい狭いけどってことで二時間で予約したけど……。

 十人の箱に二人で残され、急に冷房が強く感じる。


「歌……でも歌う? 」

「じゃあ……」


 俊は嵐の曲を入れて歌いだした。


 歌声までイケメンだわ。


 声がいいのもあるけど、なんとも色気があった。隣りで聞いていると、ついうっとりと聞き入ってしまう。

 愛実の後ろのソファーに回された俊の腕が、さりげなく愛実の肩に触れる。

 歌い終わったときには、俊の手は愛実の腰に回されていた。


「歌、うまいじゃん! ってか、なにさりげなく触ってるのよ」

「雰囲気作り? 」

「もう、バカなこと言ってないの」

「ほら、吉田が覗いてる。フリだよ。フリ」


 確かに、ドアのとこで吉田が手を振っていた。

 愛実も手を振りかえす。


「……キスでもしとく? 」


 俊が耳元で囁き、愛実は真っ赤になって腰に回された手をつねった。


「バカなの?! 」

「愛実可愛い」


 俊が愛実をギュッとする。


「だから、やりすぎだってば! 」


 愛実がジタバタと暴れると、俊はボソッとなにかつぶやいてから愛実を解放した。


「次は愛実の歌が聞きたいな」


 さっき、なんて言ったのかな?


 俊が離れると、冷房の風が直に当たる。


「寒いね」

「なに? あっためてほしい? 」

「バカ! 違う。吉田君ー! 寒いから冷房弱めて」


 愛実は、怒鳴りながら内線電話をかけた。

 それから、ちょくちょく吉田が顔を出すもんだから、俊から離れて座ることもできず、俊の歌声を耳元で聞きながら、これって一種の拷問かも? と真剣に思った愛実だった。


 ほんと、この声反則だから!


 二人で時間いっぱい歌いきり、最後には吉田まで一曲乱入し、それなりに楽しく過ごした。

 カラオケボックスを出たとき、愛実はふとさっきのことを聞いてみた。


「ねえ、さっきさ、何て言ったの? 」

「さっき? 」

「ほら、ボックスであたしに抱きついたとき、なんか言ってから離れたでしょ? 」


 抱き締めたら、本当にツルンペタンだって思った……とか言ったら殴ってやる!


 愛実は、グーパンチを用意しつつ俊を見上げた。


「いやさ、これ以上くっついてたら、理性飛んじゃうなって思ったからさ、ヤバイって言ったんだよ」

「えっ? 」


 俊は、愛実の腰に手を回し、耳元に顔を近づけた。


「愛実は魅力的すぎるんだってこと」

「ばっかじゃないの! 」


 愛実は、俊の脇腹をギュッとつねった。


「ギブ!すみません。もう言いません」


 全くこの男は!


 愛実は俊を軽く睨み、俊は楽しそうに笑った。

 イケメン過ぎる俊と、ごくごく普通の女の子の愛実。こうしてふざけながら歩いていると、不釣り合いだと思えた二人が、なんだかしっくり見えてきた。 

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