第11話

 俊が顔だししてから一週間、俊のファンクラブは結成され、着々と人数を増やしつつあった。同時に梨香を守る会とやらもでき、中学のときに梨香をイジメていた面子が手を出せなくなっていた。

 まあ、俊のファンクラブの発起人が泰葉だから、梨香に手を出すはずもなかったけれど。


「おかしいな? なんで彼女がいるのに、ファンクラブができるんだ? 」


 俊は歓声を受け、微妙な表情で首をかしげる。


 俊君の見通しの甘さというか、あのくらいの彼女なら、自分でもいけるんじゃ? と思ってるんだと思うけど。

 ついでに、泰葉的にはファンクラブを作って他の女子を牽制しつつ、自分を売り込もうって腹積もりだと……。


 それでも、彼女の愛実がいるときは、女の子が俊に殺到することもなく、遠巻きに歓声をあげるくらいだから、一応彼女としての役目は果たしていると言えなくもない。

 そのせいで、より一層俊は愛実にべったりになってしまった。


「この際、泰葉みたいなのを彼女役にしたほうが、他は静かになるかもよ」


 俊は、心底嫌そうな表情をする。


「無理! 絶対に無理! アナフィラキシーショック起こして死ぬと思う! 」


 そこまで……?


「喜んでやると思うんだけどな……」


 愛実は、自分の靴箱の前で立ち止まった。

 靴箱には、張り紙がしてあった。


“ブス! 早く別れろ!! ”


 俊が張り紙を破りとる。


「なんだよ。これ?! 」


 まあ、想定内だわね。


 愛実は靴箱を開けて、中身を確認する。

 上履きは無傷だった。中にも何も入っていない。


「まあ、こうなるよね。今日からは、上履きは毎回持ち帰ったほうがいいかな? そうだ、俊君の靴箱に入れさせてよ」

「そりゃいいけど……」


 愛実は上履きに履き替え、革靴を俊の靴箱の奥に入れる。


「なあ、これって……」

「大丈夫、大丈夫。だいたい予想してたし。俊君の泥団子よりマシだから」


 愛実は、わざとおちゃらけて言ってみる。それを受けて、俊は真剣に考えているようだった。


「うーん、そっか。そうだよな。確かに靴箱に泥団子は入れたらダメだよな。愛実だけに見せたくてさ、いい場所だと思ってたんだけどな」


 俊はいまさらながら反省したようだ。

 その真面目に反省している様子に、愛実は自然と笑いがこみあげてきた。


「こんなの気にしてもしょうがないよ。教室行こう」


 愛実達が教室につくと、愛実の机の回りに人だかりができていた。


「おはよう! なに、どうしたの? 」


 麻衣や数人の女子が、雑巾で愛実の机を擦っていた。

 机には、死ね! ブス! バカ! など、悪口が油性ペンで書かれている。

「愛実……。朝来たらこんなで!

「麻衣、ありがとう。アハ、こりゃ落ちないね。ってか、これは私物じゃないから、さすがにアウトだよね」


 靴箱のこともあったし、愛実は思ったよりも冷静に見ることができた。


「俺の机と交換する」


 俊は、自分の机を持ち上げて運んでくると、愛実の机と素早く交換した。そして教壇に立つと、教室にいる全員の顔を見ながら口を開いた。


「この教室の奴だとは思いたくないけど、もしこれをやった奴がいたら、俺は絶対許さない。こんなことをする奴を俺は軽蔑する。もし、やった奴を知っている奴がいたら、そいつに伝えろ。俺の彼女に手出すなって」


 怒りを押さえつけたような俊の声は、低く響いて妙にドスが効いていた。


「言うね、斉藤! 」

「斉藤君かっこいい! 」

「愛実、マジ愛されてるじゃん!


 クラスメイトから、ひやかし半分応援半分の歓声があがる。


「俺、一番に朝きたんだけどさ、女子が三人教室から出ていくの見たぜ」


 一番前の席の吉田がハイハイと手を上げながら言った。


「まじで? どんな奴? 」

「赤いリボンだったから、一年だとは思うけど、見たことない奴等だったな。前島、おまえも見たろ? 俺のすぐ後にきたから」


 名前をあげられた女子は、いっせいに注目を浴び、オドオドと辺りを見回す。


「あたし? ……見たかな? 」

「おまえ、挨拶してたじゃん。知り合いじゃねえの? 」

「前島さん、もし知ってたら教えてほしい」


 俊が頭を下げる。


「その……。文系の子達で……。ごめんなさい、名前は勘弁して。言い付けたって思われたくないの」

「前島さん! 」


 俊のきつめの口調に、前島はビクンと震える。


「俊君、止めて。前島さん、嫌な思いさせてごめんね。こういうのは関わらないのが正解だよ。気にしないで」

「安藤さん……。ごめんね」


 前島はうつむいてしまい、顔を上げなかった。


「なんか、一人は派手めな女子だったぜ。化粧バッチリして、髪も巻いててさ。その後ろから二人ついてくるって感じで歩いてたかな。なんか偉そうな感じがしたな。うん。後ろの二人は普通な感じで、あんま覚えてないけど」


 吉田は、覚えている限りの風貌を黒板に書き始めた。


「おまえ、絵うまいな」


 俊は、違うところに感心する。

 でも、確かに凄く上手で、多少漫画っぽくアレンジされてはいるものの、特徴をデフォルメしていて、愛実には誰だかすぐにわかった。


「まあね、漫研の実力よ」


 吉田は、自慢げに鼻をこする。

 そこに担任の若林茂わかばやししげるが入ってきた。


「こらっ! イタズラ書きすんじゃない。ほら、さっさと席につけ」


 若林は、せっかくの吉田の力作を黒板消しで消してしまう。

 みな席につくと、若林は教室の中を見回し、俊のところで目を止めた。


「斉藤、その机どうした?」

「朝きたらこうなってたんです。油性ペンらしくて消えません」

「……イジメか? 」


 若林は、キョドったように視線をそらした。

 まだ新米で、教師というより同級生に見える。高校生のイジメに対応できるほどの経験もなければ、生徒が言うことをきくぐらいの迫力もない。

 それでも、見て見ぬふりはできないと、顔を強ばらせながら俊の席のところまできた。


「本当だ。消えなさそうだな。あとで職員室にシンナーとりにこい。で……、これをやった奴だが……」

「だから、さっき書いたじゃん。先生が消しちまったけど」


 吉田が非難めいた口調で言う。


「うちのクラスの人じゃないみたいです。ちなみに、その机は斉藤君が交換した安藤さんの机です」


 クラス委た田口たぐち里美さとみが手を上げて発言する。


「安藤の? わかった。後で安藤と斉藤、職員室に来い」


 若林は、ため息をつきつつ教壇に戻ると、出席をとり始めた。


 あの絵……、泰葉だ!


 愛実は、泰葉のことは特に怖いとは思っていなかったが、正直面倒くさい相手ではあった。

 女王様気質で、常に注目を浴びていないと気がすまない。やることが陰湿なわりに、自分の手は汚さず、口ではいい子のフリをする。


 どうしたもんかな……。


 愛実は、二つ前の俊の背中を眺めた。


 後ろ姿もイケメンだな。


 関係ない思考がでてきて、愛実は思わず首を振る。

 午前の授業は、泰葉撃退法を考えているうちに過ぎてしまった。

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