第十話:二つの決意
目を開けるとすでに日は昇っている。
この眩しさは今の私には不釣合いだ。
このもやを生み出しているもの。
配下を放っていた私。城が消えているということはもう取り戻すことはできないだろう。先代から仕えていた者がほとんどで、わがままな私に文句の一つも言わずにただついてきてくれていた。言わば家族のようなものだった。
けれどもうどこにもいない。
そして勇者様やレミアに嘘をつき続けている私。一緒にいたいのにいてはいけない。ただそれだけなのに私はひどく矛盾した存在だ。
この際すべてを明かしてしまおうかと衝動的に駆られるものの、足がすくむ。震えが止まらない。好きな人達に恐れられたまま消えてしまいたくない。
いつからかそう願うようになってしまっていた。私は自分勝手だ。
――それでも。
「レミア……いる? 聞きたいことがあるの」
**
あの夜と同じようにベッドに腰掛けて彼女と向かい合った。
「昨日、何があったのか知りたいんだ」
「彼に『二人で街へ戻れ』って言われたの。でもわたしはそれはできないって返したんだけど……」
レミアは両手を硬く握り震わせながら続ける。
「このまま戦闘に入ったら、街を巻き込んじゃうから逃げてくれって。それを聞いてリュカちゃんを連れてわたしは引き返してしまった」
すべてを吐き切ると彼女は俯いてしまった。
よかった。二人は仲違いをしたわけじゃなかったんだ。
そして勇者様が自分を犠牲にしようとしたことに心が締め付けられる。
「で、さ……彼は無事だったのかな」
「明け方ここに戻ってきたよ。わたしは止めたんだけど、でもまた一人で……」
――――私はこのままではいけないんだと思う。
**
自分の部屋へ戻ると身支度を始める。
少し前にレミアと話していたことを私は思い出していた。
冒険者は通常、徒党を組んで行動するのだそうだ。つまり単独行動は危険が伴うため複数人でパーティーを組む。それは私も何度か痛感しているので間違いはないだろう。
それでも一人でいる勇者様には、何か事情があるのかもしれないと彼女は言っていた。
もしも彼にもそうしなければならない理由があるのだとしたら――。
突然背後からどこか懐かしい気配を感じる。
『ご主人さまー! ようやく見つけましたよ!』
声に振り向くと、小さなぬいぐるみのようなものが私の目の前に浮いていた。
この子は子ケルベロスのケロちゃん。私の使い魔だ。
成長すると地獄の番犬とも言われる、立派なケルベロスに進化を遂げるのだ。
「け、ケロちゃん! 無事だったの!?」
『ボクはこの通りですよ。ご主人さまこそ大丈夫だったみたいですね! ……しかし、何やらおかしな反応が現れているようですね』
「あのね……私のお城なんだけど。皆、皆が!」
それを切り出すとケロちゃんは呆気に取られている。私何かおかしいことでも言ったかな。
『えー、まさかあの時のこと何も覚えてないんですか? ご主人さまは城の者をすべて城外へ飛ばしたんですよ?』
「へっ? そうだったっけ!? ということは……?」
『はい、みーんな無事ですよ。消えた城については原因がわかりませんが……今は離れた奥地に魔族の集落を作って、ご主人さまの帰りを待っています!』
私は安堵から大きく溜息を吐いた。
――よかった、本当に。
「ケロちゃん、でも私ね」
『ご主人さま、ボクは最後まであなたの味方です。それが何を引き起こそうとも、誰に反対されても、あなたの決断にだけは付き従うつもりですよ』
「いいのかな……?」
『ご主人さまが好きなようにできず諦めていた事を、ボクはずっと見てきたんです。だからいいじゃないですか。たまには、自分がやりたいように振舞ってみては?』
私が今したいこと。
人も魔族も両方とも守りたい。困難な道かもしれないけれど、一緒に仲良くしていきたい。
「ありがとうケロちゃん、私やれるところまでやってみるよ。でも一つだけお願いね。落ち着いたら必ず戻ることを皆に伝えて欲しい」
『かしこまりました。ボクもちょっと上手いこと誤魔化しておかないと、怒られちゃいますから。このことは内密に!』
ここまで欲張りな魔王はいないだろう。
それでも私は止まらない、ここで止まってしまってはいけない。
『それと、この情報は役立つでしょうか? あのザンデという者の反応は掴めています。――ご主人さま、どうかご無事で』
***
私は宿を出る。
とにかく行こう。怖くないと言えば嘘になるけれど、どんなことになったって後悔なんてしない。
街を出ると背後から誰かが駆けて来ていた。
「リュカちゃん、待って!」
「レミア!?」
「ダメだよ何も言わずになんて。わたしも一緒に行く」
「危険だからここで待っていて!」
「それは皆一緒だよ? わたしだって……何もできずに見ているだけなのはもう嫌なの」
決意を秘めたような強い眼差し。瞬きすらも忘れて私はそれをずっと見ていた。
だめだと言ってもきっと彼女は退かないだろう。
彼女もきっと誰かの力になりたい、ただそれだけなのだ。
そして今はそれだけを持っていれば進むことができる。
「わかった。じゃあ行こう、レミア」
私達は反応のあった北の方角へと進路を取る。
Re:魔王なんですが実は、隣にいます。 夕凪 春 @luckyyu
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