さら☆めし 〜独身男は晩餐に何を喰うのか〜

たかお

第1話 モツ3種の酢醤油漬け

都内のとある24時間営業の業務用スーパー。

弁当や総菜も全て売り切れるような夜中に会社帰りのサラリーマンが一人、買い物籠をぶら下げながら精肉コーナーを物色していた。


「さて、今日は何を作るかねぇ……」


彼の名は二津河隼人(ふたつがわはやと)、料理が趣味のしがない独身サラリーマンである。

彼にとって料理とは栄養を得るための手段だけでなく、ストレス解消の趣味でもある。

そのためいくら仕事で遅くなろうとも、料理をすることに躊躇いは無かった。

むしろ料理をしないほうが彼にとっては具合が悪くなるほどである。


そんな彼の目に一つの食材が留まる。豚レバーだ。

レバーは一般的に好き嫌いの分かれる食材である。


独特の臭み、火を通しすぎるとボソボソになる食感、生のときのちょっとグロテスクな色合いと見た目。

しかし、いろいろと嫌われる条件が揃っているが、比較的安価で栄養価も高く医食同源的な考え方からすると、肝臓が弱ってる者にこそぜひ食べさせたい食材とも言える。


――そういえばこの前の健康診断で肝臓の値が悪かったな。


と、自身の健康について思い出した隼人は今夜はレバーを食べようと決めた。


とはいえ上述のようにレバーは癖のある食材である。隼人は特段レバーが苦手ではなかったが、あの食感だけは思うところがあった。

レバーといえばレバニラが鉄板だが、レバニラにしても、火を通し過ぎると結局あの食感は変わらない。

そういうものだと思って食べるのもよいが、何か一工夫したいとも思っていた。

火の通し方を工夫して何かできないだろうか……?


精肉コーナーの前で、レバーを片手に悩むこと十数秒。思考が明後日の方向に向かい始めたところでふと、レバーの横に置いてある食材が目に入り、閃きが舞い降りた。


「これだ!」


隼人は一気に脳内でレシピを組み立て、レバーの他に必要な食材をかごに入れてレジへと向かった。





――隼人宅


帰宅した隼人は早速食材を台所に並べると準備に取り掛かった。

台の上には


・豚レバー 300g

・豚ホルモン(処理済み) 700g

・豚ハツ(冷凍) 1kg

・もやし 1袋


が並んでいた。いわゆる“モツ”とか“ホルモン”とひとまとめに言われたりする豚の内臓祭りである。どれも一癖も二癖もある食材だが、隼人はこれらを使ってある料理を作ることに決めたのだった。


まずは豚ハツを袋から取り出すとボウルに入れて流水にさらして解凍を始める。

そして鍋に水を張り、ホルモンの茹でこぼし用にお湯を沸かす。

そこまで準備をしたら、レバーの処理だ。


レバーはすでにスライスされているので、ハツとは別のボウルにそのまま入れて何回か水を変えつつ洗ったのち、水をよく切ってから、塩大匙2、ショウガチューブ小さじ1、酒大匙2を加えてよく揉み込む。臭み抜きである。

レバーの臭み抜きには牛乳に漬け込む方法もあるのだが、隼人は牛乳が勿体ない気がしてあまり牛乳は使わない。

塩の浸透圧で臭みの元である血を抜き、酒とショウガでさらに臭みを消すのだ。

ショウガは臭み消しの定番で、薬味としても使い勝手がいいので、ショウガチューブは冷蔵庫に常備している。

隼人はレバーの臭みが苦手なわけでは無いのでこれくらいで十分である。


レバーの臭み抜きをしている間にホルモンの処理に移る。

こちらのホルモンはすでに2度下茹でしてあると書かれており、普通はもう一回くらい下茹でしてしまえば十分なのだが、今回の料理はレバーはともかくホルモンの臭みがあると台無しなのでこちらは念入りに処理をする。


まずザルにホルモンを入れ、流水にかけながらホルモン1個1個の内側の脂肪を丁寧に剥きつつ、掃除していく。

この脂肪は旨味でもあるので多少付いてても良いが、8割は取り除いておく。

細かい作業で時間もかかり中腰で続けるのはしんどいので、台所で膝立ちすることで負担を軽減する。

もし傍から見る人間がいれば、滑稽に見えたかもしれない。


「ふぅ」


無心で脂肪を毟ること10分、なんとか全ての脂肪を取り終わる。

このホルモンを沸かしたお湯に突っ込み、再沸騰したらざっとかき混ぜてからザルにあける。

いわゆる「茹でこぼし」である。

内臓の中の臭みの元を茹でることでお湯の中に染み出させて、その茹で汁を捨てることで臭みを抜く方法だ。

特にホルモンやガツなど、そのままだとアンモニア臭が強いものは茹でこぼしを何度も繰り返したり、塩や小麦粉で揉んで臭いの元を染み出させる下処理が大事である。

これをしないで料理をしてしまうと料理全体が臭くなって取り返しがつかないので、念入りにしたほうが良い。

ホルモンに鼻を近づけ臭みが抜けていることを確認したら、解凍していたハツに取り掛かる。


ハツとは、心臓のことである。

火を通すとコリコリとした食感となり、内臓の中では臭みも少ないほうなので隼人はホルモン系の中ではかなり一般受けしやすい部類だと考えている。

個人的にも、コリコリしつつも歯切れのよい食感が大好きである。

ちなみに似た食感でいうと鶏の砂肝があるが、あちらに比べるとハツのほうが噛み切りやすいため食べやすい。

しかも安い!行きつけの業務用スーパーでは100g39円という破格の値段で売っている。

普通の豚ばら肉などが100g98円なのだから、驚くべき安さと言えるだろう。

問題があるとしたら、近所では冷凍でしか売っておらず、量も大抵㎏単位でしか買えないため、普通の一人暮らしなら処理の仕方が分からず躊躇うところだ。

だが、ハツは冷凍しても食感などが変わりにくいため、切り分けて血抜きなどの処理をしてから再冷凍が可能だ。

小分けにするなどして、冷凍保存しておけばいい。そういうことを知っていれば、これほど財布に優しい食材はない。

そんなことを考えながら、半解凍のハツを一口サイズのサイコロ状に切り分けていき、ボウルに戻して塩大匙2を加えてよく揉み込む。

ハツはその筋組織の中に血を多く含んでおり、それが臭みの元になっているため、時間があれば塩水に漬けて冷蔵庫で一晩おくと水の中に血がにじみ出て臭みが抜けるのだが、時間がもったいないのでそこまではしない。

全て切り終わりハツから血が抜けるのを待ってる間に、保温調理器を取り出す。

保温調理器とは一度熱して沸騰などさせた鍋を専用の保温器の中に入れることで、長時間高温を維持して煮込みなどができる省エネな調理器である。

ガス代を節約しつつ食材に優しく火を通すことが出来るので肉を柔らかく煮込みたい時などにも重宝する。

普通はカレーやシチューなどを作るものだが、今回はこれでレバーが固くパサパサにならないように火を通すのに使う。

うまく火が通れば完全に殺菌しつつ、トロッとした食感が残せるはず。

隼人はそんなことを思いながら保温器の中から鍋を取り出して水を張り、コンロで火にかける。

お湯が沸くまでの間に、レバーとハツを水でさらし、塩などを流し落としておく。

そしてお湯が沸いたところに、食材を全部投入する。

全部投入したあとそのまま火にかけながら木べらでかき混ぜ、熱がまんべんなく行きわたるようにしたのち、温度計で水温が80度以上あることを確認してから保温器に鍋を入れ、30分ほど置く。


その間にいったん調理器具を洗い、場所を確保してから漬けダレを用意する。

今回の漬けダレは酢醤油ベースでさっぱり仕上げる。

鍋にめんつゆ1カップ、醤油1カップ、酒1カップ、水1カップ、酢1カップ、砂糖大匙4、豆板醤大匙1、ショウガチューブ大匙2、ニンニクチューブ小さじ1、長ネギのみじん切り1本分を入れて、火にかける。

要は出汁、調味料、臭い消し用の香味野菜をひとまとめにしたものだ。

かき混ぜながらタレが温まって砂糖が溶けたら火を止めて完成である。

煮立たせると酸味が飛んでしまうので、湯気が出るくらいでいい。


そうこうしていると、モツの方もいい感じに火が通る頃合いなので、一度温度計で水温70度以上であることを確認してから保温器から鍋を取り出し、中身をザルにあけて水気を切る。

そして熱々なうちに、モツとタレが入るサイズの保存容器に肉を入れ上からタレを注ぎひとまず完成である。


「これでよし!

あとは一晩漬けて味を染み込ませたら……っ!?」


ここで隼人は痛恨のミスに気付く。


「今晩食べられないやん……」


──この料理は一晩置かないと食べられない、ということに。


愕然とする型を落とす隼人。


頑張れ隼人!負けるな隼人!!

例え思い付きで作った料理の完成に一晩掛かったとしても、明日の君へのプレゼントになるのだから!

今夜は諦めて冷凍ご飯でも食べて凌ぐんだ!!

きっと明日はいい日になるはずだから!



──それはさておき、このあと冷凍ご飯をレンジで解凍しつつ、リカバリー料理を作って事なきを得るのだが、それはまた別のお話である。

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