第10話 栞の母

 栞の父・高井忠興は山師を続けていた。山を歩き鉱脈を探すのが仕事だ。その最中に栞の母に出会ったのだ。栞の実母である石動砂織(いするぎ さおり)は、この街に古くからある、通称・宝石神社の巫女であり、山ガールでもあった。元々石について興味があった砂織は宝石神社の巫女として知識を深めるため山に時々出掛けていた。


 ある日の山歩き中、砂織は途中からフォグに見舞われ、道が見通せなくなって困っていた所で忠興に出会った。

 山師である忠興に助けられた砂織は、忠興の鉱物への知識や勘に魅せられ、その後も一緒に山を歩くようになった。砂織の知識は深まり、同時に二人の愛も深まった。砂織のお腹に栞が宿るのにさして時間はかからなかった。しかし、全国の山を渡り歩く忠興には結婚という言葉が全く浮かばなかった。


 宝石神社では砂織の出産に備えて新たに巫女を雇うことにした。その候補として砂織が連れて来たのが、山室沙良(やまむろ さら)だった。砂織はかつて山で、滝壺に飛び込んだ沙良を助けた。思わぬ妊娠に苦悩した沙良は一晩テントで砂織と語り明かし、取り敢えず生きるという選択をした。結果的にお腹の赤ん坊は流れてしまったが、沙良はそれ以降時々宝石神社を訪ねるようになった。元々スピリチュアルな世界に興味のあった沙良は、その後『クラブ・サラ』という店を出し、昼間は巫女、夜はママの二足の草鞋わらじを履き始めた。

 砂織から石についての知識を伝授された沙良は更にスピリチュアルな世界に魅き込まれる。『クラブ・サラ』にも下品にならない程度に石を置き、癒しとパワーをもらえる店として人気が出た。


 砂織は栞を出産後、すぐに脳内出血で帰らぬ人となった。地方の産院では脳外科への転院に時間がかかり間に合わなかった。忠興が駆けつけたのも砂織が息を引き取った後だったのだ。砂織は忠興にも何も残さず、何も言わずに逝ってしまった。二人は結婚していなかったが、忠興は既に栞を認知していたので、栞はそのまま忠興の娘となった。栞の名前は『サオリ』の次の『シオリ』と忠興がつけたものだ。


 忠興は栞を保育所に預けながら山師を続け、ある時大鉱脈を探し当てた。一気に裕福になった忠興は、バブルぶりに近づいて来た佐和と結婚、栞は連れ子となった。結婚後も山師を続ける忠興は、必然的に家を空けるようになる。それを不満に思う佐和が浮気に走ったのは、ある意味必然だったのかも知れない。そして栞が言ったように、ある日忠興と佐和は抜き差しならぬ状態になり、忠興が家を出た。忠興は何れ栞を迎えに来るつもりだったのだが、あいにく丁度入っていたヨーロッパでの鉱脈調査に取り込まれ、更に現地でのトラブルで言わば軟禁状態に置かれた忠興には連絡する術がなくなった。そのまま忠興はヨーロッパに留め置かれることになる。

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