影刑事の連続殺人事件

ちびまるフォイ

ずっとずっと狙っているから

「新人、新しい事件だ!」


相次ぐ、影殺人事件のために設置された対策本部は今日も騒がしかった。


「先輩……影殺人事件って、なんですか?」


「他人の影を奪っていく連続殺人事件だ。

 最近じゃ犯人は刑事の影も盗みやがって、今もなお逃走中だ」


「私達って、影を盗まれたらどうなるんですか……?」


「影を作る本体がいなくなる。つまり本体の存在が薄まって、

 誰にも気づかれないうちに死んでしまう」


「ひどい……。私、ちょっと聞き込み言ってきます!!」


焦る新人をすぐにベテランが止めた。


「落ち着け、話を聞いていなかったのか。

 犯人は刑事をターゲットにしているんだぞ。

 みすみす1人で聞き込みなんて、無防備にもほどがある」


「ではどうすれば……」


「俺もついていく」

「はい!!」


新人刑事とベテラン刑事は2人1組となって捜査にあたった。

日中に張り込みをしているとき、新人は気づいてしまった。


「せ、先輩! 影が! 先輩の影がなくなってます!!

 もう犯人が盗んだんですか!?」


「バカ、そんなわけないだろ。これも防犯と捜査の一環だ」


「それってどういうことですか?」


「相手は影をターゲットにしているから、外しておいた。

 影を外せば存在がうすまるから犯人にも警戒されにくい」


「でも……影を失ったら死んじゃうんじゃないですか?」


「最終的には、だ。すぐにじゃない。

 それに、俺の影は別の人間に移しているからすぐに戻せる」


「影の移動なんてこともできるんですね……」


「ま、二重影になったやつは、やたら目立つようになるがな」


ベテランは持っていた手帳と時間を確認する。


「よし、現場はあっちだ。いくぞ」

「はい!」


現場には多くの人が近道として利用する公園だった。


「犯人はここを主な狩場としている。油断するなよ」

「はい……!」


いそいそと足早に公園を人が行き交う。

目まぐるしい光景だが新人はけして注意を怠らなかった。


そして、1人の嫌に目立つ人物にふと目がいった。


「先輩、あの人! なんか変です!」

「どこがだ?」


「あの人だけ、なんか急いでないんです。

 ここを近道として利用せず、ここを目的地としているみたいな……」


男は公園のベンチに腰をかけると、何をするでもなく周りを見渡していた。


「なにしてるんでしょう」

「品定め……かもしれないな」


男は内ポケットから黒いバタフライナイフを取り出すと、

道を行き交う人の後ろにつく影に向けて突き刺した。


ナイフにより地面に固定された影は動けなくなり、

必死に自分に刺されたナイフを引き抜こうともがく。

ただし、影なので実体に触れることはできない。


「先輩! 行きましょう!! あいつが犯人です!」

「焦るな! 今捕まえたらしらばっくれるに決まってる!!」


「でも!!」


影を刺された被害者はまるで気づかずに先を急ぐ。

足の裏から影が引き剥がされ、本体は先にいったまま、影だけ現場に残った。


「よし、今だ!!」

「確保ーー!!」


新人は警察学校で学んだ柔道で犯人を取り押さえ、地面に組み伏せた。


「一部始終を全部見てたわ! 影殺人の現行犯で逮捕する!!」


「ち、ちがうんだ! オレは雇われただけだ!」


「そんな言い訳が今さら通用するわけ無いでしょ!」


「本当に何も知らない! オレは影を渡されて、

 ここで誰も気づかれずに影を奪って欲しいって言われただけで……」


「どんな理由があれ、あなたが手を下したことは事実です。

 話は警察署で聞きます」


ベテラン刑事が呼んだのか、すぐにパトカーが現場にかけつけた。


「お疲れ様です、影犯罪者は?」

「こっちだ」


地元警察がベテランに挨拶すると、

取り押さえていた新人を押しのけ犯人を連れて行った。


「いたた、乱暴ですね……まったく。私にもお疲れ様くらいいってもいいのに」


「ま、今回はお前はよくやってくれたよ」

「先輩……!」


ふと、足元を見るとベテラン刑事の足元には影が戻っていた。


「先輩、影戻ったんですね」

「お前が確保したあたりでな」


「それじゃ戻りましょうか。犯人の取り調べもありますし」


「ああ、それは俺がやっておく」


「どうしてですか。私達で捕まえたんですから、私も参加させてください」


「お前の仕事は終わったんだよ」


気を落として、うつむく新人の目にまたベテランの影が目に入った。

その影は背の高いベテランに不釣り合いな、細く華奢なシルエットだった。


「先輩……その影おかしくないですか? どう見ても女の……。

 私みたいな影じゃないですか」



 ・

 ・

 ・


取調室に通されたベテランは犯人と面会した。


「おい! 話が違うじゃないか!

 影を捕まえるだけでいいって聞いていたぞ!!」


「騒ぐな。それより、まず俺の影を返せ」

「わかったよ」


犯人は二重影のうち、ベテラン刑事の影を返した。


「オレはこれからどうなるんだ」


「安心しろ。今回も犯人は取り逃したから、お前は冤罪釈放だ。

 外に出たら報酬は払ってやるから安心しろ」


「しかし、あんたも変わってるよな。影を集めてどうするんだい?」


「部屋に飾るくらい、いい趣味だと思うがな。

 絵画を置くのと同じさ。人は無口なシルエットこそ個性的で美しい」


ベテランは用が済んだとばかりに部屋から出ようとする。

犯人は思い出したように慌てて引き止めた。


「待った! オレを確保した女の刑事はどうなるんだ!

 アイツはオレの現場を見ている! 証言されればウソがバレるぞ!」


「安心しろ。影を失った今、だんだん忘れ去られて、誰も思い出しやしないさ」


その後、ベテランの家の壁に、また1つ影が飾られた。

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