第10話 ののかと渦

お父さんの声が頭の中に響く。


足がかたまって動けない。


さっきまで見えてた景色も聴こえてた音がいっぺんにふきとんだ。


「お前ちょっと来いや」


そう言ってお父さんはののかの腕を掴んだ。

痛かったけどついていくしかなかった。

そうしてまた部屋の中にもどされた。

すぐに、一回ぶたれた。


「お前勝手に何やってんだよ。外出るなって言われてんだろ」


お父さんがにらむ。大きな山みたいに見えてくる。


「黙ってないでなんか言えよ」


もう一度ぶたれた。怒っている。手が震えてきたけど泣かない。


「暑かったから、お部屋からでて、おつかいに行って、それでね、それで」


「何言ってんのかわからねえよ!ちゃんと言えねえのかよ!」


お父さんはののかの体を思いきり蹴飛ばした。部屋の廊下に飛ばされて、お腹と背中が痛くなったので丸くなった。


「ほんと物分かりの悪い馬鹿野郎だな。ん?」


お父さんが何かを拾った。ブー太だった。

いつのまにポシェットから出ちゃったんだろう。


「なんだこれ。お前のか」


「ブー太はぶたないで。暑くて大変でつらいんだから。お願い。お願い」


「そうか、じゃこれは言うこと聞かなかった罰だ」


そう言ってお父さんはトイレのドアを開けた。開けっ放しのトイレのふたを押さえてブー太をトイレの中に放り投げた。


「ブー太!」


急いでトイレに走った。


「ここなら少しは涼しいだろ」


お父さんが笑った。ののかは急いでトイレの水に向かって手を伸ばした。


水が、


水が急に渦巻いてブー太をぐるぐると巻き込んだ。


「しつけはしっかりしないとな」


お父さんはトイレの水を流すレバーを握っていた。


伸ばそうとした手は、止まってしまった。

ののかの手まで吸い込んでしまいそうで怖かった。吸い込まれたらぶたれるより痛いのかな。手がばらばらになっちゃうのかな。びろんびろんに伸びちゃうのかな。


怖くて、そんなことを考えていたら、あっという間にブー太はトイレに吸い込まれていった。



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