第9話 ののかとお父さん

どんどん暑くなってくる。セミの声が鳴り止まないでうるさい。窓からは眩しい太陽の光が入ってくる。窓は勝手に開けちゃだめって言われているから開けられない。頭がくらくらしてきたのでまたコップにお水を入れて飲んだ。お水は全然冷たくない。ブー太にも少し分けてあげた。


ブー太は毛だらけだからののかより暑いはず。ののかもふらふらだけど、なんとかしなくちゃ死んじゃうかもしれない。いつもお母さんが使う扇風機はどこだっけ。見つけても使い方がわからない。


いいアイデアを思いついた。これならきっと怒られない。


おでかけ用のポシェットにブー太を入れて、玄関のドアの前に立った。大丈夫。外にはでちゃいけないけど、これはおつかいだから。ちゃんとおつかいをして帰ってくればきっとほめられるはず。お外は怖いかもしれないけど、このままだとブー太が死んじゃうから。がんばろう。


背伸びをしてドアを開けた。


風が、吹いてきた。


ほっぺをくすぐる風が気持ちいい。太陽の光はじりじりするけど、部屋の中よりずっといい。眩しくて目が少ししか開けられない。細い目で周りを見た。雲ひとつない青空、風で揺れる緑色の葉っぱ、灰色のアスファルトの道、ののかのいるところは、二階だから、遠くまで見渡せる。公園も見える。電線がいっぱいある。あぶない、ひっかからないようにしないと。


ポシェットからブー太を出した。2人で空気をめいっぱい吸い込んだ。


カンカンと階段を登ってくる音がする。ぞっとした。まだおつかいに行ってないのに勝手にお外にでたのがばれたら、きっとお母さんに怒られる。急いで戻らなきゃ。どきどきして足が動かない。お父さんだったらどんなひどい目にあうんだろう。


少しだけ、泣きそうだった。でも、泣いたらもっと怒られそうだから、泣かなかった。


泣いたら、もう、自分でここまでこれなさそうな気がして、泣けなかった。


一歩、また一歩と階段を登ってくる。カツンカツンと聞こえる靴の音だけが響く。


見えたのはお母さんでもお父さんでもなく、知らない女の人だった。ののかのほうをあやしそうに見ている。


どうすればいいかわからなかったから「こんにちは」とあいさつをした。女の人は何も言わないでそのまま歩いて、ののかたちの隣の部屋の鍵を開けた。ほっとしたけど心臓はまだどきどきしていた。すると、後ろから突然声が聞こえた。


「お前、何してんだ」


振り返ると、お父さんがいた。





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