そうだ、小学校に行こうその1

「師匠ー、私を弟子にしてくださいよー」


 最早、毎度お馴染みの弟子入り懇願。


「断る」


 悲しきかな。いい加減聞き慣れてしまったので、俺も断り方に淀みがない。


「……というか、最近弟子入りの頼み方が雑になってないか?」


「そうですか?」


 華恋が弟子入りを諦めないと宣言してから早一ヶ月。華恋は一週間の内、二、三日の割合でウチに上がり込んでいた。


「もし雑になってるのなら、それは私を弟子にしてくれない師匠に原因があると思います」


 ソファーに寝転んで本を読んでいた華恋は、こちらに視線を移しながらふざけたことを抜かす。いっそ清々しいほどの責任転嫁だ。


 ちなみに、華恋が読んでいる本は俺の貸したラノベだ。華恋はラノベ作家としての才能はあるが、まだラノベというものを知らなすぎる。


 なので、ラノベがどういうものかをより深く知ってもらうために、こうして俺のラノベを貸している。


「ところで、師匠は何をしてるんですか?」


 俺の作業が気になったのか、華恋は読み途中のラノベを閉じてソファーから起き上がる。


「俺か? 俺はまあ……見ての通りだ」


 俺は現在、テーブルの上に置かれたノートパソコンの前に座ってる。かれこれ二時間近くこの状態だ。


「ええと……つまり何をしてるんですか?」


「察しの悪い奴だな。作家がパソコンを使ってやることと言ったら、一つしかないだろ?」


「作家がやること……ダメですよ師匠!」


「な、何がだよ?」


 険しい表情を浮かべる華恋に、動揺しながらも訊く。


「児童ポルノは犯罪です!」


「おいこらちょっと待てや」


 こいつはいきなり何を言い出すんだ?


「え、違うんですか?」


「全然違う! 何をどう勘違いしたら児童ポルノなんて単語が出てくる!?」


「だって師匠ですし」


「こいつ……!」


 こいつには一度、しっかりと立場を分からせた方がいいかもしれない。


「でも、児童ポルノじゃないなら何をしてたんですか?」


「執筆だ、執筆。『JSは最高だぜ!』の五巻の原稿を書いてたんだ」


「それって三ヶ月後に発売するやつですよね!? 読ませてください!」


 華恋が目を輝かせながらこちらに迫る。


「はあ!? ちょっ、待てよお前!」


 正直、今見られるのは困る。


 何とかノートパソコンを隠そうとしたがもう遅い。華恋の瞳はバッチリと、画面に映る原稿を捉えてしまった。


「「…………」」


 室内が、先程までとは打って変わって静かになる。


「あの、師匠――」


「言うな! 頼むから何も言わないでくれ!」


 沈黙を破った華恋の発言を、大声で打ち消す。


「いやでも師匠、これは……」


 何とも言えない表情の華恋。多分逆の立場だったら、俺も同じような顔をしていたことだろう。


 何せ、華恋が見ているノートパソコンの画面は――真っ白なのだから。


「締め切りは大丈夫なんですか?」


「まだ二ヶ月近くあるが……この調子じゃヤバいな」


 この一ヶ月、何度もノートパソコンとにらめっこしたが、一文字も打つことができなかった。アイデアがまったく浮かばなかったのだ。


 正直、締め切りを破ること自体はあまり気にしてない。ぶっちゃけ、俺は締め切りを守ったことはないしな。それに罪悪感もない。破った締め切りの数だけ、作家は強くなれるはずだから。


 ただ問題なのは担当だ。


 編集者というのは、作家に締め切りを守らせるためなら、どんな手段だろうとためらいなく実行する悪魔だ。


 締め切りを守るためなら、奴らは(自主規制)や(放送禁止用語)などといったことを平気でしてくる。


 多分来週辺りには、担当が進捗状況の確認に来るだろう。それまでに、せめて半分くらいは話を作っておかなければ、待ってるのは死だ。


 命がかかってる以上、やるしかない。例えアイデアが皆無、原稿は真っ白だとしても……、


「無理じゃね?」


 うん無理だ。逃げるしかない。都内だと追っ手に捕まる可能性があるから、都外、もしくは国外が妥当だ。


「……華恋、悪いが俺は明日からしばらく遠くに行く」


「え!? いきなりどうしたんですか師匠!?」


 華恋が驚きの声をあげた。うるさい奴だ。


「何で遠出するんですか!?」


「……実はな、近い内に担当がここに来るかもしれないんだ」


「師匠の担当の人がですか……それは挨拶しないといけませんね!」


 はしゃぐ華恋。俺の心情を知らず、いい気なもんだ。


「でも担当の人が来るだけですよね? 遠出する必要はないんじゃありませんか?」


「担当が来る理由が、十中八九原稿の進捗確認だからだ。正直、担当が来るまでにまともな原稿が仕上がるとは思えない。原稿が真っ白なのがバレたらどうなるか……考えただけで恐ろしい」


「それは、普通に謝って許してもらうことはできないんですか?」


「奴はその程度で許してくれるほど甘いくない」


 俺の知る編集者の中でも、担当はぶっちぎりでヤバい。聞く耳なんか持ってくれないだろう。


「それなら担当の人が来るまでに頑張って書くしかないんじゃ……」


「お前はこの真っ白な画面を見て、まだそんなことが言えるのか?」


「……ごめんなさい」


 シュンと項垂れてしまう華恋。理解が早くて何よりだ。


「まあそんなわけだ。しばらく会えないが、締め切りを過ぎた頃には帰ってくるから。多分その頃には、アイデアの一つや二つくらいは出てるだろ」


「待ってください師匠! もう少しだけ頑張ってみましょうよ!」


 玄関へ向かおうとした俺を、華恋が呼び止める。


「……頑張るって、これ以上何をどう頑張ればいいんだよ」


「取材です!」


「取材?」


「師匠が一文字も書けないのは、アイデアが浮かばないからですよね? なら小学校に取材に行きましょう! そうすればきっと、何か執筆に役立つアイデアが浮かぶかもしれませんよ!」


「小学校への取材か……悪くないな」


 俺の作品は登場人物の八割がJSだ。JSがたくさんいる小学校へ行くのは、妙案と言ってもいいだろう。しかし、


「俺、小学校は出禁になってるんだよなあ……」


「小学校出禁って……師匠、何をしたんですか?」


「別に変なことはしてない」


 前に一回、近所の小学校へ執筆のアイデアのために行ったことがある。


 その時は校長にちゃんと許可をもらって、校内を見学していただけだ。ついでに写真も撮らせてもらったが、もちろんそれも許可は取った。


 そう、ちゃんと許可は取ったはずなんだ。だから俺は、JSの生着替えを撮影しただけなのに、なぜか怒り狂った教員たちに捕まり説教を喰らってしまった。


 この件は後日出版社にも報告され、そっちでもメチャクチャ叱られた。


 それ以降、俺は近所の小学校全てが出禁となっている。聞いた話では、顔写真まで出回ってるらしい。ほとんど犯罪者扱いだ。


「まあ色々あって、俺は小学校への取材は無理ってわけだ」


 悔しいが仕方ない。俺はマゾではないので、また叱られるのは勘弁だ。


「師匠、本当に諦めるんですか?」


「仕方ないだろ? 俺は出禁に――」


「師匠は――JS太郎先生は、たかが出禁を言い渡された程度で諦めるような人だったんですか?」


「…………ッ!」


 その瞬間、俺は全身に電撃でも走ったかのような衝撃を受けた。


 そうだ、華恋の言う通りじゃないか。俺はいつから、他人に何か言われた程度でJSを諦めるような軟弱者になったんだ。


「……ありがとうな、華恋。おかげで、大事なことを思い出せた」


「それじゃあ……!」


「ああ行くぞ、小学校に!」


 最早迷いはない。今日は何としても執筆のためのアイデアを手に入れてやる! ついでに余裕があったら、今度こそJS生着替えを撮影しよう。


「問題は、どうやって小学校に入るかだな……」


 正門はすぐに見つかるから論外。かといって、学校の塀を越えるのは難しい。いったいどうすればいいんだ?


「大丈夫ですよ、師匠。ちゃんと誠意を見せれば、見学くらいさせてくれますよ」


 誠意……誠意か。俺の示せる誠意と言えば、


「土下座か」


「師匠にとっての誠意って、土下座だったんですね……」


 せっかくカッコ良くキメたんだから、そんなゴミでも見るような目で俺を見ないでほしい。

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