JCは諦めない

 それは、華恋の弟子入りを断ってから一週間経ってからのことだった。


「こんにちは、師匠!」


 インターホンの音がしたため、玄関に向かいドアを開けると、見慣れたJC――華恋が立っていた。


「……なぜここにいる?」


「弟子にしてもらうためです!」


「いや、それは先週断っただろ」


「ふ……甘いですね、師匠。いつから私が、一度断られたぐらいで諦めると錯覚したのですか?」


 なぜかドヤ顔をする華恋。イラっとするな。


 だが同時に、俺は安堵していた。これでしばらくは、菊水華恋という天才が執筆をやめることはないから。


「というわけで、弟子にしてください!」


「断る。……つうか、この前断った時泣いて帰ってただろ? よく立ち直れたな」


 この前は、こっちがギョっとするくらい泣いてたくせに。


「……あの後、家に戻って泣きました。悲しくて悲しくて、たくさん泣きました。でも、やっぱり師匠のことは諦め切れませんでした」


 華恋と目が合う。華恋の瞳には、力強い意志が感じられた。とてもではないが、一週間前泣いて帰った少女とは思えない。


「凄いな……お前」


「何か言いましたか?」


「いや、何でもない……」


 ラノベ作家には、面白いものを書く才能は必須だ。面白いものを書けなければ売れないのだから当然だ。


 しかし、才能以上大切なものがある。それは、挫折することのない強い精神力。


 例えば、担当に何度も企画のボツを喰らっても立ち上がるような。例えば、ネットでボロクソに言われても、まだ書き続けられるような。


 そんな強い心が必要だ。じゃなきゃ、作家なんてやってられない。


 そういう意味でも、やはり華恋は天才と言ってもいいだろう。


「師匠、とりあえず弟子にしてください!」


「断る」


 まあ、流石にここまでしつこいと腹が立つが。


「むう……師匠はガードが高いです。ガチガチですね」


「うるせえ、誰がガチガチだ。変な言い回しはやめろ」


 いい加減、この弟子入りの問答も飽きてきた。そろそろ、こいつがここに来た目的を訊くとしよう。


「それで、今日は何のためにウチに来たんだ? まさか、懲りずに弟子入りのためだけに来たとは言わないだろうな?」


「弟子入りのためだけですよ?」


 向けられた純粋な瞳が眩しい。


「嘘だろ……?」


 そんなことのためだけに、人の家に来たのかと思うと溜息が漏れてしまう。


 まあ、俺に弟子入りするためだけに不法侵入までするような奴だ。ある意味、これがこいつにとっての普通なのかもしれない。


「私、何かおかしなことを言いましたか?」


「……何でもない、気にするな。それより、弟子入りのためだけに来たならもう帰れ」


「ど、どうしてですか!?」


「俺はお前と違って忙しいんだよ!」


 この後だって、近所の小学校にJSの視姦をしに行かなければならないんだ。JCなんかに構ってられない。


「もう少しお話しましょうよ! 何なら、この前みたいに師匠の家に入ってもいいですから!」


「おい、譲歩したように見せかけてウチに入ろうとするな。いいから帰れ!」


「お願いします、師匠! 先っちょだけ、先っちょだけで構いませんから!」


「先っちょって何だ、先っちょって!?」


 こいつの言う先っちょが何を指してるのか分からないが、訊いてもヤブ蛇な気しかしない。


 ……さっさと追い出した方がいいな。


 俺は華恋の両肩を掴み、部屋の外まで押し出そうとする。しかし、


「びくともしない……だと?」


 いや、むしろ俺の方が部屋に押し戻されてないか!?


「ふっふっふ……残念ですね、師匠。私の力は師匠よりも強いんですよ」


「…………ッ!」


 忘れてた! そういえば、前にこいつに押し倒された時も、俺はまったく抵抗できないんだった!


「安心してください。ちゃんと洗って返しますから!」


「お前は何をする気なんだ!?」


 このJC怖い!


「さあ、観念してください!」


 余裕笑みを浮かべる華恋。


 いつの間にか、玄関の端まで追いやられていた。クソ! 万事休すか……!



「――何してるの……?」



 聞き慣れた声がしたのでドアの方を見る。するとそこには、


「も、紅葉!」


 幼馴染の紅葉が、不機嫌そうな顔で立っていた。


 なぜ不機嫌なのかは分からないが、今はそんなことどうでもいい! とりあえず、このJCをどうにかしてもらおう!


「た、助けてくれ紅葉! 一緒にこのJCを止めてくれ!」


「師匠の言うことは気にしないでいいですよ、紅葉さん!」


「あ、お前、余計なこと言うんじゃねえ!」


「余計なことじゃありません!」


 こいつ、言い切りやがったよ。


「ねえ、一つだけ訊きたいことがあるんだけどいい?」


 そこで、紅葉が口を開いた。


「あ、ああ、いいぞ」


 正直、先に俺を助けてほしいところだが、機嫌を損ねて帰られても困る。ここは紅葉の言うことを聞いた方が賢明だな。


「何でその子がいるの?」


「あー……」


 そこから説明しなくちゃいけないのか……。






「――というわけなんだ」


「ふーん。そういうことなんだ……」


 説明を聞き終えた紅葉は、冷たい声音で呟いた。


 場所はリビング。俺の部屋に強引に入ろうとしていた華恋は紅葉の協力の元、今は俺の隣で大人しくしている。


 ……あれ? 俺は華恋をウチに上げないために抵抗してたのに、どうしてこうなった?


「それで、華恋さん? しつこいようだけど、あなたは本当にこの変態の弟子になりたいの?」


「はい、なりたいです!」


 今の状況に疑問を感じてる俺を他所に、二人は会話を続ける。


「こいつは、あなたの考えてるような生半可な変態じゃないのよ?」


「望むところです!」


 キラキラと目を輝かせる華恋。


 人のことを変態という前提で話を進めるのは、やめてほしい。


「ねえ、透……」


「何だ?」


「この子に催眠術でも使った?」 


「お前は俺を何だと思ってるんだ?」


 俺がJCに好かれてるというだけで、催眠術という可能性に行き当たるとは……こいつとは今度しっかり話合うべきだな。


「だって、透だよ?」


「ははは、お前ケンカ売ってんのか?」


 まるで、透という単語を差別用語のように扱うのはやめてもらいたい。


「まあ、冗談は置いておくとして……華恋さんは、今後も透に弟子入りのためのアプローチを続けるということでいいの?」


「はい! 今後も師匠の家に出入りして、弟子にしてくれるまで追い詰めるつもりです!」


「ちょっと待て。サラッと聞き捨てならないことを言ったな?」


「気のせいですよ」


 ……今後は居留守を使った方がいいな。ついでにピッキングされないよう、鍵も変えておこう。


「そんなわけで、これからもよろしくお願いしますね、師匠?」


 そう言って華恋は、こちらを見透かしたような笑みを浮かべた。

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