キングコーデpart1

 ――クルミ……。





もう引き返せない。アキラは右手に持っていたプリンセスのハートを、恐る恐るとクルミのハートへと近づける。すると、瞬間、





「なっ!?」





 目を刺すような閃光が部屋を満たした。





 そして、その強烈な輝きの中、アキラはハートを持っているはずの手に違和感を覚える。





 その光がやがて止んでから、眩んだ目で自らの手を見ると――





「これは……?」





 プリンセスのハートが消え、代わりに三枚の煌びやかなカードが現れていた。





「何が……? いったい何が起きたのです?」


「解らないわ。というか、プリンセスのハートはどこへ行ったの……?」





 クイーンとアヤネが狼狽した様子で言う。





 だが、アキラにはこれが何か解っていた。なぜなら、アキラは既にこのカードを見たことがあったからだ。家の段ボールの中に、所持していたからだ。





「これは……『キングカード』です」


「キングカード……? それは――」


「試練は達せられた」





 アヤネが上げた困惑の声を断ちきって、チナツが言った。





 試練? と皆一様に困惑した顔で、不意に口を開いたチナツを見る。





 チナツは落ち着いた様子で皆を見返し、





「ああ、そうだ。これは全て『試練』だった。多くの困難があったとは言え、皆プリンセスの死を受け入れ、新たなプリンセスを迎える心構えができた。そして、新たなプリンセスは、それとなるにふさわしい精神を得た」


「チナツ……何を言っているの? よく解らないわ」





 アヤネがチナツを見上げると、チナツは微笑みながら、





「これは全て、プリンセスにより課せられた試練だったということだ」


「そんなこと、私も全く聞いてません。どういうことですか」





 堪らずアキラも声を上げると、チナツは小さく頭を下げる。





「悪かった。しかし黙っていたのではなく、言えなかったのだ。これは試練だ。だから、私も皆が知っている以上のことを明かすことは許されなかった」


「許されないって……誰に?」


「無論、ルークという役職に」





チナツは真剣な眼差しをアヤネに返す。





「もし私が、これが試練であるということを誰かに漏らせば、その瞬間にルークの役職は剥奪されていたのだ。私はプリンセスのハートが砕け散った直後、誰に教わるでもなく、ルークに課されていた『試練の執行』という職務を理解し、この瞬間を待っていた」


「ちょっと、みんな! プリンセスが……!」





キッコがイスから立ち上がって、ベッド脇に駆け寄る。





 クルミの隣に横たわるプリンセスの身体が、白く輝き始めていた。





 その光は淡くプリンセスの全身を包み込むと、キラキラと光りながら立ち上り始め、プリンセスの身体は幻のように色を失い、透き通っていく……。





 皆、唖然としながらその姿を見つめ、やがてプリンセスはベッドから完全に消え去る。





 そして、クルミだけがそこに残された。その胸にピンク色のハートを輝かせながら……。





「新たなプリンセスって、もしかして……!?」





 アヤネが言うと、チナツは頷く。





「ああ、クルミこそが、我々の新たなプリンセスだ。プリンセスの希望に絶望が生まれてしまったように、クルミはその絶望のうちに希望を芽生えさせた。クルミはこの国の新たな希望……新たなプリンセスなのだ」


「クルミが……」





 アキラはクルミの傍に膝を下ろしたまま、腰が抜けたように立ち上がることができなくなっていた。が、不意に、





 ドンッ! と上から強い圧力のようなものを感じた。





 これを感じたのはアキラだけではなかったらしい。皆も困惑したように周囲を見回している。だが、チナツだけはやはり落ち着いている。





 失礼します。そう言って、ナイトコーデを着た女性が部屋に駆け込んできた。





「大変です! 太陽が……!」





 太陽? アキラはポカンとするが、女性は肩を激しく波打たせて、その顔は蒼白である。





 キッコが真っ先にベランダへ出て、他もそれに続く。太陽を見上げてみると、それが纏う暗黒の量が増えている気がした。いや、





「太陽が、落ちてきてる……?」





 そう感じて、アキラは呟く。





 すると、アキラの肩に手を置いて空を仰いでいたアヤネが言う。





「プリンセスがいなくなってしまったから? クルミでは、まだ太陽を支える力がなかったということなの……?」





 いや、とチナツが首を振る。





「太陽とプリンセスとは一体にして不可分。つまりプリンセスと同様に、太陽もまた生まれ直しが必要なのだ。そして――アキラ、君がいま持っているキングカードこそ、新たにこの世界を照らすことになる太陽だ」


「太陽……? このコーデが、ですか?」


「そうだ。だが……申し訳ない。私が『導き手』として知っているのはここまでだ。私はルークの役職者として、新たなプリンセスと役職者たちをここまで導いた。しかし、ここから先は私の領分ではなく、君の――神人のそれなのだろう」


「で、でも、コーデを着て何をすれば……!」





 言って、自らで気づく。そうか。一旦、カードにしてから身につけてみれば、宿っている女子力が解って、つまり何をすべきかも解るのか。





「希望のカードよ。プリンセスの名の下に――内なる力を解き放て」





 コーデは既にカードになっている。だから、コーデを身につけるための呪文を唱え、身体の前に現れた幾何学模様の上に、三枚のカードを設置する。





 すると、カードが出現した時と同じ強烈な光が辺りに満ちた。





 瞼を閉じてさえ全てが真っ白に見えるようなその光の中で、アキラは本能的に方法を理解して、その光をセーブする。





すると光の中から、アキラが身につけているコーデが姿を現す。





 白を基本としながら、袖と裾についているフリルは金色に輝くロングワンピース。その袖は長袖で、背中には金色に輝く大きなリボンがついている。





 ブーツは膝上までの白いロングブーツで、アクセサリーはカチューシャのように髪に留める金色の王冠。王冠には、プリンセスと役職者たちを表しているのだろう、ピンク、青、赤、黄、緑、茶の宝石が嵌められている。





そのコーデを身につけて、アキラは自らのすべきことを理解する。





「……解りました。キングコーデに宿る女子力は……文字通り『太陽ソレイユ』。これ自体は全く無力な女子力です」


「無力だと?」





 チナツが目を丸くする。アキラは頷いて、





「ですが、この光……希望の光で、みんなに強い女子力を与えるんです。そして、私がこれからすべきことは……」


「どうしたの、アキラ?」





 アキラの沈黙を不安に感じたように、アヤネが尋ねてくる。





言うべきだろうか、アキラは迷って――必要なことだけを伝えることにした。





「もうすぐ、太陽が落ちてきます。その前に、あれを破壊しなければいけません」


「破壊って……そんなの無理に決まってんじゃん。流石にボクの力でも、あそこまで行くのは……」





 キッコが呆れたように言うが、アキラは毅然と言い返す。





「いや、可能だと思います。ロケットを飛ばす要領でやれば」


「ロケットとは……? あの、ペンダントの?」





 カンナがポカンとしたように言い、他の面々も困惑の表情をしている。





 ああそうか、とアキラはロケットを説明するために部屋へ戻り、カンナから紙と羽ペンを借りて、皆をテーブルの周りへ集める。





 アキラは羽根ペンにインクを浸して、紙に筒の絵を描く。





「ロケットっていうのは、こんな形のものです。この筒の中に私たちが入って、下には燃料を詰めておく。それで、燃料を燃やして、この筒ごと私たちを空に打ち上げるっていう」


「なるほど。要は巨大な花火のようなものか……。しかし、このような物体はこの国にはないぞ。木製では話にならないだろうし、金属で作るとなれば、それなりの時間が……」


「っていうか、あんな所まで飛んでける燃料って何? 火薬じゃ、どう考えても無理だよ」





チナツとキッコが渋い顔をする。アキラは首を振り、





「いえ、わざわざそんな物を作る必要もいりませんし、燃料だっていりません。ここにいるみんなの女子力を使えばいいんです」

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