第10章 妹開発計画

10-1.寝込みを襲われ

「ん……」


「あ、一ノ瀬さん、おはよう」


 目が覚め、ベッドに自分の体とは別の重みがかかっていることに気づいた。寝ぼけ眼を擦ると、ベッドに座ってカップをすすりながら見下ろす梨乃と目が合う。


「おお……梨乃。おはよう、どうした、こんな朝早くから……」


 身体を起こそうと力を入れようとするが、どうにも起き上がれない。


 一ノ瀬は、ワーカロイドホームの後継機『ワーカロイドオフィス』の開発設計の依頼を受けて、派遣業務を二週間に渡って行っていた。研究所や梨乃が心配、だから早く完成させたいという思いから、一日、二日おきに寝るという所業をしていた。

 そのつけが回ってきたのか、どうやらまだ疲れが抜けきっていないようだった。

 一緒に業務にあたっていた双葉も疲れがたまっているはずだし、同じようにまだ寝ているだろうと目線を適当に流す。


「先輩……もうお昼ですよ……」


 その目線の先、一ノ瀬の作業用の席、その椅子からの声。梨乃同様にカップで何かを飲みながら、また寝坊かと呆れ見下ろす双葉だった。

 言われて時計を見ると、言う通り短い針はもうすぐ真上を指そうとしていた。


「おい……。何でいるんだよ……」


「先輩、起きてくるの遅いなーと思って」


「いや、そういうんじゃなくて、どうやって部屋に入ったのって意味」


 一ノ瀬も諦め、布団をかけたまま話し始める。

 同じ屋根の下ならぬ、同じ地面の下で暮らしているこの研究所でも、もちろん個人の部屋というプライバシーの守られる場所がある。

 各部屋は、それぞれが持つ社員証をカードリーダーにかざすか、もしくは中からかの二種類でしか開かない。


「所長に開けてもらいました」


「あー……」


 たしかに社員証で開く。が、所長が持っているもう一枚の社員証は、すべての部屋を開くことが出来る、マスターキーの役割を持っていた。

 それでは抵抗できないと、持ち上げた頭は再びベッドに引き戻された。

 その「抵抗」で、一ノ瀬は思い出す。双葉がここに来た要件というのはおそらく滝沢の件だろうが、念のため確認を取った。


「で、何の用だ」


「先輩から話があるそうじゃないですか。私に言えって所長から言われませんでした?」


 昨日の今日で間違いようもない。当然、滝沢の件である。


「……所長、下手くそか……はは……」


 所長は双葉に匂わせるような会話を今朝がた持ち掛けたのだろう。

しかし双葉の話を聞くに、匂わせるどころかそれがどんな匂いなのか、そしてその発生源までをそのまま言ってしまっているようだ。

 もともと考えてそのつもりなら話は別だろうが、そもそもわざとそう言うなら、その場で直接言ってしまった方が早いだろう。

 だから、所長が下手だと、そう思った。

 これにはさすがの一ノ瀬も笑うしかなかった。突然の笑みに梨乃が心配そうにのぞき込むが、言い訳を返す気すら起きない。


「ていうか、笑ってないでそろそろ起きて教えてくださいよ。話って何ですか」


「ああ、すまん」


 痺れを切らし、堪忍袋の緒までも切ってしまいそうな双葉のロウトーンボイスで、一ノ瀬はやっとのことで布団を剥ぎ、ベッドから飛び起きる。


「さて……えーっと……話か」


 未だ覚め切らない脳みそを活性化させ、ポリポリと頭を掻き、その情けない先輩をチラチラと横目で後輩が見る。

 それぞれの動作が何を意味していて、二人が何のやり取りをしているかは分からないが、梨乃にはなんとなく日常が戻ったように感じた。双葉に合わせてやせ我慢してちょっとずつ飲んでいたコーヒーも、少しだけ甘くなったような気がした。

 そんな思いを知る由もなく、


「昨日所長が言ってたのは、滝沢との接し方について——」


一ノ瀬はいよいよ本題を話し始めた。



「——ってことで、これは梨乃も理解しているってことも、所長は言っていた。だから双葉。今だけはあいつと仲良く、とまではいかなくても、真っ向から邪険にするのは止めること。いいか」


「はい……分かりました……。先輩も合わせるっていうなら、私も合わせます」


 口を尖らせんばかりの表情でどうも納得がいっていない様子だが、一ノ瀬に免じてということで意見が一致した。

 そこまで話をして、ぐーっっと低く長い音が部屋に響いた。


「腹か……?」


「……あ……私のです……」


 双葉が、顔を赤らめ手を挙げた。

 昨日帰ってきてからすぐに滝沢を紹介され、特に双葉だけが口論になり、結果一ノ瀬と双葉は何も口にしていなかった。


「そういえば、梨乃、ご飯を作り始めたんだってな。生田さんから聞いたぞ。そろそろ昼ごはんの時間じゃないか?」


「あ、そうだった。いってきます」


 ワーカロイドホームたちが淡々とこなしていた家事も、今ではすべて梨乃が心を込めて受け持っている。二人がテクノに言っている間に、学習を重ねて料理も徐々に上達しているはずだ。


「美味しいの頼むぞ」


 髪を撫でると、にひひ、と綻び、カップの中身を口いっぱいに放り込んで駆け出していった。


「じゃあ、私も先に食堂に行ってますね。これ、あげるので片づけておいてください」


「ああ、準備してから行く」


 半ば強引に押し付けられたカップには、まだコーヒーが残っていた。


「あいつ……怒ってるか……?」


 また一つ、一ノ瀬の不安要素が増えてしまった朝、もとい昼だった。

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