手毬と竹籠と

阿房饅頭

手毬と竹籠と

 私は竹籠の中に囚われている。

 それはいつからだろうか。

 外にいるのは一角の角や2角の角を持った人間のようなものをした化物だった。

 私にとっては。

 鬼。

 私はそう呼ぶしかなかった。

 彼らの里に迷い込んだのはいつだろうか。

 彼らは役小角の頃から生きていて、彼の力が及ばなくなったころ姿を消して、別のところに世界を作ったらしい。

 そんなところに稀に人が迷い込んでくる。

 それが私だった。

 外は危ないから、この竹籠は籠の癖に気持ちよくて、微睡みのような感覚を与えてくれる。

 食べられると恐怖をもって私は過ごしていたが、いつか慣れてしまった。

 いつの間にか、手毬を与えられて、籠の中の見世物のようにされていることに慣れてしまった。

 けれどもたまに不安になって、外に出たいと鬼に私は言った。

 とても何気なく、ふと思いついたように。

 

「危ないよ。それに外はもう君の知っている世界じゃなくなったんだ」


 安土桃山時代時代という時代というものに私の生きていた時代は分類され、すでに武蔵の国に江戸城という城を建てて、徳川というお侍様がいた時代でもなくなっているという。

 一体何年たっているのだろうか。

 それを問うことを私はできなかった。

 怖い。

 それだけのことだったのだと思う。

 手毬の娘。

 私はいつかそう言われ、ここから出られなくなっていた。

 いつも赤い手毬をポンポンと触っているだけの娘。

 外に出たくない娘。

 よくないことなのだと思うけれども、鬼に囚われてから気の遠くなる程に時は過ぎてしまった。

 鬼の里は時間の流れが隔絶されていて、私も年をとらない。

 けれども、ふと竹籠の間から手毬が外に出てしまうことに気付いた。

 

「外に出たい」


 私は好奇心に負け、鬼の里を出てしまう。

 竹藪を抜け、そこにはよくわからない鉄の箱が走る不思議な世界があった。

 そして、そこには地蔵が立っている。

 その場所には手毬が落ちていて、私はその地蔵ではないかということに気付いた。

 私かここにはいない何かになっていたのだ、と。

 

 ふと後ろを振り向く。

 

「あなた誰?」


 私と同じような顔をした小さな女の子がいた。

 私は彼女の頭を撫でた。

 ああ、そうか。兄ちゃんの子供の子供の本当にその先の子供が彼女なのだと気づく。

 川のそばの橋の近くの地蔵。

 それを作ったのは兄ちゃんだった。

 

「あなたのお姉ちゃんよ」


 私は答える。

 そして、持っていた手毬を渡した。

 ふと笑みを浮かべて、私は近くの竹藪の中に帰る。

 そこには鬼がいた。

 

「もういいのかい?」


 私は笑みを浮かべて、鬼の手を取った。

 その手には手毬がふと、浮かんでいる。

 

 それは私が人でない証。

 寂しい気持ちになったけど、兄ちゃんのそのまた先の子がいたことに、涙を浮かべて、竹藪の中に帰る。

 竹籠の中には入るけど、たまに外に出てみようかと私は思うことにした。

 

 手毬をもって、私は外に出よう。

 ポーンと私は鬼の里の空に手毬を投げた。

 ここはあの世とこの世の境目であり、時とは隔絶された色々なところに行ける場所。

 今の私ならそれができる。

 

 だから、手毬をもって、兄ちゃんの子供たちに会いに行こう。

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