第13話 オーバー・ザ・トップ

 闘技大会決勝戦。会場はこの上ない熱気に包まれている。

 試合前の準備体操なのか、ジャイロは双剣を器用にお手玉し、ハイドは斧を軽々と振り回している。


「さあ、いよいよ決勝戦。はたして、栄冠に輝くのは、初戦から破竹の勢いで突き進んできたユータ、セリカチームか。はたまた、あの、パブロのモンスターたちを攻略したジャイロ、ハイドチームか。この決勝戦は、どちらが勝ってもおかしくはありません!」


 マイクマンが、あらん限りの声を上げる。


「それでは――試合、開始!」


 戦いの火ぶたが切って落とされた。

 最初に突っ込んできたのは、ジャイロだった。


「僕が行く」


 ユータもジャイロにならい、突撃しようとした。


「止まりなさい」


 セリカが低い声で制止する。


「大丈夫!」


 ユータはセリカの言うことを聞かず、重心を前に出そうとした。

 それに対し、セリカは眉間にしわを寄せる。


『言うことを聞きなさい』


 ユータの頭の中に、セリカの声が響き渡る。


「――っ? 」


 ユータの首筋に紋章が浮かび上がる。ユータの体が硬直した。


「おっと、ユータ選手どうしたんでしょうか。ジャイロ選手を迎え撃とうとしましたが、立ち止まりました」


「おそらく、セリカ選手が止めたんでしょう。ジャイロ選手は先ほどの試合でも見せたとおり、一筋縄ではいかない選手です。ここは、綿密な作戦が必要そうです」


「体が言うことを聞かない。もしかして、さっきの――」


「あなたは無謀が過ぎる。無策で突っ込んでいっても、返り討ちにあって、負けちゃうのよ」


「だって、敵が来ているんだぜ、迎え撃たないとやられるだろ」


「いい、一人で突っ込んできているからといって、普通は何か裏があると考えるべきなの。特に、決勝戦まで勝ち進んでいるような相手にはね」


「じゃあ、どうするんだよ」


 ジャイロがユータに向かって双剣を振り下ろす。


「様子見よ」


火砲フレイム


 セリカの火砲がジャイロを襲う。ジャイロは振り下ろそうとした剣を引き、水の短剣、アイランドダガーを掲げた。


海竜の奔流タイダルウェイヴ


 ジャイロのアイランドダガーからは、水流が生まれ、セリカの炎を打ち消した。


「おっと、セリカ選手の炎を、ジャイロ選手がかき消しました! 」


「ジャイロ選手、準決勝では、近接主体でしたが、決勝では、武器に宿る魔力を活用してきています」


「厄介ね。『動いていいわ』」


 ユータは体を動かせるようになった。ジャイロの攻撃に備え、刀を構える。誰かが、こちらへ突っ込んでくる。

 水流の影から現れたのは、ジャイロではなく、ハイドだった。ハイドは、斧を上段まで持ち上げると、一気に振り下ろした。


刀刈かたながり』


 ユータは、斧を刀で受け止める。


「受けたな」


 ハイドは、そのまま斧を振り抜く。ユータの刀は折れ、ひのきの棒に戻ってしまった。


「折れた!? 」


 ハイドはその勢いのままユータの首めがけて斧を振り下ろした。


「じゃあな」


『火砲』


 セリカの炎がハイドの横面に直撃する。ハイドは、驚愕の表情を浮かべたまま吹き飛んだ。


「私を忘れるとはいい度胸ね」


「何と、ジャイロ選手が水流を生み出したのは、ハイド選手を隠すため。そして、ユータ選手の武器をハイド選手が叩き割り、窮地に陥ったところをセリカ選手がカバー! いやはや、一糸乱れぬ攻防。目が離せません!」


「ジャイロ選手たちの連携が注目されますが、セリカ選手も、ユータ選手が積極的に前線に出ているところを、後ろからうまく援護していますね。こちらも中々連携が取れていると言っていいでしょう」


「助かったよ、セリカ」


「大丈夫か! ハイド」


 ジャイロは、吹き飛ばされたハイドの元まで駆け寄る。


「ああ、かろうじて。しかし、これは何発も受けてられないな」


 ハイドが立ち上がる。頬は、炎を浴びて煤けている。


「危うく、追いつめられかけたわね。武器も折れたし。しかも、私の攻撃をまともに受けて立ち上がるとは」


 セリカが、状況を見据える。

 ジャイロとハイドは、ユータたちから距離を取り、もう一度、連携攻撃を繰り出すために、身構えている。


「ユータ、あんた、さっきの武器、いつから使っている? 」


「この世界に来てからずっと、かな」


「今まで、戦闘は沢山してきたでしょ。あんたの武器は特技で出している。だったら、より強力な武器が出せるようになっていてもおかしくない。もう一度出してみなさい」


「やってみる」


 ひのきの棒に手をかざし、今までの刀より、より鍛えられた一振りを想像する。


錬磨法れんまほう鋼鉄刀こうてつとう】』


 セリカの言うとおり、武器が成長していた。刀は、今までのものよりも長く、硬くなっている。これは、ヴァイクが使っていた刀だ。


「出来た」


「よし、武器はこれで大丈夫。後は――」 


 ジャイロとハイドが向かってくる。ジャイロは、右へ左へとフェイントをかけながら、どんどん近づいてくる。

 ジャイロは、突っ込んでくると見せかけて、身をかがめる。ジャイロの後ろからハイドが、跳躍し、猛攻を仕掛ける。


限界斧操マージナルアクス


 ハイドは神速の連撃をユータに浴びせる。ユータは刀で受け止める。刀は、強化されたこともあって折れることはないが、このままでは防御を突っ切られてしまう。

 徐々に、ユータの体が後退し始めた。


「押される――」


 セリカが、ユータからハイドを引きはがすため、炎を放つ。

 ジャイロは、セリカの動きを見逃さなかった。ハイドに向かう炎に対応するため、すぐさま次の行動に出る。


「お返しだよ」


 ジャイロは、炎の小剣、サンセットソードを振りかざした。


炎竜鞭サラマンダーウィップ


 振り下ろされた小剣からは、鞭のような火柱が起こる。火柱は、セリカの炎を飲み込み、勢いを増したまま、二人を襲う。


「炎の鞭で焼かれるがいい! 」


 その時、不思議なことが起こった。ハナコが、火柱に向かって飛んでいく。


「ハナコが、火を食べている」


 ハナコは、ジャイロが放った火柱に食らいつき、跡形もなく平らげた。


「そんな馬鹿な」


 ハナコの周りを漂う魔力が凝縮され、ハナコの中心へと集まる。


進化オーバー・ザ・トップ業炎竜ブレイズバーンドラゴン


「ハナコが、進化した――」


「何とここで! セリカ選手のドラゴンが進化!」


「おそらく、このドラゴンは炎の魔力を一定量受けることで進化するんでしょう。セリカ選手が今まで積み重ねてきたものと、ジャイロ選手の魔力が進化の決め手になったと」


「これなら!」


 セリカが、ユータにささやく。


「いい、ユータ、よく聞いて。まずは、相手のコンビネーションを削ぐために、一人を始末する。でも、私の方は、ハナコが進化したせいで、さらに魔力の消費が激しくなっている」


 ジャイロとハイドはじりじりとユータたちに近づいてくる。


「撃てて三発。確実に当てる。ユータは、敵を引き付けて。後は、私が何とかする」


 セリカが、ユータの目を正中に捉える。


「これは、あなたにしかできない」


 ジャイロとハイドがセリカたちめがけて攻勢に出た。


「来た。セリカ、どうすればいい?」


「耐えて」


 ユータは、セリカを守るように、二人の前に飛び出し、猛攻を受ける。


「すぐに楽にしてやる」


 ジャイロが吠える。

 ジャイロの空中からの猛追と、ハイドの地を踏みしめて放つ渾身の一撃がユータを襲う。


「なめるなよ。多対一の捌き方なら、僕も死ぬほど味わったんだよ」


 二人の攻撃を、限界ギリギリまで引き付ける。


「クハハッ。虚勢を!」


 実際、ユータが進退きわまっていたのも事実だった。二人の猛攻を打開できる策もなし、かといって、このまま耐え続けたとしてもジリ貧なのは目に見えて分かっていた。


「ユータ選手万事休す! セリカ選手のドラゴンが進化したとはいっても、ユータ選手が倒れて二対一になってしまえば勝機の芽は無いと言っていいでしょう」


 避けられぬ結果。それは、地底湖の洞窟で龍に襲われた時の、薄暗い感情。

 ――死線。

 何かないか。ユータが十四年間培ってきた中で、逆転の手になりうる何か。ユータは、ジャイロたちの猛攻を耐えながら、頭を回転させ続けていた。

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