【外伝】 ジャイロとハイドの話

 俺がハイドと出会ったのは、この世界に降り立ってすぐのことだった。俺らは右も左も分からない初心者で、それぞれモンスターを狩りつつ、この世界のシステムについて理解しようとしていた。


「おい、お前」


 気が付くと、ハイドは俺の狩場の近くにいた。


「何で俺の近くで狩りしてるんだよ。邪魔だろ、向こういけよ」


 俺がそういうと、ハイドは俺よりも頭二つ分上から冷静に返した。


「ここが一番効率いいからだよ。それに、ここは俺が最初に見つけたんだ。俺はお前とは違って心が狭くないから別に追い出したりはしないけど、まあ、嫌なら向こういけよ」


 俺もこの狩場が最高効率だと知っていたので、わざわざ手に入れた場所を捨てるわけにもいかず、渋々狩り続ける。


 ハイドは俺が食って掛かると、図体がでかい分、いつも余裕のある返事を返してくる。

 そして、あいつは俺のいる狩場にいつも現れた。

 俺はあいつよりも、沢山モンスターを狩ろうと、全力で双剣を振り回し続ける。俺はハイドの方を見る。そうすると決まってハイドの方も、自慢の斧をモンスターに叩き込み、小気味良いテンポでモンスターを狩っていく。


 ハイドはそうやって、いつも俺に突っかかってきた。そして、そういったことが何回もあった。

 最初は、ハイドを気にくわない奴だと思ったさ。

 だが、ある日、俺が少し強めのモンスターを狩るため、いつもとは違う狩場に行ったときだった。


 その日は双剣も新調して、調子よく狩りが出来るはずだった。


「まずい。見誤った――」


 いつもの狩場とは違い、モンスターの数が多い。しかも、モンスターの中に毒属性持ちがいたらしく、いつもよりも早くポーションが尽きてしまっていた。

 こちらも火力が足りず、モンスターの処理速度が追い付かない。

 諦めかけたその時、モンスターたちの目の前に誰かが立ちはだかった。


「ハイド!」


 ハイドは俺の狩り残したモンスターに斧を叩きこむと、俺が逃げるための道を作った。


 俺はハイドにすがって、命からがらあの地獄から逃げることができたんだ。

 あの後、ハイドからは色々教えてもらった。新しい狩場に行く際には必ず下見をすること。そして、下見をするにあたっても必ず保険をかけて行うこと。

 狩場自体も時間帯によってモンスターの強さが変わるので、自分に合った狩場を見つけるときは余裕をもって準備すること。


 ハイドは、体の割には随分と慎重なやつだった。

 俺たちがいつも使っている狩場でさえ、回復用品一式と帰還用の道具をワンセットで持って行く。

 俺なんかは使いかけのポーションが数本あればいいっていうのに。


 ハイドに助けられたこともあって、俺はハイドのことを少し見直した。そして、大きな斧で軽々とモンスターを狩っていける腕っ節の強さと、状況を的確に見定め、準備を怠らない周到さには嫉妬すら覚えた。

 俺は負けず嫌いだ。絶対にあいつを超えてやろうと思った。それからだ、俺とハイドが一緒に行動するようになったのは。


 二人で行動するようになって、お互いの長所と短所が見えてきた。そして、お互いの長所が相手の短所を補えることに気づき、俺らは連携した動きを研究していった。そのかいもあってか、自分たち以上の力が求められる狩りでも安定し、俺らはそれなりに実績を重ねてきた。


 そんなある日、リヒトマンから声をかけられた。


「君たちが噂の二人組か」


 リヒトマンと会ったのは、俺らが狩りを終えて街の門を通りかかった時だった。リヒトマンは門の壁に寄りかかり、誰かを待っている様子だった。


「アンタは?」


 はじめてリヒトマンを見たときは、ただの冴えないおっさんに見えた。


「俺は、リヒトマン。エストマルシェの闘技大会を仕切っている者だ」


 リヒトマンが俺らの前に立ちはだかった。


「君たちの話を聞いたものでね。実力が知りたくなった。手合せ願えるかな」


 俺らはいつもより早く狩りを切り上げていたので、少し物足りなさもあった。ハイドと目配せし、了承する。


「構わない。だが――こちらは二人だ。どうする? 」


「二人同時でいい。そもそも君たちの連携を見に来たんだし。場所は、ここで、今からやる。痛い目に遭いたくなければ、本気で来い」


 リヒトマンは、俺らを一人で相手すると言い切った。正直この時は、この冴えないおっさんが俺らと渡り合えるとは到底思えなかった。


「ジャイロ」


「ああ、ハイド」


 俺らは武器を構える。俺が双剣で、ハイドが斧。リヒトマンの言うとおり、本気の型だ。ただし、この時、俺らにどこか気のゆるみがあったのは否定しない。


「それじゃあ、いつでもかかってきていいぞ」


 リヒトマンは鞘から鉄の剣を抜き、手招いた。


「いくぞ」


限界斧操マージナルアクス


 最初に動いたのはハイドだ。神速の連打を、リヒトマンに叩き付ける――

「踏み込みが甘いな」

 が、それらはすべてリヒトマンに最小限のステップでかわされる。


「まだまだ!」


刃打やいばうち』『爆炎輪転刃イクリプスローラー


 ハイドの猛攻でリヒトマンの動きが制限されているうちに、俺が上空から強襲する。


「ほう、これは」


 流石に二人の攻撃にはうまく対処できず、リヒトマンは手に持った剣で俺らの攻撃をいなし始めた。しかし、それも手詰まりになり、徐々に攻勢がこちらに傾いてくる。

 リヒトマンが反応できていない。今が好機だ。

 俺はリヒトマンの剣を狙うふりをして、腕を狙いリヒトマンの剣を叩き落とす。リヒトマンは一瞬の隙をつかれ、剣を手から放してしまった。


「武器を飛ばした!」


 俺らはリヒトマンの剣を落としたことに慢心していた。


「追いつめたぞ、リヒトマン。降参するか?」


 俺らはリヒトマンに向けて武器を突き出す。


「追いつめた? 何を言っているんだ」


 リヒトマンは不敵に笑う。そして、後ろに跳躍し、俺らから少し距離を取る。さらに、足を肩幅に前後で開き、手を半開きに胸の前に置き、構える。


「御託はいいからかかってこいよ」


 俺らはその言葉通り、リヒトマンに飛び掛かる。相手は手ぶらの冴えないおっさんだ。今さら何ができる――という感情が俺らにはあった。

 しかし、その思考が次の一瞬で間違いだったと悟ることになる。


 リヒトマンは突撃してきたハイドの懐に潜り込み、左手で右腕の肘を支える。そして右手をハイドのあごに沿わせ、そのまま支えの左手を蹴りあげる。ハイドの顎に深めに入った掌底しょうていがハイドの脳を揺らす。続けて、上に強い衝撃がかけられ伸びきったハイドの腹に、容赦のないレバーブローを叩きこむ。

 リヒトマンの一連の動きで、ハイドは何をされたのか理解出来ぬまま、吐瀉物としゃぶつの混じったよだれをまき散らし、その場で昏倒こんとうする。


 リヒトマンの反撃は止まらない。ハイドの影から強襲しようとしていた俺を一瞥いちべつすると、半身引き、体勢を整える。

 俺はすぐさま、リヒトマンの顔に短剣を叩きこむ。しかし、俺の腕の内側から右肩を押さえられ、短剣が届かない。俺の腕の長さは、リヒトマンの腕よりも五センチ強短いのだ。


 仕方がないのでもう片方の短剣を振り回すが、今度は両肩を押さえられ、俺が無様に隙を晒すことになる。今の俺は人中すべてが無防備だ。


 俺はこのままでは金的を喰らわされると思い、顔から血の気が引く。


「受け身を取れ」


 リヒトマンが何か言った、が、俺には一瞬何のことか分からなかった。

 理解した時には俺の体は宙を舞い、背中から地面に叩き付けられていた。


「本当はな、俺は武器を持たない主義なんだよ。あと人を見かけで判断するな。連携に気が入っていない。俺を舐めているのがバレバレだ」


 最初、リヒトマンは剣士だと思っていた。そうか、リヒトマンは拳士だったのか。


「まあ、俺から武器を奪ったのは評価する。流石の連携。ルーキーにしちゃ上出来だ。その腕を見込んで提案なんだが、君たち闘技大会に出ないか」


 完敗だった。それは、自分たちの実力が量れないほどに差があった。

 俺らは、リヒトマンの提案を、実力を知るために、二つ返事で了承した。

 タッグ戦。俺らにはまたとない好条件だ。

 今まで培ってきた連携を試すにはいい機会だった。


 それだけではない。二人の力だけではなく、俺は、俺自身の力を試したかった。

 俺は闘技大会を通して、リヒトマンよりも、そしてハイドよりも強くなることを固く誓った。

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