第24話 大砲って普通に乗り込むと圧力でぺちゃんこになるらしいよ。良い子は真似しないでね。

『テス、テス、テス……。聞こえますか? こちら天才。聞こえたら返事を。どうぞ』

「こちらスヴェン。聞こえています、馬鹿王子。どうぞ」

『あれ? 今馬鹿って言った? どうぞ』

「ノイズだと思います。どうぞ」


 王子とスヴェンのくぐもった声だけが、場に響いている。周囲は暗く、自分の手足さえもまともに見えない。いや、見えていなくてよかったのかもしれない。見えていたら正気を保てていたか、いまいち自信がなかった。


 スヴェンがいるのは、まあさっきの作戦名でなんとなく分かったが、砲台の中である。スヴェンは今、砲弾をくりぬいた中で膝を抱えている状態だ。クリスも隣の砲台に詰めこまれているはずだった。

 ちなみに王子は砲台の外からスヴェンに直接話しかけている。通信機を使っているわけではないからノイズは絶対に関係ない。いくら王子といえど、エルフの国との取引でしか手に入らない通信機など、持っていないらしかった。


『いい? スヴェン、クリス。確認するよ。お前たちはこれから砲弾となってベジタブル連合軍の上空に打ち上げられる。その時にかかる圧力は、まあ色々頑張って相殺できるようにしたから、心配いらない』

「色々頑張って。」

 不安しかない。


『そう。安心できたみたいでよかったよ。

 で、その後この砲弾は、城門を越えたあたりで割れる。その際に爆発はしない』 

 してたまるか。

『スヴェンとクリスはその後、僕が手渡したリュック、それについてる紐を全力で引っ張ってくれ。安全に落下できるようにしてある。着地後、野菜はお前たちに殺到するだろうが、南の城門からは遠ざけてあるから、比較的楽に攻め込めるだろう。

 お前たちの役目は、内部から城門を開けることだ。一番近いのは南だが、最優先して欲しいのは、東だ』

「東?」


 多くの兵がいるのは西のはずだ。なのに、東?


『そうだ。お前たちが東の城門を開けてくれれば、混乱に乗じて西は君影隊の彼らが自力で開けるだろう。

 繰り返しになるが……いいかい、今回の戦、勝敗はお前たちの働きにかかっている。失敗は許されない』


 スヴェンは頷いた。王子にそれが見えるはずもなかったが、スヴェンの動きを予測していたようだ。


『それでいい。期待している』


 がこんっ。振動とともに、不吉な金属音が全身を震わせる。砲台が動き出し、照準を定めている。

 手のひらが緊張で汗ばんだ。王子に仕えてから様々な経験を積んだと自負しているが、まさか自分が砲弾になる日が来るとは思ってもいなかった。


『撃て!!!』


 王子の声を合図に、凄まじい衝撃がスヴェンの全身に覆いかぶさった。体重が何十倍にも増えたように感じる。ぺちゃんこになりそうだった。


 どこが安全! 何が相殺! 両耳を全力で押さえていてもなお、鼓膜が破れるかと思うほどの轟音の中、スヴェンは思いつく限りの罵詈雑言を王子に向かって叫んだ。もし死んだら王子を呪ってやる。


「うおおおおおおおおっ!」


 そして唐突に、世界が開けた。眩しくて一瞬目が見えなくなるが、やるべきことはわかっている。

 背負ったリュックから伸びた紐を、一気に引っ張った。軽い音がして、重力に引かれていたスヴェンの体が浮力を得る。


 ハンググライダーなら、経験がある。使いこなせるとは言えないが、東門近くに着地するくらいは可能だろう。スヴェンはコントロールバーを握ろうとして、そんなものが存在しないことに気がついた。


「えっ?」


 恐る恐る、上を見上げる。すると、ハンググライダーでもパラグライダーでも、パラシュートでもない球形が、そこに浮いていた。


「ええっ!?」


 カラフルな風船、その数およそ五十個。いつ膨らませたの? とか、どこから材料調達したの? とか、たった五十個で俺の体重支えるとか、中に入ってる気体は何? とか、なんか俺どこかの店の宣伝してるみたい? とか、いろいろなことが思い浮かんだが、今はとにかく一つだけ。


「機動力ゼロの風船で落下とか、明らかに的じゃねえか!」


 フヨフヨ浮いている風船は風に煽られるばかりで、スヴェンの行きたい方向、東にはちっとも向かってくれない。その落下速度はあまりに遅く、南門にいる射手がスヴェンであれば、一矢とて外さない自信がある。火矢でも当たれば、大爆発さえ起こしかねないというのに。


「ぐえっ!」


 少し向こうで猫っ毛の広告塔が悲鳴をあげた。矢が当たって、風船が二つほど爆ぜたらしい。がくんと高度を落としたせいで、リュックの紐が腹に食い込んでいた。


 ……そうか。

「クリス! 風船を割れ!」

「た、隊長まで俺に死ねと?」

「誰が全部割れと言った」


 南門に射手が集まってきた。そのうちの一人……一本? がスヴェンに向けて矢を番えている。それが放たれた直後、スヴェンは背中から伸びた紐を切って、風船を五つほど切り離した。途端、均衡が崩れてスヴェンの体は数メートルほど落下する。もともと狙いの甘い矢は、スヴェンのはるか上を通り過ぎていく。

 それを見てクリスの表情に理解が浮かぶ。


「なるほど!」

「この場合、狙いが甘いのも考えものだな。偶然で当てられる可能性もある」


 とはいえ、いつまでも的になってやるわけにもいかないのだ。スヴェンとクリスは次々に風船を切り離し、ついには無傷で着地した。


「ああ。大地が愛おしい」

「言ってる場合か。急ぐぞ」


 放っておくと、そのまま地面に頬ずりさえ始めてしまいそうな部下を叱咤し、走らせる。走りながらリュックは捨てた。


 クリスは不満げに腰から短剣を抜いた。今日はいつもの槌ではない。スヴェンも普段の武器とは違うものを持っている。彼らの武器は大きすぎて、砲弾の中に入らなかったのだ。

 スヴェンは行く手に立ちふさがる大根を桂剥きにした。食われる恐怖でも思い出したのか、大根が武器を落とし、スヴェンがそれを蹴り飛ばす。雑魚にかまっている余裕はない。とにかく開門。それがスヴェンの役割だ。


「……野菜嫌いになりそう」

 クリスも文句を言いながらも人参を銀杏切りにし、ジャガイモの芽を除いている。なんか煮物作ってるみたい。


「隊長、次はジャガイモと人参と玉ねぎです。牛がいれば肉じゃがですね」

「肉なし肉じゃが。貧乏下宿時代にやったなあ」

「えっ。ちょっと引く」


 王子の言葉通り、城内に入り込んでさえしまえば、楽なものだった。軽口を叩く余裕もある。だが早く援軍を呼び込まなければ、いつか囲まれ数の暴力に屈することになるだろう。戦争において数とは、最も強い力のひとつだ。

 何本もの野菜の下処理を終え、駆ける。そうしてスヴェンとクリスは巨大な東門まで辿り着いた。


「さすがに、ここは手薄とはいかないか」


 門の開閉スイッチのそばには、武装した野菜たちがたむろしている。だが、王子の罠もなく、真正面から戦うのならば、スヴェンやクリスの敵ではない。


「気張れよクリス! 今夜は闇鍋だ!」

「闇鍋ってほどのキワモノはいないですよ。あと闇鍋は嫌いです。食材がもったいないと思いません? 俺は普通に美味いやつが食べたい」

「少しは乗っかれよ」


 ジト目でクリスを睨む。それに合わせてクリスはついとそっぽを向いていた。

 まあ、ちゃんと戦ってくれれば文句はない。

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