第23話 低レベルな戦い

「……なんか懐かしいな」


 スヴェンは展望台の上から、城門に梯子をかけるべく奮闘する部下達を眺めた。矢の雨が降り注ぐが、遠目から見ると弓の質も射手の質も、底辺レベルであることがはっきりと見て取れる。その低レベルっぷりは、士官学校の演習を思い起こさせる。

 はっきり言って、スヴェン率いる君影隊の敵ではなかった。


(とすると、問題はあっちだな)


 王子から城壁に仕掛けられた罠の全貌を知らされた甲斐もあって、部下達は度々、城壁までたどり着くことに成功している。スヴェンとクリスが偵察に行った時に教えてくれなかったのは、たぶん嫌がらせだったんだと思う。

 王子が設計した梯子は、一見するとただの踏み台だが、地面に突き立てられると、どこがどうなってかは知らないが、バネのように跳ね上がり、兵士が登るに十分な強度の梯子となる。


 スヴェンの見ている前で、一台の梯子がかかった。兵士がそこに殺到する。しかし次の瞬間、梯子が半ばで弾け飛んだ。バリスタの攻撃でも受けたのかと思いたくなる光景だが、そうではない。

 戦場を真横から眺めているスヴェンには、城壁から飛び出して梯子を粉砕した、巨大な赤いグローブがはっきりと見えた。悪ふざけとしか思えないデザインは、確かに王子の設計だ。素材が何かは分からないが、見た目のコミカルさに似合わぬ破壊力を秘めている。


「あー……。やっぱり数の差がなぁ」


 もっと人数がいれば、梯子作戦ももっとうまくいったろうに。


 手前、つまり南側の城壁は、敵味方ともに最も手薄だった。味方に至っては、射程距離の三倍先に、後方支援の白衣軍団が治療用のテントを設営しているだけで、攻撃手段を持ち合わせていない。巨大なパンチを食らった味方が、数名運び込まれていくのが見えた。


 四方ある城壁のうちどれを優先して叩くか、という議題になった際に、王子は一も二もなく西だと答えた。ただでさえ数が足りないのだから、戦力の分散は望ましくない。西から攻めるのであれば、山も太陽も邪魔にならないから、スヴェン達に反論はなかった。山おろしが吹いてきたら向かい風になってしまうが、幸いこの日は風が弱かった。


「どう? プロの目から見て、勝てそう?」


 気付くと、王子がすぐ側に立っていた。スヴェンのことをプロと称した王子に、自嘲めいた笑みが浮かぶ。


「私が前線に立っていたのは、ほんの僅かな期間だけですよ。そもそも私が生まれた時代は、先人達の苦労の甲斐あって、すでに戦火は下火でした」

「少なくとも、初陣の僕よりはプロに近いじゃないか。それで? どうなの、実際」

「……短期で決めるのは、厳しいですね。長期戦を覚悟するのなら、いくらでもやりようはあるかと思いますが」


 野菜に糧食は不要だ。兵糧攻めはできない。だが物資は別だ。あれだけ無計画に矢を浪費していれば、遠からず底を突く。


「あ、ほんと? 猪対策に矢の備蓄を百万本ほど追加しておいたのだけど」

 ほんっと余計なことしかしねえな。この馬鹿王子。

「何か?」

「いえ何も」


 肩を落としてスヴェンは踵を返した。展望台内部に敷いた本陣に戻り、ナイトが転がったままの地図を見下ろす。王子は鼻歌交じりに階下へと降りて行った。総大将にあんまりうろうろしないで欲しいのだが、野菜たちにはこちらに攻め込もうという気配がないので、見逃しておく。


 それにしても……王子はどんな作戦を立てたのだろう。今戦線に出ている兵は、全兵力の半数ほどだ。あまりに少ない。残り半分はというと、皆不安げにしながらも、王子の指示で本陣に待機している。

 王子を軍師兼総大将とするのなら、スヴェンは前線に出る将となる。将にくらい作戦の全貌を明かしてくれても良かろうに。


「……あれ? 隊長、まだこちらにいらしたのですか?」

 スヴェンとは反対側の物見にいたらしい部下が、本陣にいるスヴェンを見て不思議そうに首をかしげた。


「まだ……? 俺には出陣命令が出ていないが」

「え? おかしいですね。さっき王子が、『やっと準備が整った。スヴェンはどこだー』と言いながら、スキップしながら口笛を吹いてバレエを踊っていましたが」

「それ全部同時にやるとか不可能じゃねえか?」


 少なくとも口が二つ必要だ。でもあの王子のことだから、二つくらいなら持っているかもしれない。


「良いか悪いかは別として、不可能を可能にするのが王子です。俺だってこの目で見てなければ信じられませんけどね」

「……さっき王子には会ったんだがなあ」


 小さくぼやくと、本陣の外からやかましい悲鳴が聞こえてきた。スヴェンと部下が互いに顔を見合わせる。この声には聞き覚えがあるが……あの男がこんなに元気なのは、まあ珍しい。


「たぁすけてえええええええっ!」


 大仰な音を立ててクリスが入り込んできた。スヴェンを見つけるとすぐさま駆け寄ってきて、自分の体を隠すようにしながらスヴェンを門扉の前に押しやる。


「おいっ! なんだクリス!」

「王子、王子! ほらこれ、隊長! 隊長の方が適任ですよ。ねっ!」

「話が見えねえ! まず説明しろ!」


 階下からコツコツと足音を立てて、クリスがこうも恐れている張本人、王子がやってきた。


「くーりーす! 逃げたってだめだよ。この戦いはお前たちにかかってるんだから」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいそれだけは勘弁してくださいお願いします後生ですから王子ぃ!」

「だーめ。それに、スヴェンを身代わりにするのは無理だよ。だってスヴェンも一緒に行くんだから」


 スヴェンの嫌な予感は最高潮に達した。


「えっと。王子……。俺は何をしたらいいんです?」

 問われて、「あれ? 言ってなかったっけ」とわざとらしく王子は目を丸くして、それからとびきりの笑顔を作った。


「じゃあ、見せてあげるからクリスを縛り上げて、下まで連れてきて!」

「いやだああああっ! 死にたくないいいいっ!」


「作戦名は……」王子は両手を天井に向けた。「弾けてビックリ人間大砲ぅ!」

 クリスが悲鳴とも断末魔とも取れる叫び声を上げる。スヴェンはその声を、どこか他人事のように聞いていた。一緒にいた部下の手から、はらりと書類が落ちる。


 あっ、これ俺、死んだかな?

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