第5話 囚人

 盗賊団のアジトは、自然の洞窟を拡張することで作られているようだ。入り口は小さいが、先ほど倒した盗賊の数から考えると、見た目どおりの大きさということはあり得ないだろう。


 洞窟の周囲には遮蔽物がなく、これ以上身を隠しながら進むことは不可能だ。もし見つかれば、入り口にいる見張りの男が仲間に異常事態を知らせ、盗賊の全勢力がスヴェンたちに殺到するだろう。

 スヴェンは草陰に隠れたまま、どうしようかと悩み、そして考えるのが面倒になった。こういう時こそ、有能な部下の出番ではないか。


「クリス」

「なんです?」


 スヴェンはできる限りの優しげな表情をした。それを見たクリスの顔がなぜだか引きつる。見てはならないものを見た恐怖の表情、とでも形容すべきだろうか。


「次はお前の番だ」


 笑顔でそう告げ、親指を上げて健闘を祈ると、草の陰に隠れたクリスを力いっぱい蹴飛ばした。ガサガサと草を揺らしながら、クリスは頭から転んだ。


「誰だ!」


 蹴飛ばされて草陰から出てしまったクリスを見て、見張りの男が鋭い誰何の声をあげる。


「一体どこから来やがった! 見張りはどうした!」

「敵襲です、兄貴! 見張りなら、この男が全部倒してました!」


 一瞬で手のひらを返したクリスは、スヴェンが隠れている草むらを示して叫ぶ。盗賊は驚愕に目を見開いた。


「なに! 本当だろうな? って待て。てめえは誰だ! 俺は知らねえぞ!」

「新入りですので!」

「嘘つくんじゃねえ! さてはてめえが見張りの連中を……」

「ち、違いますって」


 クリスは慌てふためき、やがてぽんと手を打つと、背負った身の丈ほどの槌を担ぎ上げ、スヴェンのいる草むらに向けて勢いよく振り下ろした。


「うおおおおっ!?」


 間一髪で、スヴェンはクリスの槌をかわした。さっきまでスヴェンが立っていた地面は、槌に潰されて円形のクレーターを作っている。


 スヴェンが出てきたことで、クリスは満足げに「ほら」と盗賊に笑顔を向けた。しかし返ってきたのは棍棒の切っ先だった。

 ギリギリのところで棍棒をかわすと、クリスは目を白黒させて、呆然とつぶやく。


「な、なんで?」

「お前と俺が同じ服を着ているからだろう。どう見ても仲間だ。そもそも軍服だしな」


 スヴェンの冷静な言葉に、クリスは自分の格好とスヴェンの格好を交互に見て、がっくりと膝をつく。


「そっか、制服……。見慣れすぎて忘れてた……」

「ふざけた野郎どもだ。喧嘩売ってんなら買うぞコラ!」

「いいええ、喧嘩を売るなんて滅相もない」

「歯ぁ食いしばれや!」


 見張りの男は棍棒をクリスに叩きつけてきた。クリスは危なげなくそれをかわす。「喧嘩は嫌いなんだけどなあ」とつぶやきながら、大槌を振るった。

 クリスの大槌は、その巨大さからもわかるように、かなりの重量がある。それをクリスほどの剛力で叩きつけられたら、殺意などなくても相手は死にかねない。


 クリスは器用に盗賊の急所を外して槌を振るった。さすがにこんなところで殺人を犯すつもりはないようだ。

 盗賊を一人片付けると、クリスはかいてもいない汗をぬぐって、一仕事終えたかのような満足げな表情をした。


「これで俺はお役御免っすね!」

「いやいや。ほら」


 スヴェンは洞窟の入り口を指差した。そこからは、さながらアリの巣のように大量の盗賊が飛び出してくるところだった。思っていた以上に、この洞窟は奥が深いらしい。この量では、たとえスヴェンが奮闘したとしても、残りの盗賊がクリスにも殺到することとなるだろう。


「頑張れ」

 スヴェンの応援に、クリスはがっくりと肩を落とした。







「どりゃああああっ」

 クリスの一撃で、盗賊A、Bが吹っ飛んだ。

「はあっ!」

 スヴェンの肘打ちで、盗賊Cが地に伏した。


 辺りは気絶した盗賊たちで足の踏み場がないほどになり、非常に戦いにくくなっている。盗賊のリーダーと思しき男は、その惨状にあっけにとられている。現実を受け入れられていない様子だ。


「な、なんなんだてめえらは!」


 何と問われても、スヴェンたちには答えようがない。まさか王子の護衛隊ですと答えても、きっと信じてはもらえないだろう。なにしろ王子がこの場にいないのだから。


「その服……軍の奴だな!? うちを潰しにきたのか!?」

「いや、別に」

「盗賊団に興味はないです」


 あっさりと答える二人に、頭はむしろ涙目だ。


「じゃあ何しに来たんだよぉ!」


 スヴェンはその頭の様子を見て、むしろ好機と見た。交渉の余地があるかもしれない。


「俺たちは人を探しに来たんだ。金髪碧眼の優男。知ってるなら洗いざらい吐け。そうすれば命だけは見逃してやる」

「……うわあ」


 真顔で交渉に入るスヴェンを見て、クリスは全力で引いていた。平和的交渉を理解できない部下に、呆れてため息をつく。


「き、金髪の男なら……その、地下牢に……」


 頭はなぜか言い淀んだ。まさかとは思いながらも、スヴェンはつい嫌な想像をしてしまう。王子に傷一つでもあれば、それはすべてスヴェンの責任になるのだ。


「クリス! こいつらを見張っておけ。逃げようとしたら殺しても構わない」

「あいさー」


 スヴェンの脅しに、盗賊たちは「ひぃっ」と身を縮ませた。スヴェンはそんな盗賊たちに見向きもせずに、盗賊団のアジトである洞窟の中へ足を踏み入れた。

 






 洞窟の中は、想像していた通りに広かった。入り口は目立たないように小さかったから、初見の印象どおり、天然の洞窟を掘って広げたのだろう。

 ほとんど岩と呼んでも差し支えないほど固い洞窟を掘るのは、おそらくひどく骨の折れる作業だったはずだ。その分の労力を、真っ当に働く方向に使えば、いくらかの金にはなるのに。まったく理解に苦しむ。


 それはさておき、洞窟の奥に進むと、牢屋が並んでいた。とはいえそのほとんどは空で、財宝を貯める物置と化していた。

 ほとんど、と言ったのは嘘ではない。たったひとつだけ、中に人がいる牢がある。その人はなにやら白い布でぐるぐる巻きにされ、地面に横たわっていた。頭と思しきあたりから、長い金の髪がはみ出している。


 スヴェンは「まさか……」とつぶやきながら、その人に近づく。その白い布には……大量の赤い染みが付着していた。


 スヴェンは近くに掛けられていた鉄の鍵を取ると、牢を開けた。錆び付いた牢の割にはスムーズに鍵が開く。頻繁に使用されている証拠だろう。

 自然と、手が震えた。伸ばしかけた右手を一度引っ込め、左手をかぶせて握りなおす。ほとんど無理矢理に震えを押さえつけて、ひとつ、ふたつと深呼吸をする。最悪の可能性を想定し、感情という感情を脳から追い出した。


 驚くほど冷たく無感情になった瞳を倒れた金髪に向けて、その顔を覗いた。

「……!」

 冷静になったはずのスヴェンの手が再び震えた。そしてそれを抱えると、洞窟の外へと向かった。







 洞窟の外に出ると、盗賊の頭がスヴェンを見て「ひっ」と叫んだ。


「隊長、それ……」

 クリスが金髪を示して言う。

「これが、王子だとよ」


 スヴェンはぎろりと盗賊を睨みつけると、金髪の簀巻きを思い切りぶん投げた。

「てめえ盗賊このやろう! ふざけんのも大概にしろよ!」


 金髪のぬいぐるみは、顔の部分にへのへのもへじが描かれていた。そして、スヴェンへのメッセージがひとつ。


『偽物でした♡ 心配した? 心配した?』

(誰もてめえの心配なんかしねえよ! 心配したのは俺の首だよ馬鹿野郎!)


 スヴェンは内心で思い切り罵倒したが、王子に届いた気はかけらもしなかった。


「言ったよな? 俺言ったよな? 素直に喋れば命だけは助けてやるって。いらないんだよな? 命いらないから、こんなふざけたことに協力したんだよな?」

「ちょっと待ってください助けてくださいほんと反省してますからあっ!」


 涙を流して叫ぶ盗賊を無視して、スヴェンはクリスに話しかける。


「ちょっと俺、耳おかしくなったらしい。こいつ今、なんて言った?」

「ちなみに隊長にはなんて聞こえたんですか?」

「どうぞ好きなだけストレス発散してくださいって」

「……まあ、そのくらいならいいんじゃないですか? あ、でも殺さないでくださいよ。事後処理が面倒なので」

「じゃあ九割で」

「うーん……。ま、俺らが立ち去った時に、息さえしていれば良いですもんね。じゃあ、手早くお願いします」


 せっかくまとまりかけた相談に、異を唱えたのは盗賊だ。


「お願いすんな助けろよ! あんたら軍の、法律守る側の人間だろ!」

「守る側っておかしいだろうが! 法律破る側の人間なんか、本来存在しねえんだよ!」

「あんたがその一人だろうが!」

「ああ、たしかに。令状ないから、これ傷害罪だわ。

 ……悪ぃ、いたな。破る側の人間」

「開き直るなあああああああっ!」


 盗賊が絶叫する。そもそも、日頃から法律なんぞ一切守っていないくせに、都合のいい時だけ法律なんかを持ち出すとは、おこがましいにもほどがある。


「だいたい、法律が弱者を守るとか思っているのか? 脳内お花畑かよ。いいか、法律が守ってくれるのは、主に権力者の都合だ」

「真顔でそういうこと言うの、やめてくださいよ。あんた仮にもうちの隊長でしょうが。

 正義の心で悪を倒すくらいのこと言ってくださいよ」

「サボリ魔の税金泥棒に言われる筋合いもねえな」

「とにかく、隊長も言ってましたけど、今は令状もないんですから。面倒ごと増やすのやめましょうよ」

「ちっ」


 スヴェンは露骨に舌打ちをして、盗賊に向き直った。


「運がいいな、小悪党。

 まあいい、とにかく、俺たちの探している男について、なんでもいいから話せ」

「も、もう全部話した!」


 涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにしながら盗賊が叫んだ。唾が飛んできたのか、すごく嫌そうな顔をしてクリスが数歩移動した。


「あの子連れの男が、金を握らせて言ったんだよ! この人形を牢に放り込んでおいて欲しいって! それだけだ!」

「おい、待て。

 今、子連れって言ったか?」

「あ、ああ。そうだよ。

 フードかぶってて顔はよくわからなかったが、まだ小さい女のガキをずっと抱えてたよ」

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