第4話 盗賊団

 スヴェンとクリスは、町外れの森の中を歩いていた。本来ならば、誰も足を踏み入れないような森の奥だというのに、草が掻き分けられてできたような道がある。誰かが頻繁に出入りしているのは間違いなかった。

 道中を行く二人の表情は険しい。スヴェンはもちろんのこと、クリスでさえも固い表情をしている。


 油断なく前方を睨んだまま、スヴェンは進んでいく。足元への注意も怠らない。罠がないとも限らないからだ。

 王子がなぜこのような場所にいるのかというと、どうやら、王子は盗賊に捕まっているらしいからだ。


 街で、王子と共に歩く柄の悪い男たちが目撃されており、王子と思しき男は、終始神妙な顔で、柄の悪い男を睨んでいたという。にわかには信じられない事態だが、あまりに多くの目撃証言があった。

 足元の石を蹴飛ばしながら、スヴェンが言った。


「いいか。あの王子が、ならず者程度の相手に負けるなんて、ありえない。多分、きっと、絶対に、俺たちへの罠がある。注意しろよ」


 クリスは素直に同意し、それからスヴェンに提案をした。


「もう王子なんて見捨てませんか。ほっといていいじゃないですか。帰りましょう」


 クリスはうんざりとした様子を隠しもせず、さらに言い募る。


「そもそも自業自得ですよ。こんな地域に、護衛の一人も付けずに来るなんて。  

 王子の外見は、どう見ても貴族のぼっちゃんですから、襲ってくださいと言っているようなものです」


「帰るという案には心から賛成だが、そうすると俺のクビが飛ぶ」

「俺のじゃないんでいいです」

「てめえも一蓮托生だよ、この野郎」


 思わず後ろを振り返り、クリスの胸ぐらをつかむ。そのときだった。


「おい、なんだお前ら!」


 森の奥から、突然怒鳴り声が響いた。

 面倒くさそうにそちらに視線を送ると、盗賊と思しき男たちが、わらわらとスヴェンたちの方へとやってくるところだった。男たちは動きやすそうな簡素な服を着て、短剣やククリナイフなどを携えている。


「てめえら、ここがどこだかわかってんのか!」

「来た以上は容赦しねえぞ。覚悟はできてんだろうなあ!」


 口々に身勝手なことを叫ぶ盗賊を無視し、スヴェンはクリスの服から手を離した。


(王子は……いないな)


 一通り辺りを見回し、盗賊たちの中に王子の姿がないことを確認する。あの王子のことだ。盗賊のふりをしてスヴェンを襲い、反撃されてから正体を現して、後でネチネチ文句をつけるくらいのことは、してもおかしくない。

 しかし王子がいないとなれば、このような相手にいちいち怖がったり、驚いたりしてやるつもりもない。もともとスヴェンは軍人だ。戦闘は専門分野だった。


 スヴェンはすたすたと距離を詰めた。そのあまりに自然体な様子に、盗賊たちも対応が遅れた。


 スヴェンは一番近くにいた男の頭に両手を置くと、ぐいと頭を引き寄せた。その顔面に自らの膝を叩きつける。鈍い音が響き、その感覚で男の鼻の骨が折れたのだとわかった。

 服についた男の鼻血を見て、スヴェンは顔をしかめる。血は湯で洗うと落ちないから、これからの季節は洗濯するのが億劫になるのだ。


「この野郎!」


 鼻血を流して激昂する男の鳩尾に、今度は拳を叩き込んだ。すると男は胃液を吐き出して、その場に倒れ伏した。


「次」


 挑発するでも奮闘するでもなく、ただ作業をするように一人の盗賊を伸してしまったスヴェンに、盗賊はいきり立った。

 その場にいたすべての盗賊が、一人目と同じ末路を迎えるのに、ものの五分とかからなかった。







「死屍累々という言葉が表すように、穏やかであった森の中には、盗賊たちの屍が山と積まれることとなった。その犯人は、返り血を浴びた凶悪な顔を狂喜に歪めて、次の獲物である金髪碧眼の男を探すべく、さらに森の中へと分け入るのだった……」

「一人も殺してねえよ。変な地の文つけんのやめろ」


 一度も戦闘をせずに、砂埃一つない綺麗な制服を着たクリスが、したり顔で何やらぼやいている。

 スヴェンは息も切らさずに、山積みになった盗賊たちを縛り上げた。かなりの語弊こそあったが、クリスの実況もあながち間違いではない。ちなみに返り血はほとんど付いていない。


「っていうか、お前少しは手伝えよ! 傍観者決め込みやがって!」

「いやあ。暴れる隊長が、あんまりにも生き生きしていたもんで。邪魔しちゃ悪いかなって」

「俺はどこの戦闘狂だ。

 いいか、俺はな、平和と煙草をこよなく愛する男だ」

「くだらないこと言ってないで、さっさと先に行きましょうよ。そいつら目覚めたら面倒ですよ」


 スヴェンの額に青筋が立った。しかしながらクリスの言い分はもっともなので、喉まで出かかった怒鳴り声を無理やり飲み込む。ここで怒鳴っても時間を浪費するだけだ。

 今度は鼻歌交じりにクリスが先頭を歩いた。スヴェンは後ろからぶん殴ってやりたい気持ちをなんとか抑えながら、その背中についていった。

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