ダンジョン攻略

 地平線にかかる陽光の余韻がいよいよ消えようとする刻。

 巨大なダンジョンを遠くから視界に捉えた。


 辺りには、物資が載せられた馬車、冒険者の拠点、それらを取り締まる役員などと、様々な物がある。


 ゴーレムを地面に隠すと、幻影魔法をそのままに進んだ。日が沈んでいるというのに人は多く、人混みを避けるようにしてダンジョンの前までやって来た。外観は、大きな崖に巨大な穴が空けられているみたいで、近くに寄っただけでも迫力があった。


 いざ、ダンジョンへ。

 エルフィリードが前を歩く。

 彼女自身が作った物なだけあって、スイスイ進行した。


「もう良いですか? 良いですよね? 切りますよ、幻影!」


「お、おう。お疲れさん」


 時間単位で魔法を使い続けられるあたり、やはり吸血鬼なんだな、と。


 なんにせよ、ダンジョンに潜ることに成功した。次の目的は、エルフィリードの本体がある最下層だ。


「このダンジョンはどれくらい広いんだ?」


「えっと、六九階層あって一層毎に降りる階段が一つずつあるよ」


「その"凄い人"は今どこなのか分かるか?」


「おおよそだけど、六十まで来てるね」


 それは、もう手遅れだろう。


「大丈夫。近道があるからね」


 悪戯をする子供の様に言った。本当に大昔から生きる人間なのか怪しい位、それは無邪気で。


「こっちだよ!」


 何かと愚痴の多いクレイグを引っ張って、手招きさせる方へと向かった。





「すごい……綺麗ですね」


 うっとりとレティシア。確かに、洞窟の中を彩る光や造形は幻想的で、美しかった。エルフィリードが作ったと言っていたが、この景色は長い長い時間が経過することで自然と形成されたのだろう。


「いつまで続くんですか? これ」


 ぐったりとクレイグ。確かに「近道がある」と言われていた場所は、ひたすら螺旋階段が続く塔の様な作りをしていて、いつまで経っても底が見えない。


「ああ、ヤバいよぅ。もう六一までッ」


 わなわなとエルフィリード。なんでも、凄い人は単身でダンジョンに乗り込み、尚且つたった三日で六一階層まで到達したらしい。本当に人間だろうか。


「にしても、レティシアは何がどうしてエルフィリードと遭遇するなんて事態になったんだ?」


 隣で目を輝かせるレティシアに、事の成り行きを聞いておくことにした。ここまで急行して来たため、聞きそびれていたのだ。エルフィリードが嘘を吐いているかもしれないと疑うのは、人間不振が過ぎるだろうが、一応確認しておきたいのだ。


「? 森を散歩してたら、泣いてる女の子を見付けて、タケモトは助けたがるだろうなって思って連れてきたんです」


 事の始まりが、俺への善意だったという耳を疑う事実を知らされた。


「しかし、そうなるとエルフィリードは何で森を走っていたんだ? 人の足でここから屋敷の近くまで来たなんて思えないのだが」


「えっと、まず、わたしは分身体だって言ったよね」


「ああ。本体はダンジョンの核にあたるとか」


 事前に聞いておいた事だ。彼女は本体の分身体であり、本体と意識を共有している。言うなれば、遠隔操作できるロボットだ。


「だから少々危険な転移魔法を試せたんだ。それで、成功はしたんだけど、転移先が知らない森で……」


「……? それじゃあ、元々誰に助けを求めようとしていたんだ?」


「ドラゴンとかグリフォンだよ」


「ドラゴンと比べられるとなると、かなり差が生まれそうだぞ?」


「そんなこと無いよ。こんなに精巧に作られたレブナント見たこと無いし、君の不死身性も普通じゃない」


 うんうんと満足気に頷くエルフィリードは、


「さて、そろそろかな!」


「あれ? 幻影使いの吸血鬼は――」


「さぁ、ここからがダンジョン攻略だよ!」


 すると、大きく腕を広げて背後に広がる光景を強調する。螺旋階段の底に降りたのだ。そこには、天井から床まで透明な結晶の柱が連なり、氷の中にいるような神秘的な世界があった。


 ダンジョン六十階層。

 最下層まで単独で踏破しようとする化け物を追うようにして、アンデッド三人によるダンジョン攻略が始まった。





 さて、ダンジョン攻略を始めた訳だが、二つの誤算があった。


 まず一つ。想像以上に楽である。なにせ、クレイグがいる。魔物から姿を隠してくれる有能な下男がいるのだ。


 二つ。想像以上に。想像より遥かにダンジョンが広い。あてもなく歩けば一階層で半日掛かってしまいそうだ。ナビがあったとしても、やはり数時間は掛かった。


 もう、これを三日で踏破する"凄い人"のイメージがどんどん化け物になってしまう。隣にも化け物はいるのだが。


「ああ……キツ」


 とは、クレイグの口から数え切れない程呻かれた台詞だ。幻影魔法という高等魔法を四人に、さらに長い間ぶっ通しで行使する。それが可能な生き物なんてそれは伝説になるだろう。


「ああ、もう六二階まで来てるッ」


 エルフィリードの焦燥が滲む叫び。因みに、音を消すのもクレイグの領分であり、現在盛大に顔をしかめている。


 だが、彼女のミスも仕方ない。このスピードで階層を踏破すると言うことはつまり、こちらと同等か、あるいはそれ以上の早さで進んでいる事になる。


「作戦を変更する」


 間に合わないと断じたのは、六十階層の下り階段だ。


「レティシアは透過能力で先にエルフィリードの本体を救出しろ。俺とクレイグは侵入者を足止めする」


「足止め……侵入者を排除するのを諦めるって事ですか?」


「ああ、元より侵入者を殺すつもりは無いし、そいつの実力を聞く限り不可能じゃないか?」


「僕を何だと思ってるんですか?」


 下男だろ、と口を開こうとして。


「待ってくれ。それじゃダメだ。わたしが逃げてしまっては、誰がダンジョンを管理するんだい?」


「捨てろ。諦めろ。俺はお前を救いに来たんだ」


「……それじゃあ、ダメなんだ。わたし一人の捌け口を失うだけでも、世界は魔法の副作用を許容できなくなる……」


 それはつまり、地上に魔物が沸くようになると言うことだ。その何がいけないかって、どこから出没するか分からないと言うことは、もしかしたら人里のド真ん中に沸くかもしれないのだ。


「……なら、代わりのダンジョンを作ればいい」


「それも難しいよ。魔力が濃い場所じゃないと意味が無いし、そんな場所は都合よく見付からない」


 八方塞がりか、と奥歯を噛み締める。

 一か八か化け物に挑んでみるか?

 勝率は低い。もっと良い答は無いのか。

 ダンジョンは移動させるしか無い。

 だが、必要な立地はこの近くに――


「いや……案外、都合よく見付かりそうだぞ」





「レティシア、行けるか?」


「うん、ただ落ちるだけだから、すごく簡単。それよりタケモトの方は大丈夫んです? 別に足止めはしなくても……」


「いや、エルフィリードがダンジョンと分離するのに、一時間は必要らしい。だが、化け物はこのペースだと一時間で最下層に届く。足止めは必須だ」


 しかし、そんなに頼りないだろうか。なにかとレティシアは俺を心配する。問題を持ち込んだのは彼女な訳だし、矛盾しているようにも思う。今度、俺の事をどう思っているのか聞いてみるべきかもしれない。


「心配する必要ありませんよ。というか、僕がいて負ける訳ないじゃないですか」


 と、まともな事を言うクレイグ。もともと人間に対して普通に接せるだけの能力が有るのもそうだが、クレアの妹であることも関係しているのだろう。


「……言っておきますけど、姉さんはあげませんし、クレイグの事は信頼してませんから」


「そこをどうにかっ! レティシアさんに認めてもらえないと、進展が一切ないんです!」


 ここに来て、思い人とデートもさせて貰えないクレイグが嘆願する。吸血鬼はプライドが高かったのでは無かったか。なんだか気の毒に思えてきた。


「君達、それはここで話すべき案件じゃなくないかい?」


 エルフィリードの台詞を皮切りに、一人だけ名残惜し気だが、各自が役割を果たすべく行動を始めた。

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