第13話 ”タルタロス”が設立されるまでの経緯

「そういえば…この音楽スタジオ・タルタロスが完成して営業が始まるまでの経緯って、具体的にはどんな経緯かんじだったんですか?」

慰労会の立食パーティーが進む中、この疑問を投げかけたのは、櫻間さんだった。

それを聞いたわたしや他のスタジオのじゅうぎょういん達。はたまた、泰山王の視線が彼女に集中する。

「確かに、零崎さんからは“悪霊を少しでも減らすために建設された”という設立理由は教えてもらいましたが…実際にスタジオが稼働するまでどんな事があったのかは、興味あるかもです」

すると、黙っていた百合君が口を挟む。

「確かに、意外と知っているようで知らないなぁー…」

ぼくらは、十王様がたの“命令”を受けるまでは、何も知らされていませんでしたしね」

すると、ムラートさんやアンドレアさんも口々に言葉を述べる。

 確かに、わたしもあまり訊いたことありませんでしたね…

思いつきそうで思いつかなかった疑問に対し、わたしは彼ら人の子に感心していた。

「そこの所って、訊いても大丈夫なのかしら?…泰山王様?」

缶酎ハイでほろ酔い状態になったフィリパさんが、横目で泰山王を見る。

「…確かに、そなたら鬼にも教えていない事は多いが…。因みに、娘よ」

「あ…はい!」

ノンアルコールビールが注がれたグラスを片手に、泰山王が櫻間さんに視線を向ける。

「その疑問を投げかけたのは、単なる“興味本位”という理由ことで問題ないか?」

「無論、そうですけど…?」

泰山王の視線が上目遣いであったことから、睨まれたのかと思ったであろう櫻間さんは、少したじろぎながら答える。

十王は彼女をジッと見つめていたが、すぐに視線を別の方向に向けてから口を開く。

興味本位それならば、話してやってもよい。…ただし、他言した場合はその命がないものと思っておくがよい」

「わ…わかりました…」

泰山王は普段の口調のまま、グラスに入ったビールを一口飲む。

櫻間さんも緊張で喉が渇いていたのか、会話がひと段落して、すぐにサワーの入ったグラスに口をつける。


「では、どうしても言えぬ事を避けつつ、ある程度の事を話してやろう」

この台詞ことばを皮切りに、泰山王はタルタロスができた経緯を語り始める。

タルタロスができるより以前より、人間による自殺者やそれによって発生する悪霊があまりにも多く、地獄でも手を焼いていた。十王は元々、死者が生前に行った事を元に極楽と地獄行きの判決をする裁判官のような役割を担っている。

その判決を行うべき死者の増加が、ここ数十年の内に非常に増えていた。

十王われわれには、人間でいう“過労死”なるものは存在しない。しかし、キリスト教における“悪魔がいる地獄”からも不平不満が集まってきておってな。それに対して、我ら十王は頭を悩ましていたのだ」

「あの…一つ、訊いてもいいですか?」

「なんだ」

すると、百合君が右手を恐る恐る上げながら、会話の中で質問しようと声をかける。

その時、泰山王の眉間にしわが寄ったが、これは別に怒っている訳でもなく、もともと怒っていそうな表情が、この方の普段の表情なのだ。

「今、“悪魔がいる地獄”と申していましたが…。僕ら日本人が知るような“地獄”とはまた別の地獄ばしょが存在するという事ですか?」

泰山王に百合君が問いかけている隣では、グラスを片手に首を縦に何度も頷いている櫻間さんがいた。

「捉え方としては、それに違いないだろう。日本人の場合、古来では死者の国を“黄泉の国”。はたまた“根の国”と呼んでいたであろう?それと同様、国や文化によって形は異なるが、天国も地獄も“宗教に由来する異なる場所もの”が存在するのは事実だ」

「因みに補足しますと…。十王様が裁判を行っている場所とは地獄でも天国でもない場所になります。故に、世界各国で亡くなった死者の魂が流れ着く。そして、最終判決を閻魔王様が下す訳ですが…そこには、“どの宗教の”“どの天国か地獄”に行くかという向かう先も告げられる事になっているのですよ」

「成程…」

わたしの補足を聞いた櫻間さんが、腕を組みながら感心していた。

「そして、我ら十王が話し合った末で考え付いたのが、“死者に音楽を聴かせる事”だ。最初は当然、死者達の前で直接演奏をさせるという事も考えたが、当然それだと問題は起きやすい。それは…何故だか解るか?」

「生きとし生ける者と死者が直接触れ合うと、生者が死者に惹かれて魂を抜かれてしまう可能性があるから…」

すると、今まで黙って聞いていたジェイダさんが、ボソッと呟いた。

アルバイトの二人が目を丸くして驚いている一方で、泰山王による話は続く。

「ジェイダの言う通り。もちろん実際はそれだけではなく、そんな危険を冒してまで、死者の為に演奏をしようなどと考える輩は現れないだろう…というのが、今件を言い出した五道転輪王の見解だ」

「ですよね…」

その台詞ことばを聞いた百合君が、苦笑いを浮かべながら呟く。

「そこで、近年…主に日本で広がり始めているという“ライブビューイング”なるものに目をつけた。十王われらは人間が生み出した楽器やライブビューイングに必要な機材の製造はできぬが、それらを用意するための金銀ならばどうにかできる。そうして我らは、己の臣下達にスタジオを建てるための場所を調査させ、調査終了後に“資金”という形で金を渡し、スタジオ設営を行わせたのだ」

「そうして最初にできたのが…俺らのいる、アメリカの“タルタロス”って訳か…」

話を聞いていたムラートさんが、不意に呟く。

彼の台詞ことばを聞いた百合君や櫻間さんは、納得したような表情を浮かべていた。因みに、五道転輪王は十王の内の一人で、本地を阿弥陀如来とする王だ。

また、今回の慰労会を行うにあたり、百合君や櫻間さんには、十王それぞれの名前――――――――――――それが、秦広しんこう王・初江しょこう王・宋帝王・五官王・閻魔王・変成へんじょう王・泰山王・平等王・都市王・五道転輪王である事を事前に伝えていたのである。

 二人共変に動揺する事なく話を聞けているようなので、事前に説明した甲斐がありましたね…

わたしは、泰山王の語りを聞きながら安堵していた。


「良い機会なので、お伝えしておきますガ…。君達みたいに、幽世むこうのスタジオで従業員の補助をやっているのは、日本だけなんですよ?」

「そうなんですか!?」

話がひと段落した所で、チウさんが次の話題を切り出す。

すると、百合君や櫻間さんは、目を丸くして驚いていた。

「そうだ!僕ら鬼が十王様より賜わった任務に、人間は邪魔だから…ンガッ!?」

チョンさんが威張る口調で話そうとすると、彼の口に野菜スティックが押し込まれる。

その後、彼に野菜スティックを押し込んだチウさんが話を続ける。

香港うちも含めた他のスタジオでは、ライブビューイング中は現世にあるタルタロスで受付させる事が多いですね。それには、彼が言ったようなデタラメではないちゃんとした理由があるんです。ね、フィリパさん!」

チウさんが、そう告げながらフィリパさんの方を振り向く。

「えぇ。普通の人間が幽世へ向かった際、行ってすぐは問題ないでしょうけど…。少ししたら、体調に異常をきたす可能性が高いのよ」

「成程…。でも、私やたかし君は、もう半年くらいはタルタロスでアルバイトしていますが…。二人共、風邪以外の怪我や病気はしたことないですね」

フィリパさんの説明を聞いているさ中で、櫻間さんがその場で呟く。

「二人にはバイトの初日に軽くご説明したと思いますが…。百合君と櫻間さんは、生身で幽世へ赴いても問題ない数少ない人間なのですよ」

一方で、他の方々の台詞ことばを補足するかのようにして、わたしが言葉を紡ぐ。

「生身で幽世こちらへ赴いても問題ない人間というのは、ある一定以上の霊力を持ちうるらしい。特にこの日本という国では、過去に閻魔王の補佐をしていた人間がいたという実績があるのでな。故に、優喜よりそなたらの話を聞いた際、十王われらはライブビューイングで幽世へ赴く事を許可したのだ」

「それって…もしかして、小野おののたかむらの事…ですかね?」

「さてな…。わたしは、他より伝え聞いた故に、名前までは知らぬ」

泰山王が説明するさ中で、櫻間さんが彼にその“過去に幽世へ赴いていた人物の名前”を確認し始める。

しかし、泰山王もその名前までは知らないらしい。


その後のわたし達は、普段の業務時間ではあまり話さない事を多く語り合った。アメリカやイギリスで過去に訪れた著名人の話や、それに関連するトラブル。従業員である鬼達わたしたちの名前の由来や、百合君達アルバイトの二人が、バイト以外で何をやっているか等、話題は尽きなかった。

もちろん、人間である百合君や櫻間さんには言えないような話は皆が避けていたが、“あまり踏み込み過ぎてはいけない”という暗黙のルールは、二人も何となく理解していたようだ。

 ここ数カ月の中でも、今日は一番「楽しい」と思えた日として、記憶に残るといいが…

わたしは、他の者達と話す中で、そんな事を考えていたのである。

こうして食べ物や飲み物がなくなるくらい慰労会を楽しんだ後、幽世あちらにあるタルタロス経由で、それぞれの居場所へと帰還するのであった。


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