第五章 年に一度の慰労会

第12話 全員集合

「ハロー、優喜!!久しぶりだな♪」

「お久しぶりです、ムラートさん」

10月上旬のある日――――――――――幽世にあるタルタロスにいたわたしは、裏口から入って来た“彼ら”を迎え入れる。

ムラートという黒人男性は、わたしの顔を見るなり、挨拶の抱擁をしてくる。

 相変わらず、引き締まった筋肉していますね…

わたしは、彼のゴツゴツした胸板の感触を覚えながら、少し呆れ気味に感じていた。

「…ジェイダさんも、お久しぶりですね」

ムラートさんから離れると、その視線の先には金髪でミディアムロングの長さを持つ女性が立っていた。

「久しブリ…」

わたしと視線の合ったジェイダさんは、ポツリと呟くと、その場で軽く会釈をする。

この日はライブビューイングがない日であり、かねてより決まっていた慰労会の当日を迎えていた。また、今回は東京こちらのスタジオが慰労会の会場につき、コミュニケーションは日本語で統一されている。そのため、今会ったアメリカスタジオの従業員であるムラートさんとジェイダさんも日本語を話しているのである。

「イギリスや香港の従業員やつらは、到着しているのか?」

「アンドレアさんとフィリパさんは先に到着したので、現世むこうへ向かって頂いています。そして、香港の三金シェンチンさんと潔蘭ジーランさんは、十王の方をお迎えしてからいらっしゃるそうですよ」

「成程…。今回は、香港の二人が十王様の誰かを迎えに行く順番…」

わたしが説明する一方で、ジェイダさんがポツリと呟いていた。

「十王は誰が来るかわからねーが…。いずれにせよ、今日は仕事ではないから気楽に楽しくやるしかねぇカ!」

ムラートさんは、笑顔を浮かべながらそう述べる。

実は、彼らがスタジオの裏口からタルタロスに入って来たのと、わたしがこの場所にいるのにはちゃんと意味があるのだ。日本以外の従業員は、自分のスタジオから幽世にあるタルタロスまでおりてくる事は可能だが、そこから別のスタジオへ向かう場合は、そこに所属するじゅうぎょういんの許可がないと行く事ができないのだ。そのため、慰労会を行う際は例年、会場担当の従業員が幽世のタルタロスに赴き、後から来る従業員を迎える必要があるのだ。

また、末若さんは現世あちらのタルタロスにて、アルバイトの二人と一緒に慰労会という名のパーティー仕度を行っているため、この場にはいない状態である。

「日本のアルバイトの人間…どんな子かな…?」

「二人共、礼儀正しい子達だと思いますよ。仕事もちゃんとやってくれますし」

すると、ジェイダさんが百合君や櫻間さんの事を話題に出したため、わたしは彼らの顔を一瞬浮かべてから、今のように答える。

 相変わらず、“動と静”で見事な違いっぷりですね…

わたしは、自分より背の高いムラートさんと、自分とほとんど身長の変わらないジェイダさんを見つめながら、そんな事を考えていた。他のスタジオもそうだが、このタルタロスの従業員に選ばれた鬼は、ほとんどが性格や外見が真逆の組み合わせが多い。

何を意図してこのように決められたのかは不明だが、不思議と問題なく業務もできているため、組み合わせの意図は詳しく考えないようにしている。

「では、東京スタジオへのぼる事を“許可”しますので、先に向かっていてください。わたしは、残りの面子を出迎えなくてはいけないので…」

「オッケー!じゃあ、優喜。また後で」

「はい。後ほど…」

わたしがそう告げた後、二人は再びスタジオの裏口から外へと向かい始めるのであった。


さらに、そこから数分後―――――――――――

「優喜さーん!お久しぶりですネー♪」

片言の日本語を口にした女性が、幽世のタルタロスに入ってくる。

「お待ちしておりました、潔蘭ジーランさん。十王の方もいらしてますかね?」

「はい!今、チョンさんと一緒に来ていると思いますヨ」

わたしに気が付いた女性は、十王の事を述べていた。

「今日は人間のアルバイトさんもいるらしいですが…物好きですね。私達のような者と食事をしようとハ…」

「以前に香港にあるタルタロスで慰労会が行われた際は、アルバイトの人間はその場にいらしてなかったですしね」

わたしは、今から何年前か覚えていないくらい昔の話を持ち出す。

それを聞いた潔蘭ジーランさんは、首を縦に頷いて同調していた。

「時代と共に、そなたら鬼への認識が変わりつつあるのかもな」

「これはこれは…」

すると、潔蘭ジーランさんの後ろで聞き覚えのある声が聞こえてくる。

わたし達は声のあった方を振り向くと、そこには人間の顔を持つ杖を持った青年が立っていた。

「今年は、泰山王様でしたか。はるばるご苦労様です」

その姿を確認したわたしは、手を前に当ててお辞儀をした。

 まだ、“まとも”な十王かたでよかった…

首を垂れる一方、内心でわたしは少しだけ安堵していたのである。

泰山王とは、薬師如来を本地とした十王の一柱。また、人間界では“泰山府君”とも呼ばれ、陰陽道の主祭神としても祀られている神ともいえる。外見は20代半ばの青年に見えるが、実際はタルタロスの従業員である鬼達わたしたちより永く生きている存在だ。

「おい、優喜!この僕・チョン 三金シェンチンを忘れないでもらおうか!」

「あ、チョンさん。久しぶりですね」

すると、泰山王の後ろにいた小柄な青年の声が聞こえたため、わたしは飄々とした態度で挨拶をする。

女性である潔蘭ジーランさんがわたしより背が低いのはわかるが、男性であるチョンさんは、その潔蘭ジーランさんよりも低い体型の男性のため、どうしても外から見ると見下しているように見えてしまうのである。

 最も…鬼としてのキャリアは、わたしの方が上なので、いばりたいのはわたしの方ですがね…

わたしは、彼を一瞥した際にそんな事を考えていた。

「では、泰山王様もいらした事ですし…。東京のスタジオへ向かうとしますか」

わたしは、少しため息交じりで今の台詞ことばを口にする。

それを皮切りに、わたし達は動き始めるのであった。



「さて!皆さん、グラスの方はちゃんとあるかしら?」

それから数十分後―――――――――――片手にビールの入ったグラスを持った末若さんが、その場にいる全員を見渡す。

あれから現世のタルタロスに向かったわたし達は、スタジオ内にあるスタッフルームにいた。また、今日は慰労会の事は告げていないが、臨時休業としているため、スタジオに来る利用者ユーザーはいない。しかし、タルタロス以外の場所を借りて行う訳にもいかないため、完全にスタジオ内で慰労会を行うのが、例年の決まり事となっている。

また、今回乾杯の音頭をとるのは、末若さんと事前に決めていたのであった。

「では、年に一回の慰労会という事で…。今日は業務の事も忘れて、限度を超えない程度に飲んで食べて、楽しみましょう!乾杯!!」

「乾杯―!」

末若さんがグラスを持った手を突き出して、乾杯の音頭を発する。

その後、隣の人や向かいにいる人同士でグラスを鳴らし、飲み物を口に運んでいく。

「そうそう。今の内に、ご紹介しておきますね」

わたしがそう告げた後、百合君や櫻間さんにアイコンタクトを取る。

「左手側にいる男の子が、アルバイトの百合 たかし君。そしてその隣が、櫻間 風花さんです」

「ご紹介いただきました、百合です。タルタロスの従業員みなさんが一堂に会する事って早々ないと思いますが、宜しくお願いします」

「同じく、櫻間です。私も、貴重なイベントに参加させて戴いて嬉しいです!宜しくお願い致します」

わたしが軽く紹介をすると、彼らはすぐに自身も話し出す。

噛まずに言えていたが、若干声音が震えていたので、多少緊張していたのはすぐにわかった。

「じゃあ、この流れで貴方達も自己紹介しちゃえば?」

「あぁ!それいいな!そうしようぜ!!」

末若さんが粋な提案をしてくれたため、ムラートさんを始め、他の従業員達も賛同してくれたのである。

「じゃあ、米国おれらからでいいか?」

「えぇ、お願いします」

ムラートさんの視線がわたしの方を向いていたので、わたしは笑顔で自己紹介をするよう促す。

その後、彼は一度だけ咳払いをしてから口を開く。

「俺は、ムラート・メイソン・デニー!アメリカのニューヨークにあるタルタロスで従業員をやっている。鬼としては体術が元々得意なこともあって、タルタロスの業務の傍ら、格闘技も少しかじっている。よろしくな!」

「私は、ジェイダ・ポブレット・ナル。この馬鹿ムラートが何かしでかした時、フォローしている事が多いかな。…よろしく」

ムラートさん元気よく名乗る一方で、ジェイダさんはボソボソ呟くような自己紹介をしていた。

この時、いつも笑顔を絶やさなかった百合君の表情が、少しだけ呆気に取られたような表情かおになっているのを、わたしは見逃していなかったのである。そんなわたしの視線に気が付いた百合君は、すぐに視線を下に向けてしまう。

「えーっと…。次は、英国わたしらかな?…えっと、百合君ははじめましてかと思う。私は、フィリパ・ヘザー・カルティよ。鬼としての云々は、人間界でいうと優喜と“同期”ということになるかしら?よろしくね!」

「僕は、アンドレア・K・スローン。立場的には、亜友未さんと“同期”にあたるかと思います。宜しくお願いしますネ」

その後、笑顔を浮かべながら、イギリスの二人が自己紹介をする。

尚、“百合君がはじめまして”というのは、以前にフィリパさんとアンドレアさんが来日して、東京ここのタルタロスに訪れた際、彼だけが体調不良でバイトを休み、会う事ができなかった事から言える台詞ことばだったのである。

「じゃあ、次に…香港のお二人。そして、泰山王も、お手数ですがお願いします」

わたしはにこやかな表情をしながら、香港の二人と十王に自己紹介を促す。

「仕方ないな…。おい、人間!一度しか言わないから、よく覚えておけよ!!」

「はぁ…」

チョンさんの台詞ことばを聞いた櫻間さんが、少しだけ瞳を細めていた。

「僕の名は、チョン 三金シェンチン。香港の“タルタロス”で従業員をしている、この人間界でいう“エリートの”鬼という事だ!覚えておけ!」

「あー…彼の高飛車な態度は、スルーしてください!私も、三金シェンチンと同じ香港の従業員スタッフをやっているチウ 潔蘭ジーランです。呼び方は、潔蘭ジーランで大丈夫です!」

偉そうな口調で自己紹介をするチョンさんとは違い、チウさんは話しやすい口調で自己紹介をしてくれたのである。

「では、最後に十王様。お願いします」

「うむ」

わたしが泰山王に促すと、それに応じるようにして首を縦に頷いてくれた。

「この人ならざる者だらけの慰労会に来る人間は、随分久しいと思ったが…。わたしは、こやつらをまとめる十王の一人・泰山王だ。あまり会わないかもしれんが、よろしくたのむ」

泰山王様が自己紹介をしている間、百合君や櫻間さんはどこか緊張した面持ちで聞いていたようだ。

「では、自己紹介が終わった所で、食べましょう!暖かい物などは、冷めないうちにめしあがってください!」

わたしがそう告げると、皆が待っていたかのように一斉に食べ始める。

楽しさと若干の緊張を伴いながら、慰労会という名の立食パーティーが開始されるのであった。


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