第5話 ”義務”を怠るとどうなるか

「くそっ…俺を、誰だと思っていやがんだ!!」

「きゃっ!?」

「わっ…!!」

私が向かった先で、明らかに不機嫌そうな表情かおをした中年男性の声が聞こえる。

その男はスタジオを出てゲートへ向かおうとしている死者かんきゃくを、無理やり掻き分けて進もうとしていたため、何人かの悲鳴のようなものが聴こえた。

「ちょっと、そこの中年男性ひと!!」

追いついた私は、件の男に声をかける。

「はぁ?なんだ、お前は」

私の方に振り向いたその男は、明らかに不機嫌そうな表情をしていた。

一方で、タルタロスの常連・・となってきている一部の観客達ひとたちは、“私”という存在が現れた事を悟り、その場から離れたり、身を隠そうとしていたのである。

「この“タルタロス”へ入る前に、諸注意が書かれた看板を読んだはずです。それなのに、感想を書かずに出ていこうとするのは、何故ですか?」

私は、最初は相手を刺激しない程度の口調で、理由と問いかける。

視線の先にいる中年男性の死者は、50代くらいの中年で下腹が出ているような、不健康そうな人物だ。その割には、ある程度身なりが整っていると思われる。

因みに、死者がこの三途の川付近にあたるタルタロスにたどり着いた際は、皆が現世で死を迎えた時に着ていた服を身に着けている。例えば、交通事故で即死をした人間は、その時現場で来ていた衣服のまま、この場にたどり着く事となるのだ。

「ライブビューイングだが、この阿呆あほ昌久に曲を聴かせてくれるというから聴いてみたが…。こんな訳のわからん曲なんかのために、無駄な時間を使いたくないんだよ!!」

少し苛立った表情かおをした阿保という男は、私に対して言い放つ。

 唾を飛ばすなっての…。にしても、このでかい態度は、どこかの社長さんや役員みたいなおっさんという所かしら?

を細めながら、私は男を観察していた。

 この男はジャズをほとんど知らないと思われるけど…。もし、今の台詞をST Jazzの面子が聞いたら…

一方で、今の台詞ことばを利用者であるST Jazzの面子が聞いたら、激怒するであろうことも考えていたのである。

私は、軽い溜息をついた後に、再度口を開く。

「あんたが何者だろうかは、どうでもいいけど…。このイベント、一応は生者が死者に対するボランティアの意味も含んでいるのよね…。その厚意も無視して、書くつもりはない…。それで、本当にいいのね?」

「な…何を言ってやがる…?」

私が強気な口調で顔を近づけたのもあり、阿保は少し後ずさりをする。

しかし、我に返った男は、すぐに強気な口調に戻った。

「●●社の社長である俺が何故、一般人の言う事に従わなくてはいけねぇんだよ!?」

「…じゃあ、書いてくれる気はなし…って事ね。解ったわ」

相手の返答を聞いた私は、更に大きな溜息をつく。

そんな私の動作に気が付いた一部の死者かんきゃくは、男の方に哀れみの視線を向け始める。


「…だそうですよ。閻魔様」

「んっ…!!?」

私の台詞を聞いた阿保は、目を丸くして驚く。

それは彼に限らず、その場にいる全員が目を丸くして驚いていた。

私の声が周囲に響いた後、上空には巨大な人影が複数映っていたのである。

「なななっ…!!?」

驚いた阿保は、その場で尻餅をついていた。

『末若よ。ご苦労だったな』

「日本人で、“こういう奴”は久しぶりですよね?」

巨大な人影の内、はっきりと姿は見えないが聞き覚えのある声の主に対し、私は話しかける。

『閻魔様。あの者の浄玻璃鏡確認は、今完了しました』

『あの者の発言も確認しましたので、沙汰を出しても良いでしょう』

『うむ…』

すると、他に見えていた二つの人影も話し出す。

『では、判定を下す』

「なっ…!!?」

閻魔王の口からその台詞ことばが出た途端、阿保の表情が青ざめていく。

彼を含め、その場にいる全員が、上空に見える人物が何者かを悟ったのだろう。

『阿呆昌久。そなたは生前、自分の会社経費を無断で流用し、私腹を肥やした罪。そして、此度の一件で妄語(=嘘)の罪が加わり、大叫喚地獄へ送還する事を決定する』

閻魔王がそう言い放つと、タルタロスの周囲で、テレビの画面が消えたような音が一瞬響く。

「…っ…!?」

その後、現れた存在を目にした阿保は、全身に鳥肌が立っていた。

音と共にその場に現れたのは、頭が金色で赤い服を着た巨大な存在―――――――人間の間では獄卒と呼ばれる者が2人現れた。

「じゃあ、君達。そのおっさんの連行をよろしくね!」

『承知した』

私は、満面の笑みを浮かべながら、現れた獄卒に声をかける。

すると、無表情ではあるが、応えてくれた。

「ひぃぃぃぃっ…!!」

阿保はその場から逃げ出そうとしたが、それはできなかった。

というのも、動き出そうとした瞬間に、獄卒によって首を掴まれたからである。

「いやだぁぁぁぁっーーーー…!!」

獄卒に捕まった男は、半べそをかきながら、その場にいる死者かんきゃくに手を伸ばそうとする。

しかし当然、彼を助けようとする者は一人としていなかった。

そうして連行された阿保は、二人の獄卒と共に何処へと消えてしまうのである。


男がいなくなり、その場に残っていた死者達は、茫然としていた。ただ一人を除いて―――――――――――

「はい。今、この場にいる皆さん。今回は特別に、今先程何が起きたのかをお伝えしておきます」

私は、死者達に向かって大声で告げる。

「先程連行された男は、“看板の注意書きを読んだにも関わらず、義務である感想を書く事を怠った。その一部始終は常に、皆さんも知っているであろう地獄の閻魔大王が遠方より聴いていて、彼の発言と生前に行った事を確認できる浄玻璃鏡を使用した上で、今回の大叫喚地獄へ連行される事が決定しました」

そこで一度区切りをつけると、周囲がざわつき始める。

「ってことは、さっき姿を確認した二人は…?」

「あれだ!閻魔大王を補佐する、司録と司命しみょうだろ…!」

死者達の中で、そのように呟く声がいくつか聴こえてくる。

「因みに、彼らはライブビューイングの時は視ていないので、そこは変に身構えなくても大丈夫です!看板に書いた通り“危険リスクがある”というのは、感想を書く事を怠ると、先程の阿保という男のように、地獄へ強制連行される可能性がある事を意味します!よって、くれぐれも“聴き逃げ”はしないように注意してくださいね!」

死者達にそう告げた後、私はスタジオの方へと戻っていく。

その後、その場にいた死者達は、あまりに強烈な光景を目にしたせいか、しばらくの間茫然としていたのである。



「それにしても、相変わらず威圧感の感じる声でしたね!」

片づけが終わり現世に戻った後、たかし君が感じていた事を述べる。

「具体的な仕組みは教えられませんが、閻魔王や司録と司命しみょう幽世あちらのスタジオ一帯に声が響くような道具を使用しています。故に、スタジオ内で片づけをしていた百合君にも、彼らの声が聴こえるという訳です」

すると、優喜が少し補足をしていた。

今はというと、私と優喜。そしてたかし君の3人が、スタッフルームで談話をしている。最も、23時で勤務終了のたかし君は、帰る仕度をしながら口を動かしている状態だ。スタッフルームにある時計の時刻は、23時30分を回っていた。

「零崎さん!」

「おや、櫻間さん。Dスタジオの利用者はもう、帰られましたか?」

その後に扉が開き、風花ちゃんが顔を出す。

彼女に対して優喜が問いかけると、風花ちゃんは首を縦に頷いていた。

「では、そろそろ閉店の準備をしてきます。百合君、お疲れ様でした!」

「はい、お先に失礼します!」

たかし君にそう告げた優喜は、足早にスタッフルームを出ていってしまう。

 さて、私もこの辺の片づけでもしようかしら…

皆が動き出したのをきっかけに、私もその場から立ち上がろうとする。

「では、末若さん!お先に失礼します!」

「お疲れ様―!」

また、帰る準備を終えたたかし君も、私に一声かけた後にスタッフルームを後にする。

気が付くと、スタッフルームには私一人になっていた。

 今頃、獄卒に連れて行かれたやつは、熱湯の大釜や猛火の鉄室に入れられて熱い想いをしているのでしょうけど…

私は歩きながら、この日に“違反”をした死者の事を考えていた。

「そんなの、自業自得よね」

私は、その場でクスッと笑いながら、独り言を呟く。

普通の人間であれば、“同情”なる感情が芽生えていただろうが、私と優喜は違う。また、立ち位置的に自分達が死者を地獄へ叩き落すような状態ものではあるが、後ろめたさも何もない。

人間からすれば“無感情”と思われる私ら鬼だが、そんな自分達でも楽しむ事ができる辺り、音楽は人種を超えた偉大さを、この夜は少し感じていたのである。

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