第3話 松竹梅(ショウチクバイ)

 朝、起きると朝食が用意されている。

 父が成人する頃、雇われた『タケ』は朝倉家の家事の大半を任されている。

 産まれた時から僕の身の回りの世話は、ほとんど『タケ』がやってくれていたらしい。

 両親が何をしているのか僕は知らない。

 とりあえず家には居ないものだと思っている。

 無駄に広い屋敷に侍女3人と暮らしている僕には家族と呼べるのは何年か会っていない両親より彼女達の方がしっくりとくる。

 実質、あるじ不在のこの家を護っているのは、この3人の侍女だと思う。

 陰陽師を始祖に持つ、この特殊な家を…。


 彼女達には『夜叉丸』は見えている。

 特に恐れてはいないし『夜叉丸』も彼女達に牙を剥かない。


 僕は知らないが、おそらく彼女達も特殊な家系なのだろうと思っている。

 別に聞きもしないが、一番、若い『ウメ』は20代半ばだと思うが、何でも完璧に熟す、家政婦とは一線を画している。

 あるいは、この家に仕えるために育てられているのかもしれないとさえ思う。


「ユキさま…お話が…」

『マツ』が僕を彼女の自室へ呼んだのは、朝食の後すぐだった。


 60を超える彼女の部屋は質素で余計な物のないホテルのような生活感の無い部屋だった。

「ユキさま、先日の件でございますが…御学友のについてですが」

 マツは僕にお茶を出しながら話を始めた。

「事件性は無いとのことでしたが…不審死には違いありません、刑事も裏で動くでしょう…まぁ何も解らないでしょうが」

 僕は出されたお茶を一口飲んで受け皿に戻した。

「ユキさま、夜叉丸をちゃんと使役できねば、アレは抑制の利かぬまま人を殺め続けます」

 僕にしてみれば迷惑な話しだ。

 望んだわけでもない、産まれた時から隣にいた獣、懐くわけでもなく僕の感情が高ぶると対象を殺める迷惑な不可視の獣。

「そろそろ使役の仕方を学ばなければならないかと思ってましたが…良い機会かと思いまして…」

 マツは、僕が刑事に目を付けられたことを心配していたのだと思う。

 彼女は中学校の紹介をしてきた。

「ここに通いなさい…古くからの知り合いが理事を務める学校です、朝倉の御家事情も存じている方ですので心配はいりません、その方から『夜叉丸』の使い方、朝倉の家の事もそこで学べるでしょう」

 この家では僕の意見などない、すべては決められている。

 誰が望んだ?

 この広い牢獄での生活など…。


 それから数か月…


 僕は小学校を卒業した。

 中学生になった僕はマツの決めた中学校へ通うことになった。

 家を出て、中学校に隣接して建つビルの一室が僕の新しい部屋になった。


『アークエンタープライズ』

 日用品からミサイルまで取り扱う多国籍企業の医療研究所。

 そこが僕の家となって、3ヶ月が過ぎていた。


「行くわよユキ」

「今度は何処へ行くんですかビクニさん」

「N県よ、ヘリで行くから数時間で到着するわ」

「そうですか…でも、僕が行っても…」

「見習い封魔師に期待なんてしてないわ、自惚れないでね、最低限、現場を混乱させなければソレで問題ないわ」

 嫌味でもなく、冗談でもない、ただ淡々と言われると、実は一番キツイのだ。

 この女性は、そういうことを、まったく気にしない性格だ、この半年で理解はしている。

(自惚れるほど…何かした記憶なんかないよ)

「急いで!!」

 ノソノソと支度するユキを急かす『ビクニ』と呼ばれた女性、年齢は30手前とびきりの美人ではないが、長身スレンダーで整った顔、表情は乏しいようで言動も含め、どこか冷たさを感じさせる。

「すいません、どうも、この封魔師の服着にくくて…」

「そう、慣れなさいとしか言えないわ」

(そうでしょうよ…)




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