ジンギ、発現!

「グヘヘヘ。まだ生き残りがいやがったぜ」

 森から現れたのは、緑色の皮膚をした、血色の悪いゾンビ共だった。


「こいつらがグール?」

「そうだよ。魔法を使うタイプもいる」


 敵は三体である。

 前衛が二体、片方はみすぼらしい剣を、片方は小型の杖を所持していた。

 後衛のグールは他のモンスターと違い、オークが素体のようだ。

 豚のような顔の半分が、焼けただれている。


「うへえ」

 放つ異臭は凄まじく、同タイプのゾンビであるはずのオレも吐き気を催す。


「よくみると、随分カワイイじゃねえか」

 オレたちをなめ回すように視線を動かしながら、グールが語り合う。

「グヒヒ。食うだけじゃなくて、楽しませてもらおうじゃねえか」

「それがええ」

 一番後ろのデカイグールが、舌なめずりをする。


 どうやら、こいつらはオレたちを弄ぶ気だ。


「でもダンナ、相手は男の子っぽいぜ。趣味悪くね?」

「それがええ。尊い」

 グール同士で、アブノーマルな会話が始まった。うげええ。


「迎え撃つしかないね」

 そう言いつつ、カミュは後ずさる。


「どうした?」


 カミュに声をかけた途端、彼の膝が折れた。

「聖杯の力を行使する際には、膨大な魔力を消耗する。回復するにはまだ時間が掛かるんだ。だから」

 カミュは、オレの側に寄り添う。


「キミの力を見せてくれ」


「無茶だ。オレは、最下級のアンデッドなんだろ?」

「大丈夫。手は打ってある」

 

 オレの背中に、カミュの手が触れた。

 女性を思わせる、柔らかくて温かい手が。


「うおおおおおお!」


 背中が熱い。まるで炎を背負っているかのよう。

 オレを焼き尽くさんばかりに、熱が全身に広がる。


「なんだこれ、どうなってやがる?」

「キミに眠っていた力を呼び覚ましたんだ。ビシャモン天の力を!」

 ビシャモン天、だと?


 カミュからそう告げられた瞬間、オレの脳に、ひと柱の神が降臨するのが分かった。


「叫ぶんだ、トウタス! 頭の中にある言葉を!」


 カミュの言葉を、オレは瞬間的に理解した。

 頭に浮かんだ文字を唱える。


神技ジンギ 剛毅ごうき ビシャモン!」


 オレの中に眠っていたビシャモン天が、目を覚ました。

 ほんの少しだけ、力を与えてくれるようだ。


 いける。身体が勝手に判断した。


 ぶちのめせる。この力があれば。

 オレの両親を殺しやがったコイツらを。

 

 怒りが沸騰し、ビシャモン天に力を与えているのを、肌で感じ取った。


「やっちまえ!」

 ただならぬ気配を察知して、グールが剣を振るう。剣使いの後方から、魔法も飛んできた。


「ぬううん!」

 オレは背中から拳へ、ビシャモン天の力を移動させた。

 グールの剣を、魔法もろともパンチで弾き飛ばす。


 風圧だけで、グールがはじけ飛んだ。

 あっという間に、二体のグールが灰燼と化す。


「これが、オレの力か」

 

 亀の甲羅を模したラウンドシールドが、オレの手に収まっていた。ウミガメの成体ほどはあるだろうか。魔力の光で構築された、攻防一体の甲羅だ。


「亀は、ビシャモン天の持つ秘宝の一つさ。キミは自らが崇拝していたビシャモン天の力をほんの少しだけ借りたんだ」

「どうして、そんなことができる?」


「この世界は、キミの元いた世界より、世界中の神や悪魔との距離感が近いんだ。ほんのわずかな差だけどね。その差のおかげで、キミら人間にも、神や魔物の力を行使できる」


 怯えたブタ顔グールが、ブルブルと身体の脂肪を揺らしながら突撃してきた。


 さしもの絶対防御でも、あの重量は無理なのでは。

 ビシャモン天も、この体格差をカバーできるわけが。


「ひるむなトウタス! キミならできる!」


 カミュの言葉を背に受け、オレは甲羅で応戦した。

 渾身の右フックを、オークに見舞う。

 

 オークは空の彼方へ吹き飛び、破裂した。


「やったね、トウタス」


 自分でも、信じられない。

 こんな力が、自分の身に宿っているなんて。


 もし、この力が、かつての自分にあったなら、抗争を止められたかも知れない。

 樺島かばしま 尊毘とうたすの時代に。

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