お控えなすって!

 だが、待て。

 ゾンビって普通、自分の意思なんてねえよな?


「その割に、自我はあるが?」


「意識まで征服しようと思えばできたけどね。それだと柔軟な対応が難しくなるんだ。意思決定もボクがやる必要があるから」


 カミュの笑みを見て、オレは再び思考の沼に入る。本当にコイツは男性なのか、と。


「あんたが、オレを生き返らせてくれたわけだな」

「飲み込みが早いね。もっと混乱するかと思ったけど?」


 この手の「異世界モノ」における知識は、それなりにあると自負している。姐さんからレクチャーされているしな。


「いや、いいんだ。それより」


 オレは中腰になって、膝を折る。片手を腰に、もう片方の手を差し出した。


「お控えなすって、わたくし、トウタス・バウマー。またの名を、田島組若頭・樺島かばしま 尊毘とうたすと申します。ちったあケンカの腕に覚えがありまして、誰が呼んだか、『田島の毘沙門』とまで呼ばれるように相成りました。ですが今ではすっかり幼い身体になりまして。再びお天道様の下に顔向けできるようにしていただいたご恩、この貧相な身体なれど、お役に立てておくんなせえ!」


 オレが仁義を切ると、カミュ少年はオレの手に自分のたなごころを置く。


「う、うん。分かったよ。見た目に反して硬派なんだね、キミ」

 苦笑いを浮かべ、カミュ少年はポツリと、「とんでもない人物の魂を呼び覚ましてしまったなぁ」と呟いた。



「キミは、異世界から来たんだね?」

「へい。そのようで」

「驚かないんだね?」

「姐さんのおかげで、知識は豊富でござんす」


 向こうの世界で世話になった姐さん・組長の娘さんは、この手の「ふぁんたじぃ」に詳しかった。なので、異世界の勝手は大体分かる。


 また、トウタス少年だった頃の知識があるので、この世界の金銭、政治、宗教などは頭に入っていた。

 この村での知識しかないが。


言語も、こっちの世界風に変換されるらしい。


「なら、特に問題ないか。あと、口調は無理しなくていい。ボクはこう見えて一〇〇歳以上生きているけれど、見た目は同い年なんだし」


「よっしゃ。で、何をすればいいんだ?」

 普通の口調に戻し、オレはカミュに問いかける。


「とりあえず逃げよう。キミに何が起きたか話す」

 オレは、村の西側へ急ぐ。


 あそこは墓地だ。人の出入りは少なかろう。

 人が隠れているなんて思われない。

 森にも近くて、近所の街へ抜けられるはずだ。


「キミの土地勘に任せよう」

 カミュは、オレの後を追う。


「で、ゾンビ化って言っていたが、具体的にオレはどうなった?」

 火が蔓延しているが、汗をかかない。

 オレの身に何があったのか。


「身体が、ゾンビ化したんだ。アンデッドの最下級に」

 カミュが、懐から黄金に輝く杯を取り出した。


 柄は蓮華の花を思わせ、形状は亀の甲羅に似ている。

 グラスではなく、和風の小皿状だ。


「これは『万年蓮華の杯』と言ってね。自分の血をこの杯に注いで飲ませると、対象の体に神通力を宿せるんだ。死ぬ間際の人間を蘇生させる効果もある」


 ゾンビと言うが、オレの身体は生前のままである。これも、杯の効果らしい。

 腹にできた穴も、いつの間にか塞がっていた。


「ボクの先祖が、世界中の神格と親しくてね。ありとあらゆる調度品を譲ってもらっていた。ボクはそれらを受け継いだんだ」

「なぜ、オレだった?」

「こう見えてボクは魔王でね。でも、自分の兵隊が戦で負けてしまって。勢力を復活させる為に兵隊を集めていたんだ。トウタスだけが対象ってわけじゃなかったんだ」


 仲間を探していたのか。


「じゃあ、あんたが村を襲ったわけではないんだな?」

「とんでもない。ボクが駆けつけた頃には、あんな風になっていた。キミが唯一の生き残りだったけれど、間に合わなかった」


 なぜか、急にカミュがオレから視線をそらす。


「聖杯で、ボクの血を飲ませるつもりだったんだけど、血がノドを通過してくれなくてね、仕方なく」

 照れくさそうに、カミュがオレを横目で見た。


「く、口移しで」


 OH……。

 オレのファーストキスが、殿方とは。


 姐さんに聞かれなくてよかった。絶対に新刊のネタにされる。


「つまり、ボクのせいでキミは、ゾンビになっちゃったんだ。まともに助けられなくてゴメン」

 カミュは伏し目がちになる。


「とんでもない! こうしてまた生き延びることができたんだ。死んでるけどな。恨んじゃいねえよ」


「でも、アンデッドって制約が厳しいよ。日中出歩くと目が痛いし」

 それは辛いな。


「ゾンビって人を食うか?」

「それはグールだね。大丈夫。キミは普通の食事が取れるタイプだよ。そこまで人間をやめてない」


 それはよかった。ならば、カミュを襲う心配もなかろう。


「ああ、くそ」

 偶然、「バウマーの家」を横切る。家の中で無残に横たわっているのは両親だ。


 思わず、足を止めてしまう。

 見るな、と頭が叫んでいるのに、視線を外せない。


「急ごう。まだ敵がいるかもしれな――伏せろ、トウタス!」


 カミュの声に反応し、オレは身体をスライディングさせる。


 火の玉が三つ森の奥から飛び出し、オレの家に直撃した。

 火の手はオレをあざ笑うかのように、木の壁をなめ回す。

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