MosaicHero have come

リューガ

「俺は近接戦しなきゃいけないんだ! 」


 ハテノ市は日本海側にある涯能半島の先端にある。

 怪獣産業や異能力教育が盛んな、人口約1万4千人の街。

 ヒーローとも呼ばれる怪獣狩猟・販売の最大手、ポルタ・プロークルサートル《PP社》の本社がある。


 その日は、秋晴れの暑い日曜日だった。

『宇宙船落下警報。宇宙船落下警報。

 こちらは、ハテノ市警察署です――』

 上空に渦巻く黒い雲。

 申請のない異世界への門、ポルタが開いている。

 しかも中心市街地の200メートルと言う、ありえない低さで。

 落下物も確認され、避難を促す市内放送と、パトカーのサイレンが途切れることなく続く。


 たくさんの人、超常の能力、異能力を持つ人もいる。

 そして姿かたちの異なる宇宙人や異世界人がいる。

 ここでは、当たり前の光景。

 おびえた表情ではなく、人生を楽しむ表情ならば。

 彼らが今、警報に追い立てられ逃げていた。


 小学5年生の児童、久保田くぼた 篤史あつしも、その中にいた。

 何の異能力もない無能力者ノーマル

 ただし、赤い全身を覆う装甲とパワーアシスト機能を持つスーツを着ていた。

 アプラーマー。

 スマホアプリから超常物質ボルケーニウムを取りだし、装着される民間向け防護服。

 短距離の飛行能力や、受けた衝撃や熱、光などを自分のエネルギーに変える機能さえある。


 久保田少年は放送を聞き、落下物が気になった。

 そして空を見上げた。

 偶然目に入ったのは、街で一番高いビル(と言っても5階だて)。

 その屋上に、人を見つけた。

 それがアンネシュ・ウトサワーだった。


「ここは危ないですよ」

 久保田少年は、ジェットパックで屋上に飛び乗って、そう声をかける。


 いたのは、メガネをした冷静そうなたくましい男。

 レーザー銃を、手持ちの機材で一眼レフカメラの形にしていた。

 ウトサワーは、人と会話するのは5年ぶり。

 この時、彼は大きくのけぞり、「俺は怪しい者ではない! 」と叫んだ。

 遠く離れ星の知的生命体が、地球人とそっくりで、日本語で話す。

 一見すると不条理。

 しかし、宇宙モデルの研究により、その理由がわかっていた。

 それは、まず未来があり、それが過去に影響するという宇宙モデル。

 これを概念宇宙論と言う。

 つまり、未来において日本語という概念が存在するから、過去の世界でそれを手にする知的生命体が日本の他にいてもおかしくない。という事だ。


 久保田少年は話し続ける。

「ここはもう、警察とヒーローしか入っちゃダメですよ」

 その時、衝突音が隣りのビルから響いた。

 アプラーマーと同じ形。しかし灰色のPP社で広く使われているパワードスーツ、ドラゴンマニキュア。

 灰色の装甲のヒーローが、着地に失敗して10メートルほどすべったのだ。

 この時は、2人で笑った。


 久保田少年は、これはチャンスだと考えた。

 そして、自分の中にはもう一つチャンスが有るとも。

「事情を話すなら、今がチャンスですよ。何せ」

 マスクを外す。

 その下から現れたのは、モザイクで覆われた顔だった。

 テレビなどで、映像にかぶせて何が映っているのか分からなくする、あれだ。

「僕は今、何者でもない」

 ウトサワーは、再びのけぞった。

 そして一言、「かわいい」とつぶやいた。


 少年は、まず説明から始めた。

「この街には、ボルケーナという珍しい、すごい力を持っている女神の怪獣。神獣がいます。

 こんな姿の」

 スマホで撮った動画を見せた。

 

 全身が赤い毛皮で、つきだした口。

 身長は1メートルくらい。

 尻尾が長く、1メートル以上ある。

 背中からは2枚の白鳥のような翼が生えている。

 そんなユルキャラとしか言えない生き物が、かごを持ち、道を歩いている。

 そして、PP社の社長夫人でもある。


「おもしろい顔でしょ。動画投稿サイトに、みんなに見せびらかそうとしたんです」

 ボルケーナは、スーパーに買い物に行く途中だった。

 当然ながら怒った。

 罰は、高級喫茶店で、ケーキとコーヒーをおごらせる事。

 久保田少年は、逆らえない自分を恥じて叫んだ。

「仮にも子供の愛と自由を守る悪ガキが、こんなことでいいのか!? 」

 その時ボルケーナが手から放ったのが、顔をモザイクにするビーム。

「悪ガキ権への配慮である! 」

 ボルケーナはそう言って、店のすべてのケーキを平らげようとする。

 しかし、店員から止められた。

「今日あたり、お得意様が来そうな気がするんですけど」

 それでも食べようとするボルケーナ。

 そこに、お得意様がやってきた。

 ゴリラのごとき、筋肉がたくましい男性だった。

 ボルケーナは、おびえて飛びだした。

 ちなみに、買い物は再開した。

 普段は買わない最も高級なシャンプーを買った。

「僕はお金を払ったあと、のんびりと彼女を探していたわけですよ」


 ぼうぜんと聞き入るウトサワー。

 だが話を聞き終えると、話しだした。

「俺は、ルフルム星籍の宇宙巡洋艦、アテリーシン号の艦長、アンネシュ・ウトサワー。

 自分で名乗ってるんだがね」

 今から15年前。

 ルフルム星は戦争をしていた。

 地上から海底、宇宙まで巻き込んだ、激しい戦いだ。

 そこでアテリーシン号は、あまりに無謀な戦いに参加する。

 敵のわなにはまり、艦隊ごと倍の敵に包囲された。

 この時、味方艦隊は突撃をかけた。

 しかし、アテリーシン号は、逃げた。

 味方の艦隊は全滅。

 乗員は、ほとぼりが冷めるまで人工冬眠に入ることにした。

 冬眠している間は何百年でも飲まず食わずで生きられる。

 10年近くが立った。

 その間に、戦闘による傷が艦をむしばみ続けていた。

 ウトサワーの人工冬眠機が壊れ、彼だけが目覚めた。

 そして現在までの5年間。

 一人で艦を修理し、戦闘訓練にのめり込んでいた。

 コンピューターは修理できず、他の者を目覚めさせることはできない。

 だが母星とは通信できた。

 15年前の戦争は自軍が勝利していた。

 だが、アテリーシン号は裏切り者の艦として、永久追放となっていた。

「そこでだ。俺は俺の優秀さを見せつけることにした。

 もっとも守りの固い星で攻撃を浴びる中、見事な近接戦を決めてやる! 

 そしたら、故郷だって! 」

 久保田少年との会話は、ウトサワーの憎しみを再確認させただけだった。

「優秀な人間を一人連れ帰るぐらい、簡単じゃないかよ!! 」


 ポルタの上にアテリーシン号が、その黒い全長300メートルの姿を現わした。

 ウトサワーは、カメラ型レーザー銃を久保田少年の足元に撃った。

 下の階まで届く、幅5センチほどの穴が開いた

「人質になってもらうぞ!」

 久保田少年は足がすくんだ。

 その時、レーザー銃が破壊された。

 あの、転んだヒーローの狙撃銃だ。

 2人の会話は、久保田少年の機転でPP社に電話され、すべて筒抜けだった。

 そして会話が時間稼ぎとなり、ヒーロー達が集結していた。

 ウトサワーは、久保田少年を殴りつけ、逃げだした。

 久保田少年のアプラーマーの強度は高かったが、転んでしまった。

 少年とウトサワーの間に、ヒーロー達が滑り込み壁となる。


「近づくんじゃねえ! 」

 ウトサワーは隠し持っていた銃を乱射した。

 細身でありながら、そのパワーはヘビー級。

 迫りくるヒーローに暴れまわり、次々に倒す。

「くそ! このクソ野郎! 」

 最後に倒されたヒーローが叫んだ。

 ウトサワーは、アテリーシン号へ戻る着陸艇を呼びだしていた。

「俺は愛国者だ! 敵前逃亡に反対したんだ! 」

 軽自動車のような大きさと形をした宇宙艇がやってきた。

 高速で飛び、久保田少年とヒーロー達をレーザー機関銃で掃射する。

 動く者がいなくなると、ウトサワーは揚陸艇に乗り込んだ。

「俺は近接戦闘しなきゃいけないんだ! 」


 その時、久保田少年の頭の中で声がした。

『アツシ君。もういい。あとは任せて』

 その声は、ボルケーナの物。

 突如アプラーマーが、体から離れた。

 そして、グングン膨らみゲル状にとけて新たな形になっていく。

 神獣ボルケーナ。

 アプラーマーの素材であるボルケーニウムは、ボルケーナの一部。

 一つの意識でつながった分身なのだ。

 神獣の姿は、エネルギーを体に変換することで自由に変えられる。

 今の全長は100メートルに達している。

 その巨体が、音もなく宙に浮いていた。

 その手が久保田少年を救い上げ、道路に下した。


 黒いポルタは消え、アテリーシン号が現れた。

 黒い剣を思わせる流線型の艦影に、黒くはあるがゴツゴツしたこぶのような所がある。

 そこが戦闘で開いた大穴。

 それをふさいだ、すい星、氷のかたまりだ。

 それが崩れ、街に降り注いでいた。


 ウトサワーの腕は確かだった。

 怪獣を狙うために山の中に設置されたミサイルや大砲、レーザーが火を吹いた。

 四方から波のように迫る攻撃。

 それさえ、かいくぐっている。

 そして、アテリーシン号の艦橋の後に飛び込み、帰還した。

 推進力を生むハイパードライブエンジンが、ごう音と光、辺りを揺るがす振動をまき散らして、宇宙巡洋艦を突き動かす。

 眠ったままの戦友200人もろとも。

 すべての兵器、地球人には未知のエネルギーを、色とりどりの軌道として雨あられと降り注ぐ。

 PP社の空への攻撃、来援した航空自衛隊の戦闘機からの攻撃も迎撃された。


 そこでもボルケーナは、問題なく突き進む。

 白い翼と赤い尾が肥大化し、攻撃を一身に浴びながらも船体を締め上げる。

 攻撃が当たった端から、自身のエネルギーに変換しているのだ。

 にもかかわらず、地上が突風で吹き荒れる事はなかった。

 その後は、兵器をカギヅメでえぐりだす。

 

 戦いは終わった。

 地球とルフルムの交流が始まり、送られたデータを元にアテリーシン号の修理が始まる。

 乗組員は帰還を許された。

 そもそも、帰還を許さなかったのは、軍部だけだった。

 国民感情としては、遠い宇宙で自国民が戦後の平和も知らず、眠るだけなのを許せなかった。

 ウトサワーの罪は、ルフルムの判断に任される。

 今は、修理された人工冬眠機の中だ。


 政治的には勝利と言っていい、めでたい事だと、久保田少年は思った。

 だが、もっとうまく立ちまえれば、ウトサワーの無謀な戦いを止められたのではないか?

 それができなかった自分が、情けなく思えた。


 そんな彼の元に、時の総理大臣、前藤ぜんどう 真志しんじから電話がかかる。

 前藤氏は、不可能事件や事故としか思えない事が起こったら、可能な限り現場でかかわった人から話を聴くことにしている。

 図らずも、二人の会話はこれが2度目だ。

 久保田少年は「あちらには、ありがとう、と伝えてください」いった。

 しかし、前藤氏は彼の迷いを見抜いていた。

 そして、こう励ました。

「久保田くん。確かに政治的には決着した。

 でも、これからどうなるかは、誰にも分からない。

 もしかすると、さらにひどい事になるかもしれない。

 でも、君には生きていてほしい。

 そして、今の気持ちを忘れないでほしい。

 いつか、同じような事が起こった時のためにな」


 そして、久保田少年の旅は、まだ続いている。

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