第3話 はじめまして、じゃないのかも

「んで」

「はい」

「どうしてお前は俺の部屋にいるんだ。不法侵入で訴えるぞ」

 俺の指摘に頬を膨らませて「いいじゃんいいじゃん!」と駄々をこねる少女。白く透き通るような印象をもたらす儚げで華奢な美しい花のような少女がそこにはいた。

 もちもちのほっぺには僅かに朱が差し、いじらしく目を背けて幼子の様に頬を膨らませる姿は正直に言ってとても愛らしいと思った。世の中の女性に殆どと言っていいほど関わっていない俺でも分かるほどの並外れた美貌。可憐で、朗らかで、柔らかそうな綿雲を想起させる彼女は俺に一目ぼれしてきて天から降りてきた天使だという。

 …気を抜けば信じてしまいそうになるのがまた困ったものだ。俺のような男子高校生にとって死ぬほど魅力的だ。好意を少なからず抱き始めている自分を必死に律しているのが今の状態。女性というものに関わる機会が極端に少なかった俺にとって、こんな美少女、毒でしかない。

「いい加減うちに帰れよ、どうしようもないって言ってるじゃないか。別にこれから会いに来たっていいから…」

 そう言いかけた俺の背後でドアの開く音がした。

「もー、アンタまた独り言?最近多いわよアンタ、疲れてんじゃ…ってお母さん、お父さん!!!!!!!!うちの弟が女のこと連れ込んでる!!明日世界が終わる!!!!!!」

「ちょっと待って姉ちゃんこれにはわけが!」





















 …あれから時を進めること十五分。何故か俺と少女と家族は仲良く食卓を囲んでいた。机の椅子が少し高かったのか足をブランブランさせて遊んでいる少女の姿は、どこか遠い記憶の底に結び付きそうな気がする。

 大方小さいころ遊んでいた友人と重なったりしているのだろう。あの頃は足がつかない場所が不思議と大好きだった。駐輪場の屋根に上って怒られた記憶もあってなんだかふと懐かしい気持ちになる。昔は俺もこの椅子でさえ足が地面につかなかった。

 今では高いところは苦手だし、そもそも今まで魅力を感じていた場所はもう俺の手が届く高さになってしまった。

 成長というのは一見して素晴らしいもののように見えるが、俺は決して美しい面だけじゃないんだと思う。こんな風に無邪気な少女を見ていると、時間の感覚が狂ってしまったように錯覚してしまう。

 俺にもこんな頃があったんだなと考えると無性に感慨深い。

 だがそれはそれとしてこの状況に疑問を投げかける権利くらいは俺にもあるだろう。

「ねぇ、ちょっとみんなこの状況がおかしいとは思わないの?全然他人じゃないの?皆もしかして協力して俺をだましてるの?」

「アンタ照れ隠しにしてももっとまともな方法があるでしょうに。アンタが女のこと言うか人連れてくるなんて…以来ね」

「…姉さん」

「…悪かったっての。でもせっかく彼女連れてきたんだから明るくいかなくちゃ!」

「だからコイツは…」

 その戸惑う俺を見てこの状況が好機だと察したらしい。一瞬あのプレッシャーを滲ませた瞳が歪み、計画性の塊のような笑顔でにこやかに切り出す。

「はじめましてお父様、お母様、お姉さま。私は彼とお付き合いさせていただいています、瑞希みずきと申します」

「…っ、アンタ」

「…俺も初耳だ。何度も弁明した通りこいつとは今日の昼初めて会ったんだ。名前の件なんてたった今初めて聞いた。変な勘繰りはするな」

 俺も姉さんも、父さんや母さんも表情にこそ表していないが内心動揺しているのが見て取れる。そんなことは当然だ。

 断っておくが俺たちの誰もが理解している。単なる偶然だと、深い意味などどこにもないと認識して、理解して、その上で動揺している。

 それも無理はない。既視感の正体、失われていた記憶のピースがカチリ、と音を立ててハマる音がする。

 無邪気に首を傾げている少女だけが、この空間では異質で不気味に際立っていた。



 ――何せ「瑞希」という名は他でもない、俺の初恋の女の子にして

      俺の目の前で、俺を庇ってトラックにはねられた少女の名なのだから。

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天使が殺せるものならば。 いある @iaku0000

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