2.煙草泥棒

闇の中に街灯の明かりだけがあった。

ポツンと孤独な光が……

私はそれに吸い込まれるかのようによたよたと歩く。腕からは先ほど身体中に塗りたくった金粉が滴り落ちる……

「なんでこんなことに……」

私はため息混じりにそう呟いた……。


事のきっかけは簡単で、事件の起こったアパートに長居する気になれず引越しをしようとした事だった。引っ越しをするにしても物件を探す時間が必要である。そのため、私は大学時代の先輩 中条先輩に頼ることにしたのである。中条先輩は、黒髪ロングで例えるならばどこのおもちゃ屋にも置いてありそうな子供用の着せ替え人形のような容姿をしている。なんだか人工的な雰囲気があるのだ。彼女は、私が大学生だった頃に1、2を争うくらいに親しかった。それであって、いまだに親交があるのだ。頼るしかないだろう。だがしかし、彼女に関わるとだいたい面倒ごとに巻き込まれるという謎のジンクスがある。それを証明するかのように、私は学生時代何度も厄介ごとに巻き込まれてきた。なので、本音を言うと頼みたくないのだが、アパートに長居したくない気持ちが勝った。

その結果がこれである。

彼女に報酬は高く出すからとうまく言いくるめられて、今夜私は煙草屋を襲撃しなくてはならなくなったのだ……。

何故かという理由については何も語らず、ただ君は煙草屋を襲撃すればいいんだ、とそう言い聞かされたいしまった。だが、私もそんなことをしたらただではすまないだろう!!大体顔を見られでも……というと彼女はニコッと笑い、「ならば君は顔さえ覚えられなければいいんだ」と言った。その結果金箔を身体中に塗る、という奇行に走らされた。

「何故金粉なんて……逆に目立つじゃないですか」

「君は勘違いしているよ。かのチェスタトンの逆説と同じだよ。目立つほうがばれにくいんだ」

「どういうことですか?」

「例えば君が金粉男をみるとしよう。真っ先に思うことはなんだ」

「金色だな、と」

「それよ!!それが目的よ。先行する異様な特徴があれば、人はそちらを先に認識し、そのツラなんて二の次になる。つまり君は顔なんて覚えられないんだよ」

勿論私だってそんな馬鹿なと反論はした。しかし先輩は口が上手い。すぐに言いくるめられてこのざまだ。

だがしかし、金色に染められてますますハンプティダンプティになったような男であれば図体だけで特定されるのではないか、という不安はある。

だがしかし、見つからなければいいだけだろう……やはり些か不安はあるけども。


闇の中には街灯の明かりだけがあった。

そして照らされている私は、金色に染まった顔できょろきょろと辺りを見回し、先に先輩に習っていた通りに、煙草屋の看板を持っていた金属バットで思いっきり叩き割った。勿論、指紋がつかないように手袋はつけている。パリィィンと寝静まった闇の中に響く。もう一度バットで叩き、次にはまだ割れるものがないか見渡した。無論、そこにはガラス窓がある。そこも叩き割る。こうしなければ煙草が取れない。数度ガラス窓を叩き、私は枠のところまでガラスがほとんどないような、本当に窓枠だけの状態に変えた。ギザギザとガラスが残っているとそれが突き刺さって痛いのだ。だから許してください、店主。

「なにをしておるばかものー!!」

許してくれない店主の怒鳴り声が奥で聞こえる。目覚めやがったのだ。

しまった。はやく目当てのLARKを二つ盗み取らなければ……!私は素早くLARKに手を伸ばし、カウンターに煙草二つ分の代金を置いて、見つからないうちに走り出した。だがしかし、怒った店主をなめてはいけなかった。店主は急いで店の外まででてきて、(寝間着のまま)私の姿を見つけると「このくそがきがぁぁぁ!!!」と背筋の凍るような怒鳴り声をあげた。瞬間、理解した。これは死ぬかもしれない。


私がその後どんなふうに逃げ回ったか、などという話は聞かないほうがいいだろう。聞きたい奴がいるなら聞かせてやるが、なんとも醜い逃げざまであるし、イケメンの逃亡劇ならまだしもハンプティダンプティが落っこちもせずにただ多くの人に追いかけ回されながら死に物狂いで逃げ回る話なんぞ子供でも聞かないだろう。

なので結論を言えば、私は金粉を水で洗い流し、無事帰宅した。多くの人にもその姿を見られ、本当に明日から私は大丈夫なのかと不安に思いながらも、私はどうにか帰ってきたのだ。だが、帰ってきた私を見て中条先輩が真っ先に放った一言は、「なんだ、つかまらなかったのか」だった。なんて野郎だ。細切れにしてやる。


しかし、何故私はこんな意味のわからない真似をしなけりゃならなかったのだろう、と思っていると数日後ようやく正解らしきものにたどり着いた。私が煙草屋の店主から逃げ回っている間に煙草屋の裏の古美術マニアの部屋に空き巣がはいったらしいのだ。当時古美術マニアは外に金粉男を見に行っていたらしく留守になっていたという。

間違いない。先輩の仕業だ。あの野郎、私が派手に暴れ回ることを想定して、それを利用して盗みを働こうとしていたのだ。幸い、あれだけ派手に暴れ回ったのに私の正体はバレず、ニュースでは謎の金箔男、古美術品を狙った怪盗か!などと言われ、噂には尾ひれがついて金色の超絶イケメンが犯人ということになっている。なんという現実との乖離…。

「先輩…もし私が正体バレて指名手配みたいになったらどうしたんです…」

先輩はその問いに笑って答えた。

「そうなったら私が死ぬまで君の面倒をみることにしよう。むしろ……」

先輩は私を見つめた。

「君と私だけの世界で……」

私は直後速攻で先輩の家から逃げ出し、公園でテントを張って寝た。

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