Dive19

「どうやら全員がご親切に、世界の嘘を暴くためにケシキについて行くって遺書を残してる。その143人がよほどのバカなのか、洗脳されやすい奴らばかりなのか……それともケシキと共に死ぬことで、世界の嘘を暴くことができると本気で思っているのか……とにかく143人はケシキを信じて自殺した」


「人口増加対策推進協議会と143人の自殺者達。どっちを先に調べるべきだろう?」


「両方。ていうかもう調べてる。なんであたしがあんたに会うことにしたかわかる? 知りたいからだよ。あたしにも秘密にして143人と共にケシキが自殺した理由。この事件から感じる狂気のようなもの。その先にある真実を知りたいんだ。こんな風に思うのは久々だよ」



狂気。たしかに狂気だ。だけどケシキのことだから、入念に計画された自殺のように思える。だとしたらこの自殺は始まりで、なにかの計画をはじめる狼煙なのかもしれない。賽は投げられた。ケシキなりのなげ方で。その計画の一部には僕も入っている。



「まずどうする?」


「ケシキの部屋を見たい。それからこの計画の管理者を調べる。まずはそこから」


「僕は一度帰る。なにかわかったら連絡をくれ」


「ストップ」



いつの間にか席の入り口を塞ぐように赤い口紅と赤いネクタイが似合うボディーガードが立っていた。

正直ケシキの家にはあまり行きたくなかった。真実を知るためとは言え、ケシキの了承を得ずに、ケシキの部屋に勝手に入るのは、許されないことのように思えた。

ボディーガードの女は腕を組みながら僕の顔を見て微笑んでいる。それからすぐに右手でスマートフォンを操作しながら左手で僕の手首を掴んだ。一瞬で左手首に激痛が走る。どれだけ力を入れてもまるで動く気配がない。



「レラージェもういいよ。レンガはケシキが自殺した理由を知るまで逃げたりしない。レンガ。残念だけど家にはしばらく帰れない。そのアプリを手に入れた時点ですでに命を狙われてると考えた方がいい」


「じゃあどうする?」


「嫌かもしれないけど、しばらくあたしと行動してもらう」


「ユウグレはそれでいいのか?」


「当然だよレンガ。あたしは人間が大好きなんだ。人間が必死になって作り出す欲、人を蹴落としてまで叶えたい願い、嘘を積み上げて重ねられていく札束。そういうのが大好物なんだ。いいか……あたしの目を見ろレンガっ」



ユウグレは突然立ち上がり、お互いの鼻先が密着するぐらいの距離まで顔を近づける。



「この瞳が見つめるのはモニターだけじゃない。人が隠したい心の中にある癌。そのすべてを見通す目だ。だからレンガにもあたしを楽しませる要素はきっとある」


「わかった……覚悟はできてる」


「覚悟は必要ない。必要なのは奴らの背後に回り込んで、頸動脈を喰いちぎり、相手の顔色を凍りつかせる。そんな……したたかさだよ」


「そんな風にはまだ考えられないけど、君から学ばせてもらうよ」



鋼鉄で作られた輪のように巻きついていたレラージェの手が解かれた。レラージェは僕の顔を見ながらまるで僕が人生で最悪の失敗を犯して、そのことを心から喜んでいるような顔をした。



「ようこそレンガちゃん。嘘の裏側へ」


「行こう」



ユウグレが立ち上がるとレラージェが先に階段を降りていく。ユウグレもレラージェも支払いをすることなく店から出て行った。仕組みはよくわからないが支払いは不要のようだった。そうして僕達は雨の外から出た。

外は当然雨など降っておらず、冷たい空気と、ただただ眩しい太陽だけが輝いていた。雨の外の前には、来た時にはなかった黒い大きめの車が止まっていた。運転席から降りてきた短髪で体格のいい男が後部座席のドアを開け、ユウグレが乗り込むのを待っていた。店の出口で立つ僕と、後部座席で待つユウグレの間を通り過ぎる人々。笑顔と笑い声。僕はあの日のケシキの言葉を思い出していた。



「ユウグレ。今日みたいに天気のいい日はどう思う?」


「急になにその質問?」


「好奇心だよ」


「あたしはあまり外に出ないんだ。ただ……天気が良いぐらいで喜んだりはしないかな」


「なんで?」


「その太陽を睨みつけてる奴らの存在をあたしは知ってるからさ」


「それが君の仲間達ってこと?」


「仲間というか……限りなく近い感覚を持った存在かな」


「というわけだからレンガちゃん。そろそろ車に乗っちゃってよ」



レラージェが気だるそうに車に寄りかかりながら後部座席を指さした。僕が急いで後部座席に乗り込むとレラージェがドアを閉めた。


「はじめはどこに?」


「まずはケシキの家に行く」



ユウグレはMacBookのモニターを見つめながら静かに呟く。運転席にレラージェが乗るとすぐに、車はそこにあった風景を置き去りにして勢いよく走り出した。

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