第57話 始祖アイリス

「なんかさぁ、思ったよりあっけないっていうか、なんていうか。穴掘ってたのバカみたいじゃん」


『本当でありますよ。まさしく働き損であります!』


『何言ってんのよ。戦いは打つべき手を全て打つものなのよ。今回はたまたま赤アリの女王ソフィアがああいう形で機甲兵を始末できたから。そうじゃなければもっと苦戦していたはずよ?』


『確かにそうでありますな』


『坑道を使わずに済んだのはツイてたから。けど普通機甲兵を振り回して機甲兵を退治するとか思わないわよ。あたし、アレにはケンカを売らないわ』


『当然でありましょう、ジュウ殿。私も命は惜しいでありますからな』


 すでにアイリスシティの攻防は掃討戦に移行。鼻の利く狼族が投入され、獅子族のベンたちと共に潜むエルフを探し出して始末していた。すでに町のほとんどは制圧済み、捕らえられていたインセクトの奴隷たちも救い出された。その赤アリたちの中には男もいてとりあえず赤アリ族の種の存続は問題なくなった。それを確認し、俺たちも町の中に移動したという訳だ。

 だが、一か所だけ手が出せない場所がある。それは聖堂と呼ばれる始祖アイリスを祀った宗教施設。そこの前には3000系の軍事用アンドロイドがいて、近寄るものすべてを攻撃するのだ。向こうから仕掛けてくることはないが聖堂に近寄れば誰であれ攻撃する。始祖アイリスに救いを求め、聖堂に詰めかけた身なりのいいエルフたちもそのアンドロイドに射殺されたらしい。


 3000系は遠隔操作なので殴りつけようが壁に叩きつけようがノーダメージ。今の状況ではとりあえず放置が最善、そう判断し、狼族を見張りに残して女王たちも引き上げてきた。生き残ったエルフたちに尋問してもあの機甲兵は昔から始祖アイリスの守護神としてあそこにいる、近寄ってはいけない場所、そう教えられたと。それしかわからない。

 と、いう事は、オーナーは彼らの言う昔から生き続けているという事だ。ここに来て確信めいたものを感じた。アイリスは何らかの形で生き続けているのだと。


 ともかく戦後処理はヴァレリアが引き受け、今回大活躍の二人の女王は休息をとることに。そのヴァレリアもしっかり二体の軍事用アンドロイドを土に還すという武勲を挙げていた。


「お父ちゃん! あたし、頑張ったよ!」


「ああ、しっかりこの目で見ていたよ、愛しいシルフ」


「お父ちゃん! お父ちゃん!」


 そう言って母ちゃんはクロアリに跨り入城したカルロスを抱え上げ、宛がわれた宿舎に走っていった。うーん、ファザコンってのも闇が深いな。そう思った時、もっと闇の深い女が俺に抱き着いた。


「あーん、ゼフィロス、ママすっごく頑張ったんだから」


「うん、すごかったね、今回の勝利はママのおかげだよ」


「ママ嬉しい。じゃあ、いっぱい、してくれる? …同志伍長! 宿舎の手配はどうなっているか!」


「はッ! すでに手配済みであります!」


「風呂の支度は?」


「現在準備中であります!」


 我が娘を振り向きもせずそう言うとあちこち砕けたボロボロの鎧姿でソフィアは俺を抱え、宿舎に入った。


 ソフィアはそこでパリンと鎧を解き、痣になった腕をさすった。


「ねえ、見て、こんなに痣になっちゃって、ほら、何やってんのよ、そんな鎧なんか外しなさいよ」


「けど、鎧を取ったらガクンってなって手当ても出来ないよ?」


「いいから、そんな姿じゃなくてあなたの顔が見たいの」


 そう言うので仕方なく鎧を解いた。同時にガクッと膝が崩れるほどの疲労に襲われる。その俺をソフィアは抱きかかえた。


「大丈夫、あなたはママが支えてあげるから」


 そう言いながら俺の服を脱がせ、自分も裸に。いろんなところにちゅっちゅされなすがままにされていた。刺激を受けたせいか疲労感と共に強い欲望を覚えていた。


「きゃっ! どうしたの?」

 

 びっくりした顔をするソフィアの巨体を押し倒しあんなことやこんなこと。激しいマッサージを受け、びくっ、びくっと痙攣するソフィアの腰を引き寄せてその大きな尻尾から無遠慮に蜜を吸った。疲労回復にはこれが一番だもんね。


「あ、ああっ! 今ダメ、許して! んひぃぃ! しゅごい、しゅごいの! 私、おかしくなっちゃう!」


 インセクトの女性は蜜を吸われるとこんな反応。栄養補給の描写も大変だ。


 気が付けば風呂でソフィアに抱えられていた。いろいろとメンドクサイところのある人だがとにかく優しくて世話焼きなのである。ちなみに怪我はすっかり治っていた。


 夕食は宿舎とされた家にあった材料でソフィアが作ってくれた手料理。エルフとは同じものを食べ、同じように服を着る。だけど決してわかり合えない。そう言う間柄。その事を今更どうとも思わない。俺の考え方も立ち位置もインセクト側。ソフィアがエルフを憎むのは当然だし、彼らは滅亡させられるだけの事をしてきたのだ。


 翌日、話し合いがもたれ、恐らくアイリスは何らかの形で生きている、そう結論付けられた。なのでここからは俺の個人的な役目、そしてカルロスも自分の役目であると言った。

 ソフィアたち赤アリは獅子族を前に立ててエルフの残りの町を討伐に出発する。奴隷とされている同胞たちを全て救い出すまで彼女の戦いは終わらない。

 そして俺も俺の戦いを終わらせるべく妹、アイリスと対峙する。カルロスもすべての結末を見届けるため同行した。


「…ゼフィロス、無理はするな。いざとなれば私が全てのケリを」


 そう言ってヴァレリアはどこか悲し気な顔で俺をしっかりと抱きしめた。


「お父ちゃん、これが終わればもう何も背負う必要は無くなるんだよ。だから、しっかり」


 シルフはカルロスを同じようにぎゅっと抱きしめる。そんな二人、それにジュウちゃんたちに見送られ、俺とカルロスは残された一画、聖堂に足を踏み入れる。


「アイリス! 見ているんだろ! 私だよ! カルロスだ」


 これまでの経験、それで得られたアンドロイドが起動しない距離ぎりぎりからカルロスは電子音声でそう建物全体に語りかけた。

 すると警戒モードを解き、武器をおろしたアンドロイドが地を滑り、俺たちの前に立った。


『…カルロス、今更、って兄さん! 兄さんなの? あああ、兄さん! とにかく入って』


 聞こえてくる音声は加工してあるものの記憶にあるアイリスのそれだった。アンドロイドが道を開け、数百年開かれた事のない分厚い自動ドアが軋みと埃を舞い上げてゆっくりと開かれていった。

 カツ、カツと響く足音、中の動力は生きているらしくうっすらと緑の光に照らされていた。いくつかの扉を抜けて、たどり着いた奥の広間、機械に囲まれたそこにそれは居た。


 そう、メイドアンドロイドのカエデである。その後頭部にはいくつものコードが接続され、その先には水槽に浮かぶ脳みそがあった。


「兄さん! 兄さんなのね! 本当に、兄さん! ああ、うれしいけど涙も出ないわ。驚いたでしょ? 私、体はとうの昔に滅びてこうしてカエデの知覚を借りていきているのよ。兄さん! 何があったかなんてどうでもいい! ただ、こうして兄さんに逢うためだけに生きながらえて来た! ああ、私、生きていてよかった…」


 その声はカエデの口を通して発せられてはいたがアイリスの声に近くなるよう加工されていた。


「…ごめんなさい、私ったら体を失って長くて、そこに掛けて、とにかく話を」


「…うん、アイリス。俺もお前に逢えてうれしく思うよ」


「うふふ、当然よ、私たちはたった二人の兄妹、家族なんだもの、あ、何か飲み物を、あは、ちょっと慌てすぎね、意識をカエデに切り替えるわ」


「……ご主人さま、お久しぶりでございます。カエデはこうして無事に。ずっとアイリス様とご一緒に心配しておりました。いま、お飲み物をご用意いたします」


 カエデに促され埃の積もったテーブルセットにカルロスと二人腰かける。しばらくすると年期の入ったセラミック製のカップにカエデがコーヒーを注いでくれた。それを一口すすると意識をアイリスに切り替えたカエデも俺たちの正面に腰かけた。


「話したいことはそれこそ何百年分もあるわ。けどほとんどが愚痴になるわね。…カルロス、兄さんにはどこまで?」


「…あんちゃんには私の知る限りのことを全て」


「…そう、知られたくはなかった。けれども仕方がないわ。でも、私がどんな思いでこの世界で生きて来たか、それは聞いてもらいたい」


「もちろんだよ、その為に俺はここに来た。全てを知り、すべてにケリをつけるために」


「そう、少し長い話になるわ」


 アイリスはそう言ってゆっくりと自分の半生を語りだす。目覚めの40人、その中で自分とカルロスは最年少であった事、大人になりかけの18歳の少女と同じ年の少年は大人たちにいいようにされていた。何をするにも大人たちのあと、力の強い男性は自分のわがままを通すために暴力も厭わなかった。それでも目覚めた中に女性も居たためその目を気にして一応は公平、公正にと。

 そして食料の備蓄を鑑みて俺たち目覚めの遅れた同胞を始末する、そう決定された。アイリスは俺を守る為大人の男たちからの要求を受け入れ、その身を差し出した。それを庇ったカルロスは後遺症が残るほどに殴られた。ここまでは聞いている。


 その後、アイリスに対する乱暴は続き、それは生体反応を頼りにアイリスを探し求めていたカエデと出会うその日まで続いた。愛玩用アンドロイド、違法機体。そうであっても通常の人間よりは遥かに出力があり、アイリスを守る為大人たちを制圧した。

 カエデの出現によりアイリスは目覚めの40人の中で覇権を握る。これまで辛く当たって来た大人の男たちはあらゆる責め苦と軽蔑を受けた。そして外の環境に適応する為、施設に残された技術を使い自らの体を変質させていく。つまり、エルフとなったわけだ。だが、その遺伝子改造もアイリスが行う。意図的に気に入らない相手にはインプリンティング出来ないように劣悪な改造が施され、逆に助けとなってくれていた女性たちには一体のアンドロイドを支配できるだけのヒトの要素を残していた。


 カルロスは俺を救うため身を投げ出したアイリスを止めた事でアイリスに逆恨みをされ、インプリンティング出来ない体に改造された。


「その事は何度も謝ったわ。取り返しのつかない事をした、今もそう思っている。あの時の私は普通じゃなかった。もしかしたら今もね。カルロス、あなたには恨まれて当然、そしてわかり合えなくて当然。私がそれを招いたことも承知しているわ」


 自分だけ、遺伝子構造をほとんど変えず、長寿、そして核汚染に対する耐性、そういういい部分だけを取り込んだアイリスはエルフとなった40人を率いて外に出た。

そこは見た事もない新しい世界。オオスズメバチに発見され交渉を試みたが話にならず、追われるようにビーグルに乗って移動した。力の無いものの話は聞いてもらえない。これまでもずっとそうだった。だから力を。アイリスはカエデのデーターに残っていた崩壊前の世界の地図から旧アンドロイド工場を割り出した。そこがこのアイリスシティ。


 まずはアイリスがそこの地下に眠るアンドロイドの内、一番新しい型であった3000系の軍事用アンドロイドにインプリンティングを施した。そのあとは協力的だった女性たちに2000系の軍事用アンドロイドを与え、そのほかの人たちには民間用のアンドロイドを振り分けた。そして自分に乱暴を働いた男、それを煽った女はその時点で奴隷身分に落とされる。カルロスもまた、インプリンティング出来ないからと他者からは差別的な目を向けられた。


 アンドロイドを手にしたアイリスたちは急速に生活環境を整えていく。建物、食料の確保。それらにアンドロイドは実に有益な働きを示していた。


 やがて活動範囲が広がり、機材の確保のためコールドスリープ施設に赴いたアイリスは再びオオスズメバチのインセクトと邂逅することになる。


「怖かったわ。けれど最初はね、あちらに寄り添うつもりだったの。私たちはこの世界で新参、向こうは厳しい環境を乗り越えて今の生活を築いてきた。そこには尊敬もあったし、仲良くやりたい、そう言う気持ちも」


 アイリスは俺が一番疑問に思っていたことを口にした。


「寄り添えない、そう言う理由があったと?」


「そうね、少なくとも私には呑めない条件を提示されたわ。オオスズメバチの女王は私に言ったの。ヒトの遺伝子を色濃く残したトゥルーブラッドには価値がある。だからお前たちの男を差し出せと、そうすれば女は死ぬまで飢えさせることなく飼ってやるとね」


 ああ、言いそう。実際ヴァレリアはメルフィにそう言ったもんね。


「私はね、兄さんを目覚めさせ、この新しい世界で共に生きていきたい。それだけが望み。その為にはどんな辛いことでも耐えて来た。もし、私が死んでもその子孫が兄さんを幸せにできるように、そう願って。だけどオオスズメバチの申し入れはその望みを断ち切るものだった。だったら後は戦うしかないじゃない」


 そこからエルフとインセクト、そしてミュータントの長い闘いが始まった。アンドロイドの戦力を増すため、アイリスは人工授精を繰り返し子を増やしていった。だけどその子供たちも一体のアンドロイドしか動かせない。元の遺伝子よりも改造された遺伝子の方が生物的に優性と判断されたのだ。

 何度かの大きな戦い、そして増えていく人口、広がる活動範囲、そんな事を数百年繰り返して今がある。

 始まりはいつも突然で今にしてみれば何故そんな事で、と言う些細な行き違い。だけど当人には譲れぬこと、他者の価値観の否定、それが争いを産んでいく。


「私の長くて辛い物語はこれでお終い。兄さんにそれを語り聞かせるために生きて来た。細かい話は色々あるわ。だけど結果はこういう形。兄さんはインセクトに変化した。そしてエルフを滅ぼす事に」


「…うん、そうなる。だけど俺は謝らない」


「当然よ。謝るべきは私だもの。兄さんの目覚めに立ち会えなかった。その事が私の罪。エルフが滅びる事には何の感傷も抱かないわ。元々興味のない人たちだもの。私の子孫、そうであってもそれは、愛した人との間に授かったわけじゃない」


 そしてアイリスはカエデの手を差し伸べ俺をゆっくり抱きしめた。


「私ね、ずっと幼い時から兄さんを愛してた。時を越え、コールドスリープから目覚めれば兄妹のくびきからも逃れられ、ただの男と女、そうなれると思ってた。アダムとイブのように。…だけどそうはならなかった。私は体を失い兄さんを抱いてあげる事もできない。こうしてカエデの体を通じて抱きしめても、兄さんを暖めてはあげられない。私が残したエルフたちは兄さんに愛されなかった。選ばれなかった。女として私はインセクトに負けた。ただそれだけ。エルフたち、そしてこの町も、兄さんの為だけに作り上げたもの。だからもう、必要ない」


「…そっか、アイリス。だとすれば俺の役目は」


「そう、私を、…だけどその前に一つ聞かせて?」


「ああ、」


「兄さんは、今、幸せに暮らせてる?」


「…そうだね、自信をもって言える。俺は今幸せだ」


「そう、良かった。それだけが私の願い。出来ればこの手で兄さんを幸せに。ねえ、最後のお願い。私が眠るまでしっかり抱きかかえてて。――小さなころのように」


「…うん、お休み、アイリス。愛する妹、大好きだよ」


「兄さん、お休み、次に目覚めた時は必ず私が…」


 これまでも意志の力だけで生きながらえてきたのだろう。そんなアイリスは少しずつ存在を薄めていった。


『コ・オーナー、アイリスの死亡を確認、オーナー、ゼフィロスの生体反応を認識できません。オペレーション6、自壊プログラムを作動します』


 機械音声が別れを告げる。カエデは屈託のない笑顔を浮かべた。


「それではご主人様、お暇を。お体、ご自愛くださいませ」


 最後にそう言い遺し、カエデの体は分子分解を始め、土に変わっていった。


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