第56話 アイリスシティ攻防戦

 先陣は例によって獅子族。その後ろにクロアリが続く。そしてその次にアイちゃんに跨る俺とヴァレリア。後ろをソフィア率いる赤アリが固め、最後尾には狼族。相手に軍事用アンドロイドによる正確無比な対空砲火がある以上空を飛ぶ蜂の眷属たちは不利、そう言ったのだがジュウちゃんとその一族だけは空を飛んでついてきた。俺の眷属であるからどこに行くにもついていく、そう言う理屈で。


 参謀長である勇者グランの推測によればエルフ側は城塞都市であるアイリスシティの地の利を生かして向こうからは仕掛けてこない。冬まで耐え抜けばいくらでも取り返せるのだからと言っていた。そして古文書とジュウちゃんたちの偵察を基にアイリスシティのおおよその図面も作り上げ、今回の指揮官であるシルフに持たせてくれた。それによれば攻め口は二つ。南と東に街道に繋がる城門があるらしい。

 その日の野営時に主だったものを集めて軍議が開かれた。


「銃を持った軍事用機甲兵が最低でも二十。城壁を乗り越えようにもその間は良い的さ。中から城門を、そう思っても中々難しいね」


『そうね、近寄るにも身を隠す場所が周囲には無いわよ。まっすぐ進めばあっという間に全滅ね』


「あいつらは100mはあるクマを一撃で仕留めちまったんだ、俺たちはそれをこの目で見てる。だろ? ゼフィロス」


「うん、ベンの言う通り。いかに素早く動こうがあの射撃から逃れる事は難しいね。

相手が一体であるなら多少の被弾には俺や女王たちなら耐えられるけど二十も居たら流石に持たないと思う」


「なるほど、あたしらは近づく前にバラバラにされちまうって事かい。だったら違うやり方を」


「そうだな、我々が地下道を、それしかない。ここの丘の裏から堀進めるとして5キロほどか。眷属を総動員しても数日は掛かるな」


 赤アリのソフィアがそう言うとみんな難しい顔。数日も居れば確実に発見されるし、軍事用アンドロイドには俺と同じような危険を知らせるセンサーもついている。


「まあ、ダメだダメだと言ったとこで何もやらなきゃ冬が来る。そうなりゃあたしたちに勝ち目はないんだ。ともかくは出来る事をするしかないね」


 不安要素は他にもあった。アンドロイドは軍事用だけではない。いわゆる民間用、それは重機がほとんど。重機は工事をするために用いられるもの。穴堀なんかはその本分だ。こちらが地下道を堀進め、それを軍事用アンドロイドのセンサーが察知する。そうなれば向こうの重機がこちらの地下道を上から潰す事もたやすくできるのだ。だけど現状はそれしかない。


「あんちゃん、あんちゃんたちは空を飛べる。だったら地下道は陽動、敵がそれに気づくにしても地下道を潰すにはそれなりの時間が、その間にこちらの東の山間から奇襲をかける、と言うのはどうだろう。相手が3000系の遠隔操作であればオーナーを潰せば土に還る」


「うーん、そうだけどオーナーは屋内にいるんじゃないかな、それに軍事用アンドロイドはその間も警戒を緩めないだろうし、センサーに捕らえられるのが先さ」


 どちらにしてもこれといった攻め口は見つからない。


「ゼフィロス、どちらにしてもやるしかあるまい? 約束された勝利など世には無いのだ。まずは地下道、そして議長閣下の言われた奇襲、すべては状況次第、乱戦に持ち込めば勝利の糸口も見えてくる」


「それしかないね、いずれにしてもばらけたところで意味はない。ここから坑道を掘り進める。ヴァレリア、アンタはゼフィロスと共に状況を見て奇襲を。そっちはあんたに任せるよ」


「承知した。ベン、貴様ら獅子族は私と行動を共にしろ」


「え、俺らが?」


「ああ、奇襲をかけるならお前たちをジュウたちに抱えさせ城内に送り込む」


「…ねえ、ゼフィロス、この人本気かな?」


「…だろうね」


「ああ、死んだ! マジ死んだ! 絶対生き残れねえ!」


 ベンはその坊主頭を抱え、蹲ってしまった。ま、そうだよね。絶対死ぬもの。



 その夜は木の上でヴァレリアに抱かれて眠る事に。


「…大丈夫だ、あなたにだけ負担をかけたりはしない。重みがあるならあなたと同じ分だけ私が背負う」


「…ヴァレリア」


 ヴァレリアは着ていたタンクトップをたくし上げぺろんっと大きなおっぱいをさらけ出しそれを俺に吸わせた。


「あなたは私を選んでくれた。その事を決して後悔させたりしない。…愛している、ゼフィロス。誰よりも、何よりも」


 その夜もあんなことやこんな事、気持ちのいい事がありました。


 翌日、アイリスシティを5キロほど先に見た丘の上に本陣を設営、アリ族総動員で穴を掘り、その掘り出した土と石でこちらも胸壁を拵える。身を隠すものがなければ一斉掃射で全滅しかねないのだ。


「急ぐんだよ! とろとろしてるやつはぶっ叩くよ!」


 母ちゃんの叱咤の元、何故か俺まで動員され石を運ばされた。ジュウちゃんたちも例外ではなく石を抱えさせられ運ばされる。それをアリの眷属たちが積み上げて間をしっかり土で埋めていく。分厚い胸壁が半日ほどで出来上がった。それがすむとアイちゃんたちアリの眷属は穴掘りに集中。こちらも穴掘りは本分である。今回の作戦は長丁場が予想されるため、その穴の中に部屋が作られ、その壁にジュウちゃんたちが溶かした木を吹き付け住み心地を良くしていった。


「こうなるとほとんどコロニーづくりだね」


『そうね、だけど外で暮らして体を壊したら意味ないもの。ちゃんとした寝床は必要よ? あんた達にもあたしたちにも。雨に打たれたら困るじゃない』


「確かにね、ところでヴァレリアは?」


『偵察に行くって言ってたわよ。ま、バカはほっときなさいよ』


「一人で?」


『そうね、ウチの妹たちはついて行かない。あたしたちはあいつの眷属じゃなくてあなたの眷属だもの』


 とは言え心配である。ヴァレリアであればあの銃撃を食らってもいくらかは耐えられるとは思うけど。ジュウちゃんと一緒に空に上がりヴァレリアを探す。ゴーグルは鎧と一体化してしまい変身しなければ使えない。体力の消耗はあるがヴァレリアの安全には変えられないのだ。


「変身」そう呟いて鎧を身にまとう。ゴーグルのアナライズは登録した生体反応を検索することもできるのだ。ジュウちゃんも今は登録済み。unknownとは表示されずオオスズメバチ、そしてジュウちゃんと名前まで表示される。その検索機能を使ってヴァレリアを探してみたが無反応。元は民間用、有効範囲は500mに過ぎない。と言う事はもっと向こうに行っている。

 1キロほど前に出て、拡大機能を使ってヴァレリアを探す。その時アイリスシティの城壁から̠火線が空に向けて放たれた。


『あそこね』


 そちらに向けて倍率をあげていく。ようやく映ったヴァレリアは空に漂い下からの銃撃を受けていた。そのヴァレリアに向けて念を送る。


『何やってんだバカ! 危ないだろ!』


『ゼフィロス、これは必要な事だ。相手の武器を実際に身に受けて見らねばその強さは判らぬからな。銃撃で鎧は削れたがどうにか耐えれる範疇だ』


『いいから早く帰ってこいよ!』


『もう少し、これからどこまで回避できるか試さねばな。大丈夫、この程度でやられはしない』


 ヴァレリアはそう言って今度はひらひらと空中を舞い始めた。


『馬鹿はほっときなさいよ。あいつに何言ったって無駄なんだから』


 ジュウちゃんはそう言うと俺を抱えてその場を離れた。


『相手の武器がどこまで届くかも判らないし、あそこで見つからないとも限らないでしょ? あたしたちは雲の近くまで高く飛んだけど機甲兵は正確に撃ってきたわ。あたしたちは勘でよけたけど経験の少ない若い子たちじゃ避けきれないのよ』


「確かにね」


『ヴァレリアは戦いに関しちゃ熟練、勘もいいし、無理もしないわ。バカだけど。だからほっとけばいいのよ。さ、そんな鎧は解きなさい、後はあたしが抱えてあげる』


 言われた通りに鎧を解くとガクンと疲労に襲われる。ジュウちゃんが抱えてくれていなければ羽を広げて飛ぶことすらもままならないほどに。

 ジュウちゃんは太い木の枝の上に俺を寝かせると口に水を含んで来て、薄めた蜜を口移しで飲ませてくれた。


『どう? 美味しい?』


「うん、すごく美味しい」


『あは、おっきくなってるわよ? 交尾、しちゃう?』


 ジュウちゃんと抱き合ってあんなことやこんな事。俺はこの巨大昆虫のジュウちゃんが大好きで愛していると実感できた。



 夕方、みんなと食事の支度を手伝っているとボロボロになったヴァレリアが帰還する。その美しい鎧はあちこち剥げ落ち、修復も出来ていない。パンと鎧を解いたヴァレリアは俺にもたれかかるように抱き着いた。


「ヴァレリア!」


「ふふ、問題はない。ただ少し消耗しただけだ」


 そんな事を言うヴァレリアをとにかく巣穴に連れ込んで横に、食事はまだ要らないというので側にいた。


「もっとこっちに、そう、んっ、強く抱いて… ああ、そう、もっと」


 ふらふらなのにヴァレリアはエッチな感じ、そして求めに応じて睦言タイム。どちらかと言えばこちらがふらふらになっていた。そしてヴァレリアは完全復活。


「ふふ、女と言うものは愛があれば何でもできる。さ、食事をとらねばな」


 うーん、なんだろう、このサレた感は。


 食事を終えたヴァレリアは俺を連れて他の二人の女王と会合を持った。


「機甲兵の銃弾は私の鎧で十分に防げます。集中的に撃たれれば持ちませんが」


 傍若無人、そんなヴァレリアもビッグ3には敬意を払うのだ。ま、それは必要な事だもんね。


「なるほど、つまり我々であれば機甲兵に対抗できると。しかし、消耗が激しいのではないか?」


「ええ、私もここにたどり着いた時にはふらふらで。鎧の修復もままならぬほどに。ですが夫に愛してもらえればそんなものはすぐに」


「…興味深いな。ならば私も試さねば。…ねえ、ゼフィロス、ママ、明日頑張っちゃう。だからいっぱいシテくれなきゃ」


「ふん、それはあたしも試さなきゃならないね。そうだろ? お父ちゃん」


「いや、その、私はもう、」


「頑張ってあげなさいよ議長閣下、あんたの娘のおねだりじゃない」


「お父ちゃん、いいでしょ?」


「さ、私たちは行きましょ。今日はゼフィロスは私と、それでいいわね?」


「そうですね」


 蜂族であるヴァレリアは独占欲は強いがアリ族のソフィアには嫉妬しない。むしろジュウちゃんとイチャイチャしている方が気に入らないらしい。なので目の前でソフィアが俺に抱き着いてもなんとも思わないと言う。不思議ですよね。



「…ねえ、ママの事好き?」


「うん、大好きだよ」


 ママと呼べと言ったり名前で呼べと言ったりころころ変わり、めんどくさいところもあるがおっぱいの挟まれてしまえば文句はない。


「うふふ、ママも大好きよ。ちゅっちゅしてあげる」


 いろんなところにちゅっちゅして、あっちもこっちもちゅっちゅする。あれやこれやとした後はすっかりご機嫌なソフィアに抱かれて眠る。

 翌朝、パンの焼ける良い匂いで目を覚ますと台所に立つのは裸エプロン姿のソフィア。もちろん朝から色んなことをした。恥ずかし気な顔をした金髪熟女の裸エプロンは破壊力抜群だった。


 翌朝は小雨が降っていて台地はぬかるんでいた。


 あれこれあってフルチャージ。そんなソフィアは前線に立つと肩に羽織ったコートを脱ぎ捨て娘に手渡す。そして肩幅くらいに足を広げ、顔を手のひらで覆うと俺と同じように「変身」と低い声でつぶやいた。キラキラと光る粒子がソフィアを覆い、次の瞬間真っ赤な鎧姿になっていた。


「ふっ、潰してしまっても、いいのだろう?」


 そう言うとソフィアはバシャバシャとぬかるんだ地を大股で走り出し、その手に大きな盾を生み出した。無論アイリスシティからは銃撃が降り注ぐ。だがその銃弾はバチバチっと音を立て、ソフィアの盾と鎧に弾かれた。ソフィアの速度は緩むことなく城門まで駆け抜ける。そこで今度は盾に変わり両手持ちの大きなハンマーを生み出す。それでガンっと城門を叩くとその衝撃が円を描いて周囲に広がる。城壁の上に居た機甲兵が数体、その振動で下に落下した。

 シュイイィンと音を立て機甲兵は銃弾をばらまきながら距離を取った。だが一体がぬかるみに足を取られ転倒。ソフィアはそこに走り込みハンマーで力の限りぶっ叩く。だが材質の差で機甲兵の装甲には大きな変化はなかった。それを見てイラっとしたのか銃弾を浴びながらソフィアは武器を消失させ、なんと機甲兵の足を掴んで振り回した。


 ガシャガシャっと音がして機甲兵がぶつかった。同じ材質同士、無傷とはいかないらしくぶつけた方も、ぶつけられた方もその装甲に歪みが発生。振り回された機甲兵の方は中に乗ったエルフが衝撃に耐えられず死んだらしく、崩壊を開始して土に戻った。ソフィアは機甲兵で機甲兵を殴るという新たな戦術を生み出していた。


「なるほどね、ああいう倒し方もあるって事かい!」


 それを見ていた母ちゃんことクロアリの女王シルフは無言で鎧を装着、そしてやはり盾を作り出し、戦場にはせ参じた。そのあとは二人の女王に振り回された機甲兵、軍事用アンドロイドは次々に搭乗員のエルフが死亡、土に還っていく。

 そもそも軍事兵器とは居住性への配慮がなされていない。その分を出力や機動性に回しているのだ。パイロット安全性は担保されているものの、それはあくまでパイロットスーツやヘルメットをかぶる前提のもと。エルフたちは恐らくシートベルトすら着用していなかったのだろう。

 俺も変身し、視界の倍率をあげてみたが土に還った機甲兵から出て来たエルフはみんな首がひん曲がったり、関節が変な方向に曲がったりしていた。


「さて、我らも始めるか、ジュウ!」


『わかったわ』


 ヴァレリアの合図でジュウちゃんたちがフルフルと首を振るベンたち獅子族を抱え込んで空に上がる。俺もヴァレリアと共に空中に飛びあがり、そのあとをつけていく。


「なあ、なあ、ヴァレリア、考え直そう? 俺たちだけでどうにかできる相手じゃねえだろ?」


「いいか、ベン、私は何もお前たちを死地に送り込もうという訳ではない」


「いや、完全に死地だろ? これ以上ないくらい完成された死地だから!」


「よく見ろ、町の中は建物だらけだ。機甲兵はその図体故、建物の中には入れん。お前たちは機甲兵を避けつつ、建物の中に居るエルフを始末すればいい。簡単だろう?」


「…あ、あはは、そう、どっちにしてもやらなきゃ死んじゃうもんな! みんな! 聞こえたか! 俺たちは建物に押し入り中のエルフを始末する! それが出来なきゃ殺される! 機甲兵か、ヴァレリアに!」


「あんた! やるっきゃないよ! 百獣の王、その力今こそ!」


 ベンの妻、レイチェルの力強い発言にみんな「「応!」」と力強く答えた。


『そろそろよ、いい? 急降下して獅子族を投下したら散開して退避するわよ!』


『『はい、姉さん』』


 そこそこの高度を保っていたジュウちゃんたちは町からの火線を避けつつ急降下してベンたち獅子族を投下する。すんごい急角度、まさに急降下爆撃だ。ベンたちは泣きながらも素早く建物に侵入、中のエルフを殺し始めた。


 すると町に充満していた機甲兵の何体かが機動停止し、土に還った。それらは遠隔操作の3000系だったのだろう。オーナーであるエルフが死んだため自壊プログラムが作動したという訳だ。


 そこに来て指揮官のシルフは全軍に突撃の号令を発した。クロアリ、赤アリの騎士たちは機甲兵を無視して城壁を駆け上がり、内部に突入。機甲兵は二人の女王が始末をつけていく。


「ふっ、私も働きを見せねばな。ゼフィロス、あなたはもう、下がっていてほしい。ここは私たちが」


『そうね、ゼフィロス。戻るわよ』


 ジュウちゃんたちに守られるように俺はその場を離れた。ヴァレリアは下からの銃弾を避けつつ高高度からのドロップキック。数体の機甲兵が城壁から落とされ、その下に居たのは二人の女王。最後は武器ではなく肉体の力。いかに優れたテクノロジーでも度を越えた野蛮さには敵わない。そう言う結果。


 そして城門が開き、二人の女王が大股で歩いて城壁の内部に侵入する。その日、数百年の栄華と繁栄を誇ったエルフの本拠地、アイリスシティは陥落した。


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