第54話 新時代への序曲

 エルフのいなくなったアシュリー領、その後始末をどうするか話し合いがもたれた。その結果、この地とその周辺にはアシナガバチのフリルの娘が巣分けをし、コロニーを建設することとなる。フリルの娘もキイロスズメバチを事情は同じ、オオスズメバチの目を気にして中々巣分け出来ずにいたのでプリンセスは既にたくさんの子を産んでいる。それにこの地はエルフによりある程度の開発が進んでいたので畑もあるし、井戸もある。それらのインフラを有効活用しつつ、大きな木の中にコロニーを建設するという。

 そして助け出された赤アリ、虚ろな目をした男は強制的にセリカと結婚させられた。そのセリカは助け出された同胞たちと北の城の地下にコロニーを建設するらしい。

 当然セリカは反発したが肉体言語による話し合いはごく短時間で決着。泣きながら同胞たちと共に北の城に向かって行った。


 地勢的には北の城、その北部には大きな山脈が横たわっていて通行不可。西側にこの元アシュリー領があり、ここの南側にはかつて俺が上空を飛んだ大きな湖がある。エルフの領域はその奥に広がっているのだ。つまりエルフの所に攻め寄せるにはこの元アシュリー領が入り口となる。俺たちの住んでいる平原は四方を山に囲まれた場所だったという事だ。

 そして南にある湖であるが、ここに船を出し攻め込む事もエルフには出来たはず、そう思ったが昆虫ですら巨大なこの世界、当然魚もでかくて狂暴である。水際で遊ぶぐらいならともかく、沖に出るなどエルフにとっては自殺行為だ。

 だが、ヴァレリアたちはその湖で魚を獲って俺に食わせてやるとジュリアやジュウちゃんたちと早速飛んで行ってしまう。まあ、色々あるよね。


 それはそうとセリカの巣分けは北の城、何故だろうと気になったのでソフィアに聞こうと彼女に宛がわれた建物の部屋を訪ねた。


「あ、来てくれたのね。ママ寂しかったわよ?」


 何か作り物をしていたソフィアはその手を止めて俺を迎えに走ってきてぎゅっと抱きしめた。


「あ、良い匂い、何作ってたの?」


「チーズがあったのよ。だから、シチューにそれを溶かし入れてあなたに食べさせたくて。もうできるから少し待ってて」


 ぴっちりとしたシャツと軍服のカーキ色のズボン。その上にエプロンをして鼻歌を奏でながらソフィアはシチューを皿に盛ってくれた。


「ほら、熱いからフーフーしなきゃだめよ?」


 そんな事を言いながらぴったり俺の横に座ってうまいうまいと食う俺を幸せそうな顔で見ていた。


「そうそう、それでさ、ママ」


「どうしたの? ああ、セリカの事?」


「うん」


「仕方がなかったのよ。ああするほか、うちには私の産んだ子しかいないでしょ?」


「そうだったね」


「他所の血を入れないと血が濃くなって弱くなるのよ。同志ネロスには違う娘と子を作らせてる。ファーストはみんなネロスの種ではないから。セリカが子を、そうなればネロスとの子とはいとこ同士、娶わせるのに問題ないわ。私があの男を迎えて子をなしても現状は変わらないのよ。いずれ同志ネロスも娘と独立させて巣別れを、そう思っているわ。奴隷にされてた人たちの話では男はキツイ扱いに耐えかねてほとんど死んでしまったらしいし、この先男の人を救い出せる確証もないの」


「でもそれじゃ、ママは? ネロスさんはただ一人の夫でしょ?」


 そう言うとソフィアはフッと寂し気に笑った。


「――人は全てを選べない。あなたにもそう言ったでしょ? そして、私の選んだことは種の存続。その為にはこうするしかない。例え別の男の人が助け出されたとしても他の娘に娶わせる。奴隷として扱われてきた女たちは子を産めないって、エルフに犯されそう言う事が怖くなってる。だからね、これは仕方のない事」


「…ママは、それでいいの?」


「ふふ、優しいのね。それは寂しくも思うわ。それに体の欲だってある。けれどね同志ネロスはあくまで同志、夫ではあれど愛する相手とは違うの」


「…どういう事?」


 そう尋ねるとソフィアはぎゅっと俺を抱きしめキスをした。


「この前言ったでしょ? 私が心を繋げ、愛するのはあなただけ。私は生涯あなただけを愛して生きていくの。あなたのママとして、そして女として。だから他の男は要らないのよ。…私ね、もちろんあなたの匂いは好き。だけど一番はその考え方。ずっとずっと疑ってきた。だけどあなたは私に嘘を言わなかった。ごまかす事もしなかった。だから愛することに決めたの。みんなの前では私はあなたのママよ? だけど二人の時はあなたの妻、だからちゃんと名前で、ソフィアって呼んで」


「…うん、俺も愛してるよ、ソフィア」


「嬉しい。すごく…」



「はぁぁ! ダメ、だめよ、そんなに、んんっ! すごい、しゅごいのぉぉ!」


「ほら、俺の為だけに蜜を出せ!」


「はい! ソフィアはあなたの為だけに蜜を出します! ああ、すっごい吸われてる!」


 大きな赤い尻尾を抱え、ウェーブの掛かった金髪を引っ張りながらそのデロンとした甘い蜜をじゅるじゅる音を立てて吸う。何をするにも栄養補給これは欠かせません。


 あんなことやこんなことがあったあと、ソフィアの豊かなおっぱいに挟まれながら横になる。

 巣分けに北の城を選んだのは理由があって、あそこが今後こちら側、つまりエルフの領域との交易の中継点となるだろうという予測の元であるらしい。北のエルフ領からの産物、そして南からの産物、それらは全て北の城を通過して運ばれていく。酒の醸造以外に特別な技術を持たない赤アリとしては交易を担う事で生活を豊かに、そういう計画であるようで、それはクロアリのシルフや巣分けが決まったアシナガバチたちの賛同も得ている。何しろアシナガバチたちは技巧派、木工製品については他の蜂族よりも数段いいものを作ることができるのだ。そしてクロアリは何でもできる。そのほかにもベンたち獅子族の作る肉の加工製品は各地で人気だし、赤アリの酒も評判がいい。たくさんの荷を運べるアリ族がその運送を担ってくれるというのはみんなの利益に合致するという事だ。


 メンヘラではあるが、頭のいいソフィアはそう言う事を俺に説明するとその大きな体でぎゅっと抱きしめた。


「ゼフィロス! こんなとこにいたのかよ、ほら、出て来いよ、赤アリの女王、あんたも」


「何よ、大騒ぎして」


 そう言いながらもソフィアは身を起こし、俺に服を着せ、自分も着替えて外に出る。


「うわすっげ!」


「だろ? あたしたちにかかればこんなもんさ!」


 外にあったのはすんごいでっかい魚。多分30m級。それをワーカーたちが解体し、串にさして焼き始めていた。ジュリアは自慢げに鼻を啜っていた。


「すごいわね、これ」


 流石のソフィアもこれにはびっくり。他のインセクトたちもミュータントたちも顔を出し、それぞれ等分に分けられた魚を種族ごとの食べ方で調理する。その時どすんと音がして空からでっかい魚が降って来た。


「それだけでは足りぬと思ってな」


『そうよ、あたしたちが獲ってきたの』


 上空にはヴァレリアとジュウちゃんたちが。二匹目の魚も解体され調理されていく。その夜は魚パーティ。あちこちで輪になってたき火を囲み魚を食べた。俺はユリちゃんに連れられて色んな種族の所で味見をさせてもらう。塩焼、酒蒸し、ムニエルやクリームソースをかけたもの、チーズをのせて焼いたものなど色々あった。蜂族はどちらかと言うと女性的なイタリアン、クロアリは板前の作る和食風、赤アリは洋食、というかロシア風で、狼族は味付けの濃い、おつまみ系、そして獅子族は香辛料の利いた味付けだった。


「へえ、みんな結構違うんだね」


「はい、私、すごく勉強になりました。もっとおいしいものを作れるように頑張りますね」


 ユリちゃんはそう言ってウチのワーカーたちのいる所に戻り、情報を共有し始めた。


 そこからしばらくは元アシュリー領に留まり、ジュウちゃん率いる眷属部隊が勇者グランの指示により近隣のエルフの町を偵察する。その間にもアシナガバチのコロニーは着々と建設工事が進んでいく。

 勇者グランの語る所によればここからエルフが取り得る策は二つ。


 一つは過去に二度成功を見ているように家族愛に厚い蜂族のインセクトを人質に取り、女王を出頭させそれを処刑する。そうなれば残されたコロニーはいずれ破綻をきたすしその場においても撤退せざるを得なくなるだろう。

 これに対する対応策として今後、前に出るのは地上部隊であるアリ族とミュータントとすることに。蜂族はこの場に留まり後方支援に徹する事にした。

 

 そしてもう一つはこのままやり過ごし冬を待つこと。冬が訪れればインセクトは活動が鈍り、残ったミュータントだけなら何体かの機甲兵があれば十分に勝負をかけられる。おそらくこちらの策をとるだろうというのが勇者グランの推測だ。


 と、言う事はこちらはそれをさせなければいいだけでこれまでに偵察を済ませた三つのエルフの町にジュウちゃんたちが毎日空爆をかける事にした。そして軍事用アンドロイドの存在がないとわかるとメルフィを先頭にアリ族が襲撃をかけていく。機甲兵はメルフィが、住民たちは獅子族や狼族、それにアリの騎士たちが始末をつけていく。二つの町は焼き払い、残る一つの町は前進基地として利用する。元アシュリー領をアシナガバチに委ねた俺たちも残りの蜂族と共にそちらに移動した。


 それがすむころ季節は春から夏に移り変わっていた。


「あーもう、毎日雨ばっかり。嫌になる」


『本当よね』


『そうでありますな』


 こちらに移ってからヴァレリアたちは連日の会議で忙しい。カルロスや女王たちももちろんそこに参加している。そして夜のお勤めから解放されご機嫌なハニーナイツたちは読書や学術的な討論を楽しんでいた。その話は難しいのでそこにも入れない。なのでこうしてアイちゃんの上にのぺーっと抱き着きその俺の上にジュウちゃんがびったり乗っかり挟まれる格好で過ごしている。


 そして夜はハニーナイツの代わりに俺が夜のお勤め。夕方になると誰かが迎えに現れるのだ。


『そろそろお勤めの時間ね。ほら、脱ぎなさいよ、綺麗にしてあげるわ』


「いいよ、風呂入るし」


『女の前では常にカッコよくしとくべきなのよ。汚いまんまじゃ眷属のあたしたちが笑われるわ』


『そうでありますよ、主殿』


 ジュウちゃんとアイちゃんに裸にされ二人に体中を舐めまわされる。


「あ、そこダメ!」


『やぁねえ、ここがいいの?』


『はしたない声をあげたらだめでありますよ? うふふ』


 いろんなところを舐めまわされてあそこは大変な事になっていた。二人はとってもテクニシャン、なにがって? 身づくろいに決まってますよ。


『ふう、これで綺麗になったわね、あは、かわりにあたしが汚されちゃった』


『すごい匂いであります。もう、くらくらしそう』


 意味深な事を言う二人は互いに身づくろいを始めた。


 着替えを終えて葉巻を吸っているとコンコンとドアがノックされる。ここでも俺たちはエルフの住んでいた建物に仮住まい。「どうぞ」と答えるとドアが開き、そこには顔を赤らめ恥ずかしそうに身を縮こませるイザベラの姿が。


「…その、ゼフィロスさん。今宵はわたくしが」


『さ、行ってらっしゃい』


『頑張るでありますよ!』


 ジュウちゃんとアイちゃんに見送られ、部屋を出るとイザベラはぎゅうっと大きな体で俺を抱きしめる。


「ああ、たまらない、この匂い!」


 そう言ったかと思うと羽を広げ音速で俺を抱えたまま屋内を飛び回り自分の部屋に。何人か弾き飛ばされたがそんな事は完全に無視だ。


 そして激しい睦言。蜂族の女は色欲が大きいのだ。特にイザベラはその傾向が強かった。


「ほら、イザベラ、このでっかい尻尾から蜜を出せよ」


「やん、ダメよ、そんな呼び方、わたくしはあなたのお母さん、そう決めたのに!」


「今は俺の女だろ。早く」


 パチンと大きな尻を叩き蜜を出させる。色々あった後には水分と栄養の補給は必須だからね。


「はうぅぅ! だめぇ、出ちゃう、お尻叩かれて蜜が溢れちゃう! 飲んで、わたくしの蜜、いっぱい、いっぱい飲んでぇ! んあああっ!」


※ 勘違いをする人がいるといけないのであえて言っておきます。これはインセクトの栄養補給の描写であり、性描写ではありません。大きなお友達のみんなは判っているよね。


 事を終え、すっきりとした俺はベッドに腰かけ葉巻に火をつける。シーツで体を隠したイザベラはその俺に寄り添い、柔らかく甘えた。


「うふふ、不思議ですね。最初にあなたを見た時、こうしておけばよかった。そう言う後悔と娘の婿となってくれた感謝、それが心に入り混じりますわ。きっとわたくしは妬いているのね、ヴァレリアやジュリアに」


 葉巻をもみ消しそのイザベラを押し倒す。最初に出会ったあの日からイザベラは俺の庇護者で居てくれた。ずっと変わらずに。


「お母さん、あなたが居てくれたから俺はこうして」


「だーめ、今はあなたの女、そうでしょう?」


「イザベラ、愛してる!」


「わたくしも! ああっ!」


 そんなこんなで朝まで色々充実した時間を過ごす。目が覚めるとけだるそうな顔でシーツを体に巻き付けたイザベラがコーヒーを用意してくれた。


「うふふ、そろそろ用意していかないと。グランさんが焼きもちを妬いてはいけませんからね」

 

 コーヒーを飲み干し、着替えを済ませ部屋を出る。廊下にいた勇者グランは涙目で俺の手をしっかり握り「友よ!」と感極まった声をあげた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る