第53話 過ちの結果

 ゴロゴロと音を立てる赤アリの引く馬車の中、俺はソフィアにしっかりと抱きかかえられて過ごしていた。

 北の城での処分も済んで、いよいよエルフの領域に侵攻をかける事になったのだ。作戦立案は勇者グランと蜂族男子ハニーナイツ。まずはここから一番近いアシュリーの領地を攻め滅ぼすらしい。

 

 勇者グランの見解によればエルフの内情も一枚岩ではないようだ。彼らには彼ら内部の争いがあり、アシュリーから聞き出した情報も合わせれば大きく二派にわかれているという。


 一つはアイリス教団、これはアイリスの直系女子で構成され、いつ俺が目覚めても妻となれるようある一定の年齢までは修道院で暮らす事が義務付けられているという。もちろんアンドロイドへの適性は絶対条件。それぞれに軍事用アンドロイドが与えられ、力を持つ代わりにアイリスの教えへの絶対的な服従を強いられる。

 そしてもう一つは貴族。これは最初に目覚めた四十人、その中の女性たちの系譜。アイリスの子孫、その男たちを夫に迎え、アンドロイドへの適性を備えているという。最初にヴァレリアと共に出会ったあの貴族は比較的新しい型のアンドロイドを所持していたのでかなりいい家の生まれではないかと推測される。

 この二派は表面上は協力関係であるが、狂信的な教団と現実的な貴族たち、双方の間は必ずしもうまくはいっていないらしい。


 もともと北の城の領主であった辺境伯は教団に俺の安否がわかるまでは南への侵攻が禁じられていたにもかかわらずそれを無視して毎年セントラルシティに侵攻をかけていた。その一方で家臣を置いた村々では積極的にミュータントとの取引も推奨させている。セントラルシティを落し、議長のカルロス、そしてクロアリたちを排除すればミュータントを配下に収めエルフの中で力を増せる、そう言う思惑もあったのではないかと推測される。


 まあ、それはともかくエルフ領への侵攻は各女王たちも乗り気である。アシナガバチのフリルは巣別れする場所を切実に求めているし、プリンセスが大きくなり始めたオオスズメバチのアエラもそれは同じ。キイロスズメバチも将来的にはジュンのコロニーを建設したいと思っている。そしてクロアリの母ちゃん、シルフも巣分けの意図はあるのだ。山を越えた南側や東、西側にはすでに同族たちがコロニーを構え、こことは違う力の秩序の元に暮らしている。つまり伸びる方向は北、エルフの領域しかないという訳だ。


 そして赤アリのソフィアは奴隷とされている同胞たちを救出するという悲願が。そうしなければ種の存続にも関わるのだ。

 

 それぞれの目的を果たすためにはエルフが邪魔、これは共通した認識だった。


「ほら、あーん。どう? ママの作ったお菓子は美味しいでしょ?」


「うん、美味しい」


 そしてそのソフィア、猜疑心が強く、嫉妬深くて暴力的であり、他者の気持ちを考えない。そう言う色々困った人ではあるが、俺にはとても優しかった。意外な事に、

ヴァレリアたちや三人の女王の中でこのソフィアが一番家庭的。シンプルではあるが、料理も自らの手でつくるし、着るものも拵えてくれる。ヴァレリア、ジュリア、メルフィの三人の妻は元々ソルジャー。そう言う事はワーカーの役目と考えている。それはジュンやセリカも同じである。身の回りの世話はしてくれるし、果物などは獲ってきてくれるが料理や縫物と言うのは頭の中にないのだ。

 お母さんのイザベラ、そして母ちゃんであるシルフもそこは大差ないようでそう言う事は娘たちに任せきり。今回の遠征にも何人かのワーカーを伴ってきた。

 だが、このソフィアは基本的に娘であれ誰であれ、他者を信用しない。何事も自分で、そう言う感覚。その分素朴な料理だが、それがすごく落ち着くし、うまく感じた。


「ん~~可愛い。ちゅっちゅしてあげる」


 そう言ってソフィアは俺を抱きかかえキスをする。そして柔らかく微笑みながら口を開いた。


「ねえ、ゼフィロス」


「なあにママ」


 ママと呼ばないと怒るからそうしているだけだからね。本当なんだから!


「あの時、エルフたちの処刑の時、なんで鎧をまとったのかしら?」


 顔はにこやか、だけどその目は笑っていなかった。嘘は許さない、そう言う顔。これまでたくさんの人に裏切られ、夫にも逃げだされたソフィアはことのほか疑り深いし、嘘を嫌う。なので正直に話した。

 エルフ、元は俺の妹の子孫たち、それを殺すのが楽しい、そう言う貌をみんなに見せたくなかったからだと。


「ふふ、ふはははは! そうか、そう言う事か、我が息子、そして愛する人よ、それは正しい判断だ。人は全てを選べない、だから人生には決断がいる。…そして選ばなかったもの、切り捨てたものに情をかけるのは愚か者のすることだ。だが、情の無いところ、それをわざわざ人に見せれば生きづらくもなる。全てにおいてお前は正しい」


 ニタァっと顔を歪め、残酷で、それでいて親愛に満ちた笑みを浮かべたソフィアは中肢でしっかりと俺を抱え、手足で俺を抱きしめ押し倒す。


「博愛、人権、そう言うものが古い時代には尊重されたと聞く、だがそれは間違いだ。許せぬものは赦す必要はない、受けた屈辱は力を持って晴らすべき。…そうだな?」


 おぞましく、禍々しい笑顔、奴隷として生まれ、その生まれに抗い戦い抜いて生きて来た女の貌。それが俺にはどうしようもなく愛しく思えた。

 そのソフィアの大きな体をぎゅっと抱きしめ下に組み敷く。そして長く、深いキスをした。


「…ん、あっ、そんな、」


「そうだ、屈辱は晴らすべき、過ちは正すべき、その為に必要な力を手にした。妹の過ちは俺が正す。ママの屈辱は俺が晴らす。…だからソフィア、お前は、ママは俺を」


「…うん、私はあなたを愛するわ。ママとして、女として。たくさんの娘たち、そして夫、誰とも心が繋がらなかった。私が心を繋げるのはあなただけよ、愛してるわ、ゼフィロス」


 俺たちは互いに涙を流しながら体を重ね、心を重ねる。とろけるような甘い時間。嘘も、偽りも、打算もない関係。この人は俺のママであり、愛しい女。



「ほら、ちゃんと食べなきゃダメよ? おいしい?」


 たっぷりと甘い時間を過ごした後、ソフィアは自分で作って来たお弁当を食べさせてくれていた。シンプルなサンドイッチ、手作り感あふれるそれは味はそこそこ。だけどすごく美味しく感じた。


「うん、美味しい。ママは食べないの?」


「えー、どうしよっかなぁ。太ってあなたに嫌われたくないし。でもぉ、ゼフィロスがあーんて食べさせてくれるなら」


 相変わらずめんどくささは抜群だ。


「ははっ、ほら、あーん。どう? 美味しい? ママ」


「やぁだぁ、こういう時は、名前で呼んでくれなきゃだめよ?」


 まじめんどくせえ。


「はは、ソフィアは綺麗だから。名前で呼ぶと照れちゃって」


「もう、恥ずかしいじゃない」


 こういう嘘はすんなり受け入れるらしい。


 弁当を食べ終えると再び抱っこ。そうこうするうちに休憩となり、マフラーを巻いて馬車から外に出てみる事にした。


「随分風景が違うのね、でもどこか懐かしいわ。私の生まれたところもこんな感じ」


「そっか」


「同胞をエルフたちから解放して、私たちは全てをやり直さなきゃ。失ったものを取り戻しても長い時間と大きな苦労。それでもそれは前向きな事」


「ママは強いね」


「そうよ。意地を張ってここまできたけれど、今はあなたがいる。だから今までよりもずっと強く、そして楽しく生きられる。蜂族たちはあなたの種で男を産んだ。私もあなたの子を産んで、いつかその子を婿に出す。そう言う楽しみもあるのよ」


 石に腰かけそんな話をしているとセリカがそこに顔を出した。


「中佐殿! 昼からは大佐殿は私と前に! そうでなければ士気に関わります!」


「却下ね。そしたら私が寂しいじゃない」


「お母様! これは遊びではない! 大佐殿にはしっかりと立場を!」


 そう言ってセリカは俺に抱き着く。そこにソフィアの鉄拳が。


「バカね、あの子も。あなたの事が好きなら好き、そう言えばいいのに」


「言ったらどうするの?」


「うふふ、答えは同じよ。娘とは言え同じ女、譲る筋合いはないもの。欲しければ力で、そう言う事よ。あはは」


 この世は弱肉強食、実に恐ろしい。


 ちなみにクロアリも赤アリも夫を伴ってきてはいない。クロアリの母ちゃんは性欲を理性で抑え込めるし、そもそもクロアリの男たちは技術屋で蜂族の男のように知識が豊富な訳でもない。連れてきても意味はないらしい。

 そして赤アリの男、ネロスさんは赤アリ唯一の成人男子。何かあれば種族の滅亡となるので当然外には出られない。


 そう言う事で昼からもソフィアと馬車であれこれして過ごした。


 夕方になりその日は野営。ジュリアが迎えに来て俺を馬車から連れ出した。基本、蜂族の女はアリ族の女に嫉妬しない。逆もまたしかりだ。ソフィアは笑顔で俺を見送りジュリアも俺が世話になった礼を述べ俺を抱えて空に上がった。


「もう、自分で飛べるのに」


「いいんだよ、あたしはこっちの方が好きなんだ。それより、昼間のうちにジュウと二人で偵察に出てうまそうなイチゴを見つけたんだ。ウチの方じゃもう終わっちまってるがこっちは今が時期らしい」


「へえ、いいね」


 アリたちはテントを設営、蜂族たちも連れて来たワーカーが夕食の支度を始める。蜂族は木の上で夜を明かす事にするらしい。


『あ、もう、遅いわよ! ほら見て、おいしそうでしょ?』


 ジュウちゃんが待っていた木の上でイチゴを小さく切ってそれをみんなで食べた。

そうこうするうちにウチのワーカーの頭であるユリちゃんから食事が出来たと報せが入る。ホントこの触覚は便利なものだ。


 野外で風呂、と言う訳にはいかないので俺は裸になってジュウちゃんに体中を舐めて綺麗にしてもらう。他のみんなだが、ソルジャーたちは鎧を解いて脱皮すればきれいになるのでそうしていたし、鎧を装着できないワーカーのユリちゃんたちや蜂族男子ハニーナイツたちは湯を沸かして体を拭いていた。


 その夜は太い枝の上でジュリアとジュウちゃんに挟まれあれこれ。ジュリアの柔らかいおっぱいに顔を埋めて眠りについた。



 翌日はメルフィの後ろに座り、アイちゃんの上に乗る。地上を進む軍勢はベンたち獅子族とその眷属が先頭。何かあった場合は死に番と言う訳だ。その後ろにメルフィを先頭にクロアリ。その後方には赤アリが続き、敏捷さに勝る狼族は遊撃として最後方に。空には蜂の大軍が。総勢一万にも及ぶ大軍だった。


「うふふ、もう、わたくしが居なくて寂しかったのでしょ?」


『もうメルフィは邪魔であります! 私が乗せるのはゼフィロス様だけなのに!』


「何言ってんのよ。私の旦那様とわたくしはセット。切っても切れない間柄なんですよ?」


『重いし、バカだし、ずうずうしいし、メルフィは最悪であります!』


「ねえ、メルフィ、喉かわいた」


「え、だめよ、みんないるのよ?」


「いいから!」


 そのメルフィをぎゅうっと前に押し倒し、大きく膨らんだ尻尾に口をつけ尻を叩いた。


「はひぃ! だめ、そんな、声が出ちゃう! あっ! あっー!」


 周りを取り囲むアリの騎士たちはくすくすと笑いを漏らした。


「もう、もう! 知りません!」


『本当にメルフィは一族の恥であります!』


 そして休憩時間。


『だ、ダメであります! こんなところで! んひぃぃ!』


「無理、もう無理なの! ぺロペロらめぇぇ!」


 アイちゃん、そしてメルフィからの水分補給を楽しんでいると母ちゃんから呼び出し。正座させられた俺たち、そしてアイちゃんは母ちゃんの鉄拳を食らった。


「まったく、恥ずかしい事するんじゃないよ! このバカ共!」


「だって、」


『そうでありますよ!』


「言い訳するんじゃないよ! だいたいなんで水稲持たせてやらないんだい! そうなりゃこうなるのは判り切ってるだろ!」


『私はちゃんと進言したでありますよ! だけどメルフィが!』


「だって、ゼフィロスは私の蜜が好物ですし」


「だったら変な声あげんじゃないよバカ娘! 上から蜂の連中だって見てるんだよ? 恥ずかしいったらありゃしない!」


 スパこーんとメルフィは頭を叩かれずれた眼鏡をぷうっと膨れながら直していた。母ちゃんと一緒に乗っている馬車の奥から「ふひゃひゃひゃひゃ」と笑うカルロスの機械音声が響いた。


『まったく、バカな事やってんじゃないわよ。女王シルフ、そろそろエルフの町に着くわ。軍議を開くから議長と参加してほしいって。ほら、メルフィ、膨れてないであんたも行くのよ!』


 ブスっとしたメルフィは母ちゃんに引きずられるようにして連れていかれた。


「ねえ、ジュウちゃん、俺は出なくていいの?」


『相手に機甲兵が居ないのは調査済み。いたところで古い型、ヴァレリアたちが居ればどうにでもなるわ。勇者グランが言っていたようにここはあたしたちでケリを、そう言うところ。だからね、あんたはあたしたちと遊んでればいいのよ』


『そうでありますよ。何もかも主様が背負う必要はないのであります』


「そっか、そうだよね」


 そのあとはジュウちゃん、そしてアイちゃんの二人の巨大昆虫と戯れて過ごした。



「皆の者! 我らは自らの手で新たな時代を切り開く! エルフは世に無用の者! 一人残らず殲滅し、平穏な生活を取り戻す! 情け容赦一切無用! かかれ!」


 その日の午後、総指揮官ヴァレリアの号令でアシュリー領、それに近隣の村々、キースとか言ったアシュリーの婚約者の領地は俺たちの軍勢に蹂躙される。建物に隠してあった何体かの機甲兵はメルフィとジュリアによって切り刻まれ土へと還った。

 逃げ出したエルフたちは俊敏な狼族に追い討たれ数千はいたエルフは皆殺し。

 近隣の村では赤アリの奴隷も助け出されたようだ。その中には空ろな目をした男性もいた。


「…あんちゃん、私が生きて来た理由、責任、それももうすぐ」


「何言ってんだよ、カルロス。あんたはあの母ちゃんの父、そう言う役目が残ってる。トゥルーブラッドではなく、家族としての役目がね。だからまだ死ぬのは早いさ」


「ひゃひゃひゃひゃ、…厳しいね、あんちゃんは」


「ガキの頃のお前のいたずらには散々手を焼かされたからね。今度は立場が逆って事さ、なんせあんたは母ちゃんの父親、俺にとっちゃじいさまって訳だからな」


「ふふ、年は取りたくないもんだね、あんちゃんのじいさま、か」


 俺とカルロスは小高い丘の上でそのすべてを見届けていた。自らの同胞、幼馴染、そして妹の過ちの結果を。

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