Call26 私に出来ること



 ミシ……と、骨の軋む音がする。


 腰に回ったテケテケの手が、凄まじい力で私を締め上げていた。


 ミシ、ミシ……。


 やだ……。


 痛い、痛くて、痛くて痛くて……。


「いっ、助けっ…っあぁ!」


 もがいてもその手は離れずに、私は自分が助けを求めて、掠れた声で叫んでいることに気付いた。


 激痛と恐怖が目まぐるしく頭を回る。

 そんな中、私はある言葉が、脳裏に過るのを感じていた。



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



『地獄に帰れ』


 それはテケテケを追い払うと言われる呪文。

 都市伝説を少し調べれば分かる程度の、簡単な言葉。

 私が助かる為の言葉。



 ジョンさんが私に警告していた理由も、今、ひしひしと分かる。


 私は恐れないといけない。

 彼らを、私を殺そうとする彼女を。


 痛い、このまま死にたくなんてない。


「っぅあっ……」


 苦痛の呻きが零れる中で、私は呪文を紡ぐために口を開く。


「地獄に…っ…」



 帰れ……と、そう口にしようとした。

 だけど、一瞬……ほんの一瞬だけ、それを躊躇う。


 だって、言葉の断片を聞いたテケテケの……あまりにも悲痛な声が聞こえてきたから。



 ──タスケテ── 


 

 私に組み付いたまま、彼女は泣いていた、嘆いていた。

 タスケテ、タスケテ、タスケテ……って、ミステナイデって、口にしながら。

 その子は……私に縋り付いていた。


(やめてよ……ねぇ)


 分かるよ、分かる。

 テケテケの話には……犠牲者しかいないから。

 悲惨な死を遂げた女の子も、犠牲になった被害者も……誰も救われない都市伝説だから。

 地獄に帰れと言う言葉が……見捨てられて死んだテケテケにとって、どれだけ辛い言葉か。


(だけど、私だって死にたくない……死にたくないの)


 メリーさんに爪を立てられた時は、無我夢中で、自分の想いを口にしただけだ……そうしたら、メリーさんが許してくれた。

 和美の時は、メリーさんが守ってくれたから、助けようなんて思えただけだ。

 でも今は違う……私しか、私を助けられる人はいない。

 テケテケが私に助けを求めても、私は私を助けることしかできない。

 口にしなければ……きっと私は死ぬ。

 テケテケの嘆きを、気持ちを救える言葉も力も、私は持ってないから。


 何故だか……つ、と、涙が零れる。

 だけど、私は口にした。

 口にしてしまった。


「か、帰れ……地獄に、帰れ」


 口から出たのは、意外なほどに小さな声……。

 どうして……と背中から声が聞こえたような気がした


「ごめん……私、助けられないの……救えないの。だから……ごめんね」



 言葉が聞こえたかは分からない。

 だけど、分かってはいるんだ。

 こんな謝罪、テケテケには慰めにもならないって。

 テケテケの重さも、身体を締め付けていた手の感触も……あまりにも呆気なく、私の背から消えていた。



◇◆◇◆◇◆



 テケテケには、命を狙われただけだった。

 だから、自分の命を守るのは、きっと当たり前のこと……。


 だけど……ううん、だからこそ、私は受け止めなきゃいけない。


 今の私には、テケテケや……きっとメリーさんのことだって……手を差し伸べられるような力も経験もないんだって。


 最初の夜、メリーさんが私を殺さなかったのはメリーさんの気紛れで。

 私が和美を助けることを選べたのは、メリーさんが守ってくれたから、方法も示してくれたから。

 私一人じゃ、なにも出来てなんかいない。


 ……メリーさんとあの約束をした時、どこか勘違いしてたんだ。

 和美の事と同じように……メリーさんも慰めてあげられるんじゃないかって、無意識にそう思ってた。

 だけど……私はきっと、あの約束を一人で抱えられるような人間じゃない。

 メリーさんのことをよく知らないのに……悲しみや感情を背負い切れるような人間じゃない。

 そんな当たり前を、私は忘れていた。



 ……助けてと、見捨てないでと嘆くテケテケを、呪文で追い払うことしかできないのが……今の私なんだから。



 助けを求める相手に手を差し伸べる。

 悲しそうだから助けてあげる。



 それは私が思うより、きっとずっと難しくて……。

 だからメリーさんは……思い上がって、無責任に交わそうとした私の約束を、喜ばなかったんじゃないんだろうか。



(……自分勝手でごめんね)


 またもう一度、話をしよう。

 今度はちゃんと、気持ちも聞くから。




 夕闇に染まる道。

 ぼんやりとした気持ちで帰宅する中で……家の前に立つ、つば広帽子の女の子を見つけて……私はそんなことをポツンと思った。



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