Call21 校庭に見えたモノ





 学校に着くと、大して面白くもない時間が流れていく。

 私が文芸部を辞めたこともすぐに広まったらしく、席に座った私の耳に、ひそひそとした話が聞こえてきていた。

 エンジェルちゃんオカルト研究部創るんだって……とか、学校の裏で一人で話してたらしいよ、とかそんな話題がちらちらと耳に入る。



(……そーやってどんどん噂広めてろ)



 私が不気味な存在になればなるほど、『一人っきりのオカルト研究部』としての噂は広がっていく。

 だからこれでいい、悔しくなんかない。

 ……和美のいた朝の時間が、何故か頭に過るけれど……今のこの孤立こそが、私のいつもの時間だ。

 ……私はクラスの人間の陰口から思考を逸らして、ぼんやりと窓の外を眺める。

 そうするとメリーさんの顔が頭に浮かんで……ちょっとだけ暗い気持ちにもなった。

 私はお母さんの為にメリーさんと仲良くなろうとした。

 それが失礼なことで、怒らせたのも分かってる。

 でも、だからって私をお母さんの代わりみたいに思って、友達ごっこされたのは……なんだか悲しい。


(自分勝手な奴だな、私も)



 るーるーと同じって、メリーさんは言っていた。

 私が自分の目的のためにメリーさんと関わろうとしたんだから、メリーさんが仲良くなる目的以外で私と関わろうとしても、私には怒る資格なんてないかもしれない。  

 お母さんの代わりにして友達ごっこをしたかったんだとしても、私は受け入れるべきなのかもしれない。



 だけど……なんかやだ。


 感情は、感情なんだ。


 メリーさんが助けてくれて嬉しかったし、家に来てくれて嬉しい部分もあったのに……それが嘘になったみたいで、嫌だ。

 友達だったのはお母さんで、私達はまだちぐはぐなオトモダチ。

 それが突きつけられたことが……すごくイヤ。



(仲良くなりたいって言ってたじゃん)



 ついそう思ってしまうけど、一番イヤなのは……そんな自分の儘ならない感情だ。



(……次に会ったら、どんな顔すればいいのかな)



 私は頬杖をついて、はぁ、とタメ息を吐く。

 憂鬱な気分とはこういうことを言うんだろう。

 二階の窓から見える景色に視線をやりながら、私はぼんやりと校庭を眺めた。

 とくに何か目的があったわけじゃない。

 ただ、見るべきものがなかったからぼーっとしていただけだ。


 だから……。



 それが見えた時、一瞬何か分からなかった。



(え……なに、あれ?)



 校庭の真ん中……そこに誰かがうつ伏せで倒れていた。

 制服を着ているみたいだし、女子のようにも見える。

 でも、おかしいのだ。

 短い。

 やけに短いんだ、全身が。

 うつ伏せに倒れているにしても……全身の長さが半分くらいしかない。



(あ、そうか……足……え?)



 その理由はすぐに分かった。

 ぼんやりとその理由が分かってから……すぐに、私の顔が青ざめる。



 足、ないんだ。

 下半身がないんだ、あの子。

 


(な、なにそれ……大丈夫なのあの子?)



 死ぬ、死んじゃうよね?

 背筋に冷たいものが走り、私がおろおろとその子に視線を送った時……。



 その子は唐突に、姿を消した。

 ただ消える前に……私には見えた。

 何故かはっきりと見えてしまったんだ。

 私の方を見てにんまりと笑う……青白いその顔を。




  

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 分かった。

 今日は最悪の日だ。

 最悪の一日だ!



 昼休みも終わり、放課後になってから……私は勝手に部室として使うことにした多目的室に向かいながら、そんな事を思っていた。

 朝には喧嘩するし、学校に着いたら妙なものを見るし、最悪としか言いようがない。

 外に出るのが怖かったから、昼休みのパンだっていつもの校庭じゃなくて教室で食べた……お陰で他の連中の陰口がちまちま聞こえる始末だ。



 エンジェルちゃんとか呼ぶなあいつら! るーちゃんって呼べー!



 そんな不満を心の中で爆発させるけど、ちらちらと校庭で見えたあれのことも気になって、私の気持ちはいっぱいいっぱいだった。



(校庭のあれ……ただの幽霊ならまだいいけど) 

 多目的室に向かいながら、私は考える。

 いや、幽霊もやなんだけど……それより悪いものを私は知っているから。



 下半身のない、うつ伏せの女子……。

 それに当てはまりそうな都市伝説。

 その存在は不吉なものだから、私を見て笑ったなんて思いたくはない。 



(テケテケ……)



 テケテケ……有名な都市伝説の一つと呼べる存在。

 愉快な名前が特徴的だが、私も人のことは笑えない……じゃなかった、愉快な名前に反して危険な存在だ。

 テケテケの逸話はいろいろあるけれど……そのうちの一つを簡単にまとめるとこうなる。

 北海道にいるある女の子が電車に轢かれ、下半身と上半身が両断されてしまった。

 しかしその子は寒さのせいで血が固まり、上半身だけで生きていたのだ。


 けれど、彼女を轢いた電車の運転手は、彼女に救いの手を差し伸べることはなかった……手遅れと判断し、その上半身にブルーシートをかけてしまったのだ。

 死体としてブルーシートをかけられたその子は、その運転手を呪いながら、時間をかけて息を引き取っていったのだという。



 他にも、這い回った上半身が運転手に組み付いた結果、運転手を発狂させた……と言うのもあるけれど……なんにせよ、そうした悲惨な死の経緯から生まれたテケテケは怨霊にも近い存在と言える。

 


 テケテケは、名前の軽さに比べて凶悪なのだ。

 人を恨んで死んだ、上半身だけの少女の霊。

 時速100kmを越える速度で這い回り、生きてる人間の下半身を奪いとってくる直接的な害。

 さらには話を聞いた者の場所に、3日以内に現れるという襲撃特徴。

 ……もっとも、3日以内に現れるなんてなったら、日本にテケテケを知る人間がいなくなってても不思議じゃない。

 だから3日以内というのは眉唾物だろうと思ってる……。

 噂から生まれた怪異だとしても、必ず3日以内に現れるわけではないんだろう……きっと。




 ただなんにせよ、そんな都市伝説に笑顔を向けられたのだとしたら、嬉しいはずもなかった。



(テケテケじゃありませんように……) 



 そんなことを願いながら、私は誰もいない多目的室の扉を開いた。

 中には誰もいない、文字通りひとりぼっちの空間だ。

 非公認のオカルト研究部……その活動の為の部室。

 多目的室の中に積まれている椅子と机を一つ出してから、私はカーテンを閉めて暗室を作る。



 校庭で妙なものを見たし、メリーさんとは喧嘩しちゃったし、今日はやめようかと思ったけれど……放課後、来れる時はここにいようと私は決めている。

 だから、こんな日でも活動はするつもりだ……これは自分で決めたことだから。



 椅子に座って……真っ暗な多目的室の空間を見ながら……私は声を出した。



「じゃあ、一回目の、オカルト研究部の活動を始めます……見てるーかずみー?」



 それに返ってくる声は……無論あるはずもなかった。



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