Call11 夕暮れと小さな影




───



───────



───────────







「どうしたの逆神さん、そんな場所に立って」



「え?」

 私は、カーテンの締め切られた多目的室に、一人で立っていた。

 和美もメリーさんもいない……私がメリーさんの手を取った後に、急にここに来た……そんな感じだ。

 さっきまでのは夢……じゃないとは思うけど、メリーさんが私をここに連れ出してくれたのかな?




「なにか探し物? 遅くならないようにね」



 声をかけてくれているのは、文芸部の顧問の、小牧恵先生。

 すらりとして優しい、話し相手にもなってくれる良い先生だ。

 私のお母さんがいなくなってから、とくに目をかけてくれている。

「あ、あはは、はーい……」

 さすがに、七不思議と会ってましたとかは言えない。

 苦笑いをする私の制服で、急にスマホが鳴り始めた。

 明るい着信音に……恵先生と、私の間の空気がピシッと固まる。

 私の学校では、スマホの使用は許されていない。

(まままま待ってちょっと待って止めなきゃでしょこれ!!)

 止める止め止め……じゃなかった止めても遅い!!

 スマホ没収!?

 わたわたとスマホを出したりしまい直したり……そんな私に、恵先生は……はぁ、と息をついた。

「逆神さん?」

「えっと……あ……ちょ、ちょっとその、妙な感じでポケットにありまして……」

 しどろもどろになる私に、恵先生は苦笑する。

「……お父さんが心配で持たせたのかもしれないけど、校則は校則だから気を付けてね。電話は……ここじゃなくて外でしてきなさい」

 その言葉に、私はほっと胸をなでおろす。

 どうやら没収やお説教はなさそうだ。

 やんわりとたしなめられた私は、小さく頭を下げた。

「はい……ありがとうございます」

「ごめんなさい、でしょ」

「はい、ごめんなさい!」

 しっかりと謝ってから、私はこの場での通話を諦める。

 たぶん……メリーさんがなにかを伝えるために電話してくれてるのかもしれないけど、いま電話に出たら、取り上げないでくれた先生にも悪い。

 着信を止めるために画面を見ると……やはり『メリーさん』の文字が表示されている。

(ごめんメリーさん! 大事な話なんだろうけど待ってて!)

 心の中で謝りながら画面をタップすると、あっさりと着信が切れた。




「じゃあ、早く帰るようにね」

「はーい」

 先生が多目的室から離れていくと……私は近くにいつの間にかに置かれていた自分の荷物を持って、昇降口に向かう。

 もうとっくに下校時刻……下駄箱から靴を取り出した私の目に、鮮やかな夕暮れの光が飛び込んできた。

 眩しくて、少しだけ目を細める。

 オレンジ色……明るい色なのに影は長く暗くて……どこか物寂しい気持ちになる。

 黄昏時って、こういう時を言うんだっけ。

 私は靴を履くと、校舎から出る前に、少しだけ後ろを振り返った。

 静かな校舎……校庭から陸上部の子達の声だけが聞こえてくる。

 あの子は……和美は……今もきっと私を見てるのかな。

 ただ迷惑なだけのあの子、私をつれさろうとしたあの子……私が手を差しのべようとしているあの子。

「メリーさんと一緒に和美を助けることにしたけど……和美の為じゃないからね。助けるのは」

 ぽつっと言葉を呟いても、返事もなにもない……私は校庭の方に向き直り、校舎から出る。

(メリーさんに電話しないと……かけ直せるかな)

 家に帰るまで待つのもなんだ……私は校舎裏に向かうことにする。

 そこで隠れて電話をしよう……。

「おい」

 聞こえた声と小さな影に、私は足を止めた。

 随分と低いところから聞こえる、渋いおじさんの声。

 不機嫌そうなその声は、校舎裏に続く道にいる、一匹の犬から聞こえてきた。

「おせーよ、説明するから早くこい」

 あれは……。



「ジョンさん?」

「ジョンじゃねーよ」



 犬の身体に人の顔がついた都市伝説……人面犬は、私の呼んだその名前に、不服そうに顔をしかめた。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る