Call10 切れない縁と頑固者





 静かな、真っ暗な闇の中。

 和美からの声も聞こえなくなったその場所に……私とメリーさんはいた。

 メリーさんが来てから、和美もあの手もなにもしてこない……いや、もしかすれば、なにも出来ないのかもしれない。

 メリーさんという存在が、和美達が何かをする事を阻んでいるのだろうか?

「るーるー」

 耳に囁く……メリーさんの暖かな声。

 静かに、私を抱き締めてくれた彼女の手が離れていく……。

 メリーさんが来てくれたお陰で、私は助かった。

 浮かんでいたスマートフォンを片手に持つと、それをしまいながら振り返ろうとする。

 メリーさん、助けてくれてありがとう。

 そう口にしようとしたはずだった。

 だけど……ぞくりと、全身に寒気が走るのを感じて、私は思わず口を閉ざす。



「いま、和美に電話をしてあげる」



 そう、寒気だ。

 後ろには、たった今私を助けてくれたメリーさんがいるはずなのに……。

 本来なら感謝をして安堵をしていいはずのその子に……私は何故か、寒気と恐怖を感じている。

(な、なんで……なにこれ、なんでこんなに怖いの?)

 怖い。

 怖いんだ。

 和美よりもなによりも、爪を立てられた時よりも……私の後ろに立つ、なにもしていないはずの今のメリーさんが……怖い。

 ふふ、と、小さな笑い声が聞こえる。



「バイバイの電話、してあげるの」



 バラバラにするのよ。

 楽しそうに、私の後ろのその子は語った。

 ああ、そうだ……。

 忘れたらいけないこと。

 メリーさんは、決して優しいだけじゃない。

 いつかなにかで見たことがある。

 メリーさんは都市伝説の中でも強大な力があるんだって。

 頼もしくても、助けてくれても……彼女が電話をするのなら、それは本来……恐怖と共に語られてしまうことなんだ。

 誰も抗えない、誰も止められない……都市伝説である『メリーさんの電話』も『深夜二時のメリーさん』も、紛れもなくメリーさんの恐怖を伝える怪奇譚なんだから。

 決して、優しいだけじゃない。

 


 ダメ……と、誰かの声が聞こえたのはその時の事だ。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 誰か?

 違う、私だ。

 私は、メリーさんに震える声で「ダメだよ……」と口にしていた。


「なにがダメなの? るーるー?」



 可愛らしく小首を傾げたメリーさんだけれど、その声にはどこか鋭利な冷たさが宿っているようにも感じられた。


「それは……」


 なにがダメなのか、と言われても、私だって頭の中が整っていないからすぐには答えが浮かばない。


 ただ……。


「違う……から……」

「ちがう?」


 口にして気付く、私の気持ち。


 私のお母さんが出会ってきたメリーさんは、違う。

 勝手な押し付けかもしれないけれど、私はメリーさんに、怖いメリーさんでいて欲しくないと思っている。

 だって、メリーさんがもし、都市伝説のような存在そのままだったら……お母さんの綴ったメリーさんとの思い出が、嘘になってしまうような気がしたから。


 声も体も震えたけれど、今にも、言葉が止まりそうになるけれど。


「だめ……そんな電話は、したらダメ」


 私は、暗闇に立つ彼女を見る。

 つば広の帽子で目元を隠し、不気味な笑みを浮かべる彼女。

 前に会った時とは違う……見ているだけで、不吉な気持ちになる彼女。

 心臓を掴まれるような恐怖が沸き上がって、カタカタと唇が震える。 


 これはきっと、私が想いを押し付けているだけだろう。


 もちろん、目的があるからというのはある……ついさっき私を助けてくれた彼女と仲良くしたいという気持ちもある。

 寂しげな表情を浮かべた彼女を知りたいと……そう思う気持ちもある。

 まだどんな子か、ほんの少ししか知らないけれど……これから仲良くしていく子、そう決めてもいる。


 けれど、私が今言葉を発して止めたのは……お母さんの知る『深夜二時のメリーさん』のままでいて欲しいという、私のエゴだ。


 怖いメリーさんは求めない、私が彼女に求めるのは、お母さんが描いた友人の姿だ。


 だから和美への報復のような電話は認めない、求めない。


 怪奇譚のままでなんて、いさせるもんか。



◇◆◇◆◇◆◇◆


「そう……」

 ふっと、小さな微笑みをメリーさんは浮かべていた。

 私の感じていた恐怖が、あっさりと消える。

「それが、るーるーなのね」

 つば広の帽子が隠していた綺麗な蒼い瞳が露になる。

 優しい光を宿した目が私を見つめた。

 今は、さっきみたいな寒気も、震えもない。

「なら電話はしないのよ」

 メリーさんは私の方に歩いてくると、私の顔を興味深そうに眺めてくる。

「和美は、るーるーに手を出せないようにするのよ。七不思議は関係ないから、それで安心なのね」

「あ、ありがと」

 七不思議……きっと七番目の不思議のことだろう。

 関係ないというのは驚いたけど、どちらも今は危害を加えてきていないから、信じていいのかもしれない。

「だけど、和美はまたひとりぼっちなのね。和美はつれてく子としか話せないのよ、見てるだけなの」

「え……」

 その言葉に……つい、驚いてしまった……。

(和美はまたひとりぼっち……そっか、そうなんだ)

 私が離れれば、和美はひとりぼっち。

 手を出せないようにする……なんて、あっさり言えるようなメリーさんが言うなら、たぶん本当なんだろう。 

 それに問題があるのか……と聞かれたら、上手くは答えられない。

 和美はきっといろんな人をつれていったんだと思う。

 それに別に、和美は親友じゃない……あれは和美が私をつれていく為に作った偽物の記憶だし、むしろ私は危害を加えられただけだ。

 だからひとりぼっちになっても仕方ないかもしれないし……改めて考えたら、メリーさんの言う『バイバイの電話』をしてもらった方が、犠牲になる子も今後でないのかもしれない。

 だけど、なんだろう……いやだ。

 嫌なだけなんだ。

 ずっと一人でいた和美が、また一人でいるのは気持ちが痛む……そのまま消えてしまうのは悲しい。

 バカな考えかもしれないけど、ただそれだけ、和美が一人に戻るのは嫌なだけだ。



「……なんとか、できないかな」



 私が聞くと、すぐに答えは返ってきた。



「メリーさんにはできないのよ」



(そっか……)

 メリーさんに出来ないなら、きっと私に出来ることなんてほとんどないだろう。

 なにかをしてあげたいと思っても……和美は一人のままになるかもしれない。



「なんとか出来るのは、るーるーなの」



 え?

 俯きそうになった私の顔があがる。

「でも……それは関わることなのよ。和美に、みんなに、今より深く縁を繋ぐの、切れない縁を繋ぐのよ」

 静かに、ぽつぽつと、どこか不思議な響きを伴って、メリーさんの言葉が響く。

「縁は重いのね、絡みついてあなたを引くの、つれていこうと引っ張るのね。……人の縁は切れるけど、私達は切れない縁よ。わたしも、和美も……他のみんなも」

 そうしてにっこりと笑うと、メリーさんは握手を求めるように手を差し出してくる。

「それでもるーるーが和美と縁を繋ぐなら、手伝うの。オトモダチだもの」

 切れない縁……それがどういう重さなのか、私には分からない。

 私は、すぐには差し出された手を掴まなかった。

 ……メリーさんの言葉をよく考えてから、深く、息を吐く。



「……いいよ、和美を一人にしない方法があるなら。別に、和美が大切ってわけじゃないけど……なんというかさ……」



 どうして私が、わざわざ和美のために……とも思うけど……それこそきっと、繋がってしまった縁に引かれたからかもしれないけど。

「方法があるのに見捨てるのは、私が嫌」

 きっぱりと、私は断言する。

 メリーさんはそんな私に微笑みを向けて、どこか楽しむように聞いてくる。

「後悔するかもしれないのよ?」

「大丈夫」



 私はただの頑固者。

 正しくなんてきっとない、賢くもない。

 ただ、曲がりたくないだけなんだ。

「後悔したって、見捨てるよりいいから」

 だから……。

 私はメリーさんの手を握る。



「手伝って、メリーさん。和美をひとりぼっちにしないために」



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