第14話 愛情と友情は用法用量を守って正しくお使いください(3)
「ところで、沙雫」
「はい、なんでしょう」
体を離してひなたを見ると、今度は逆に両手で肩をぐっと掴まれました。なにやら怪しげな笑みを浮かべています。にっこりと笑って……なにがそんなにおもしろいのでしょうか。でも……ああ、ほら、口角は上がっていても目は笑っていませんね。なんだか、これって、なにかを企んでいるような。……危険な気がするのはなぜでしょう?
「さっきのはちょっと長い話だったよ。友情を愛情にすり替える……だったかな。うん、わからない。残念だけど、僕はあまり考えることが好きじゃないんだ。勉強はできたって、人の気持ちを想像するのは苦手でね。沙雫の話も難しいしさ。だから短く簡潔にまとめさせてもらうけれど――結局は、沙雫は僕のことを好きってことでいいんだよね?」
え?
「あ、ええと、まあ、……そうですね、うん、つまりはそういうことになります。でも、ですよ、それはあくまで友人としてという意味でですね、だから、要するに……」
「うん、オーケー、じゃあ、僕にはまだまだチャンスはあるってことだね!」
……あー。……なんでそうなるのです?
「あの、ひなた? わたしの話、聞いていました?」
「そりゃあね、もちろん聞いていたさ。でも話が長くて、最初のほうは忘れてしまった。だから、そうだね、最後の『童話よりもっとずっと大好き』のあたりしか憶えていないな。いや、むしろそれしか言われていないような気もするぞ。そうそう、そうだった、僕はそれしか聞いてない。違ったか?」
違うもなにも、大間違いです。重要なところが全部すっぽり抜けてます!
ああ、そうです。思い出しました。
わたしの幼なじみ、楠ひなたはこういう子なのです。壊れやすくて、もろくて、繊細でも……そのぶん、治癒回復能力は人一倍に長けているのです。落ち込んだあとにこういう姿を見ると、まあ、ほっとする面もありますが、なかなか「心配して損した」感はぬぐえません。……今も然り。
わたしは笑顔を引きつらせながら言いました。
「いや、好きだし大切に思っているのは本当ですが、チャンスがあるかどうかは」
「あるよ。あるに決まってる。だって僕は沙雫のことを愛しているからね!」
「ひなたはそうかもしれませんが、わたしの気持ちは」
「沙雫も僕を愛す日が来るさ。いつかきっと」
話を聞きなさい。その自信はどこから湧いて出てくるんですか。
まったく、ああいえばこういうタイプですね。たぶん、今この状態のひなたには、なにを言ったって言い返されてしまうでしょう。ハイパーポジティブタイム。当分のあいだは放っておくしかなさそうです。
……ええと、ところで。
さっきからこのわたしの両肩に置かれている手はなんでしょう? ずいぶんと圧力がかかっている気がするのですが。めちゃくちゃ重くて、その……逃げられないのですけど。……え? まさか、逃げられないように……しているのですか?
「さあ、それじゃあ行こうか」
「え、どこへです?」
「ふふん、決まっているじゃないか」
ひなたがすっくと立ち上がります。それと同時に、わたしの体はふわりと宙に浮きました。ひなたの顔をぱっと見ます。満面の笑みを浮かべたひなたは、わたしの耳もとでやけに艶かしい声で言いました。
「――二人だけの秘密の花園へ」
……嘘でしょう?
こ、これは大変です。わたしの貞操が危ぶまれています。
さすがに、これはちょっと、いや、かなり、結構、めちゃくちゃ――ヤバイのでは?
「あの、ちょっと、ひなた。待ってください、どういうことですか、これは」
「どうもこうもないよ。沙雫はピュアだなあ。まったくもってピュアピュアだ。でも、少し勉強したほうがいいね。僕たちくらいの歳になれば大体はわかるだろう。沙雫も、もう子どもじゃないんだ」
「なにを言いますか。未成年ですよ、まだ子どもです、両親に甘えています。今だって一緒に寝るときがあるし、なんならお風呂だって一緒に入っちゃいます。……そんなことより、そんなことよりもです、なんだかものすごく危険な香りがするんですが、これってわたしの勘違いでしょうか? とりあえず、このお姫様抱っこをやめてください。降りたいです」
「だめだよ、そんなの僕が許さない。ふふ……愛おしい沙雫、今夜はたっぷりとかわいがってあげるからね。覚悟しておくといい」
「待って、待ってください、せりふがセクシー男優のようですよ、っていうか、めちゃくちゃヤバイやつみたいになってます。怪しいです。怖いです。ああもう、本当に降ろしてください、降ろしてってば……あ、そうそう、そうです、そのまま降ろして……って、どうしてベッドの上に降ろすのですか!?」
間髪入れず、ひなたがわたしの上に乗っかってきます。ベッドの軋む音が生々しく部屋に響きます。思わず身をすくめ、ひなたを見上げました。どうしようもなく、許しを乞うような瞳で。
でも、しかし、……ひなたは悪魔のように、にっこりと微笑んだのです。
ああ、どうしよう、どうしましょうか、ちょっとこれ、だって本当に、結構まずいパターンなんじゃないですか、これは。ひなた、お願いです、目を覚ますのです。いえ、もしかしたら、わたしのほうが夢を見ているのかもしれません。そうです、だってこんなの、おかしいです。だって、ひなたですよ。友人の、幼なじみの、楠ひなた。今までこんな……わたしの嫌がるようなことを無理矢理してくることなんてなかったじゃないですか。ええ、そりゃあ、たまには勢いに身を任せて変なことをしでかすときもありました。キスとかね。あれもそう、そうだった、けど、でも、でも、こんなことって。
「ひ、ひなた、だめです、いけません、ね、わかっているでしょう、これはいけないことなんです、本当に」
「どうして? 僕はそう思わない」
「あなたが思わなくたってわたしが思うんです、これはだめなこと、絶対に、ねえ、ねえ、だから本当に目を覚まして」
半泣きになりながらも、じりじりと迫ってくるひなたの胸を必死に押し返します。懸命に、力いっぱい、ぐいぐいと。当のひなたはというと……てんで応えていません。わたしがなにを言っているのかわからない、と言った顔できょとんとしています。いけないことってなんのこと? みたいな表情で、わかっているのに、全部全部わかっているくせに、じりじりじりじりわたしとの距離を縮めてくるのです。
ああ、もう……ああ、もう。いい加減にしてください、ひなた。これ以上わたしになにかしたら警察呼びますよ。問答無用で通報しますよ。これは最終警告です、いいですか、本当に、本当の本当に、これ以上わたしに触れたらどうなるかわかって――。
「どうだっていいさ。……僕の沙雫、今夜は帰さないよ」
ああ――グッバイ、わたしの純潔。
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