3話 朔side

 「柚利愛の母親っていろいろと調べたけど結構苦労してんな」

 柚利愛の母親とちょっといざこざがあった日の夜店じまいした喫茶店にひょっこりと現れた東雲の為に俺は彼の好きなジンを水割りで出した。

 俺もカウンターの内側の席に腰かけ、同じものを飲む。

 昇が奥に入って行ったので何かおつまみでも作っているのだろう。

 「苦労?」

 「ああ。人ってのは視覚からの情報を最も重要視する生き物だからな。

 ふとした瞬間の表情、仕草、性格が親と似ていても柚莉愛のあの見た目では両親と似ているとは言い難い。

 寧ろ色素が違うだけで全く別の人間のように見えてくる。

 だから周りは好き勝手に噂をするわけさ。『愛人の子じゃないか』、『本当に旦那の子なのか』、『浮気相手の子を自分の子と偽って旦那に育てさせるなんて図々しい女』、『厭らしい女』ってな。

 頼みの旦那は事なかれ主義で役には立たないし、母親側の両親は既に他界。旦那の方は父親が心臓病を患って死んでいる。母親は現在認知症を患って施設に居る。頼みの綱がない。

 近くに居る親戚も近所の奴らと変わらない。随分と肩身の狭い思いをしてきたんだろうな。

 自分の娘である、愛すべき存在を疎む程に」

 「それを柚利愛は」

 「知ってるし、理解もしてるはずだ。何せ馬鹿な親戚がまだ幼い柚利愛に『お前は愛人子だ』なんて言ったらしいからな。

 母親の苦悩を近くで見て知っているからこそ、疎まれても完全には憎めないし、心のどこかで期待をする。

 どんなに理不尽でも妹の宿題を肩代わりしたり、将来一人暮らしをする為に貯めているお金を切り崩してまで分け与えるのは母親に褒めてもらいたいから。『ありがとう』と言ってもらって、自分を見て欲しいからだろ」

 独自の情報で、どうやって調べたかは分からないが、頼んでもいないのに個人情報を東雲は何でもないことのように口にする。

 お酒を飲んで口が軽くなったなんて可愛さはないので話していい情報しか話さないし、その必要がある人間にしか明かさない。その点は信用できる。

 ただ、明かされた事実は玄関で感じた柚利愛の母親に対する怒りを消失させ、憐れみを誘うものだった。

 「自分の存在が母親を傷つける。だから、柚利愛は家を出ようとしているのか。ただ、あの家に居たくないってこと以外にも」

 「だろうな。もし、可能なら柚利愛は家族と一緒にあの家で普通の生活を送りたかっただろうよ。

 ただ、それをするには二人の溝は深すぎるし、お互い傷つけ合いすぎたんだ」

 「時間が必要だな。それぞれに、暫く離れて、冷静になる為の。

 俺はどんな理由であれ罪のない柚利愛を傷つける彼女の母親を許すことはできない。

 俺は心の狭い人間だからね。

 でも、柚利愛が今でも分かり合いたいと、もう一度やり直したいと思っているのなら俺はその手助けをしたい。

 柚利愛にはいつまでも笑っていて欲しいから」

 きっと、辛かった。悲しかっただろう。

 自分のどうしようもないことで世間の理不尽な風に当てられ。

 守ってくれるはずの人間にすらそっぽを向かれ、一人で立ち向かうことしかできなかった。

 一人で弱音を吐かずに立ち続けた彼女の傍らに寄り添える人間でありたい。

 「おーい、つまみができたぞ」

 昇が両手に皿を持って来た。

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